17話 伯爵婦人のお買い物

 リリアージュの買い物に同行している侍女は驚きを隠せなかった。

 貴族女性の買い物といえばその土地で採れる宝石や、珍しい生地のドレスなどと相場は決まっている。シエルバ伯爵家は高位の貴族だ。

 侍女は伯爵夫人の買い物に同行すれば、この土地ならではの高価な宝石や、珍しいデザインのドレスを眺めることができ、目の保養が出来る事を期待していた。侍女の身分では入ることの出来ないブティックや宝飾店なども、伯爵夫人と一緒なら入ることが出来る。


 だが、リリアージュは宝石やドレスなどには目もくれず、花の種や苗木に興味を持っていた。

 花の種や苗木など高価な宝石やドレスに比べると微々たる価格である。


「奥様、宝石やドレスなどはご覧にならなくても大丈夫でしょうか?」

 侍女はさりげなく自分の欲求を伝えてみた。

「ええ、伯爵家のクローゼットにはまだ袖の通していないドレスや、身につけていない宝石がたくさんあるから必要ないわ。わたくしが欲しいのは花の種や苗木かしら」

「···しょ、承知いたしました。ご希望の物を控えさせていただきます」

「まあ、ありがとう。では、これと、あれも···全部は無理かしら?」

「大丈夫です···手持ちの現金でお支払が出来ます」

「まあ、よかったわ」


 自分の身分では出来ない豪華な買い物に憧れていた侍女は、リリアージュの欲のなさに落胆してしまった。今回の旅の同行の件で使用人たちは話し合いをし、特に女性の使用人は奥様の買い物の同行があるため、我先にと名乗りがあがっていた。

 使用人たちだけでは人選が思うように決まらず、最終的に執事が立候補した使用人の中から同行する者を選んでいた。


 侍女は気を引き締め、リリアージュの希望を叶えるため、聞き慣れない花の種や苗木の名称、数に間違いがないよう真剣にメモを取っていた。

「奥様、こちらでよろしいでしょうか?」

「ありがとう。間違いないわ」


「店主はいますか?」

 侍女は店員に声をかけ店主を呼んでもらい、買付けたい物のリストを手渡し、代金の清算と荷物の手配を依頼していた。

 リリアージュも店主の元に行き、花の育て方や店主の勧める苗木などを追加で注文していた。


 欲しいものが手に入り満面の笑みのリリアージュに、侍女は不本意ながら役目を終えほっとしていた。

 その後は庶民が出入りするような雑貨屋で、リボンや花籠、動物を模した小さな置物を買い求めていた。

 今回の買い物で、伯爵から現金を預かっていた男性の使用人から、預かっているお金の1/3も使っていないことを聞かされた侍女は、複雑な表情をしていた。


 買い物の明細と金額を伯爵に報告することになっている侍女は、

「旦那様にどう報告したら···」

 とため息混じりに呟いた。

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