5話 リリアージュの縁談

「お父様、私はもう成人していますし、持参金がなくても良いのなら喜んで嫁ぎます。高位貴族のシエルバ伯爵様にはご迷惑をかけないように精一杯尽くさせていただきます」

 シエルバ伯爵から縁談を打診され、娘に告げたメディウム男爵は、リリアージュの言葉を聞いて胸を撫で下ろした。

 伯爵の四度目の結婚に難色を示すかと思えば、家族や領民のことを考えてくれる娘が誇らしく思えた。


「リリアージュ、どうしても駄目になったら、いつでも私に言いなさい。君の帰って来る場所はここだからね」

「ありがとうございますお父様、でもきっと大丈夫です。シエルバ伯爵様の奥様はご病気で離婚されたようですもの。私はこの通り健康ですから」

「あなた、リリアージュを信じましょう。嫁ぎ先がみつかってよかったですわ。困ったことがあればいつでも母の私に相談するのですよ」

「ありがとうございます、お母様」


「僕だってお姉様の味方です」

「まあ、ありがとうルーカス。とても心強いわ。お勉強頑張ってね」

 五つ下の弟のルーカスは胸を張って姉に話し大きく頷いた。

 メディウム男爵は頭の中の不安を打ち消し、家族でリリアージュの縁談を祝うことにした。


 数日後リリアージュは、シエルバ伯爵家に婚姻の返事をして帰宅した父に、執務室に来るように呼ばれた。

「リリアージュ、婚約の件だが、結婚式は三ヶ月後に決まったよ。伯爵家に慣れるために婚約が整い次第、君の都合でいつからでも屋敷に住んでいいそうだ。シエルバ伯爵様はまだ跡継ぎがいないからね。少しでも早く結婚したいのだと思うよ」

「わかりました。奥様がご病気でしたから仕方のないことですね。えっと···私···お父様に一つお願いがございます」

「なんだい?私にできることは何でもするよ」


「実は、嫁ぎ先に本を持って行きたいのです。女性が勉強するのは好ましくないと思いますが、伯爵様には見つからないようにいたしますので、どうかお許し下さい」

「ああ、それなら念のために本の表紙を変えて持って行くといいよ。シエルバ伯爵様は狭量な方ではないから見つかっても咎めることはしないと思うよ」

「ありがとうございます」

 リリアージュは本を持って行くことを許してくれた父に感謝していた。


 リリアージュはまだ会ったこともないシエルバ伯爵様の事を、悪いように言わない父親の事を信用していた。

 シエルバ伯爵様は良い人なのかもしれない。

 リリアージュは最初は愛がなくても、お互いに信頼し合い、穏やかな生活をしているうちに夫婦に愛が芽生えることを夢見ていた。

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