2話 アビーの思い

 リリアージュは俺のことをアビーと名付けた。

 この名前になんの意味があるのかはわからないが、俺は彼女がつけてくれた名前を気に入っている。

 彼女が俺の名前を呼んでくれる度に温かい気持ちになった。


 テラスから入ってくる優しい風と柔らかい日差しの午後、僕はリリアージュの膝の上に座り頭を撫でてもらっている。

「アビーはずっとここにいてね。あっ、もし帰る場所があったら遠慮しなくてもいいんだけど···私は貴方と一緒に居たいわ」

 僕に帰る場所などない。リリアージュと一緒に居たいのは僕の方だ。とは言えず、

「にゃん」と鳴いた。


 この国では女性が進んで勉強する事を良しとせず、妻が夫よりも多くの知識を身に付ける事など非常識とされている。

 リリアージュは好奇心旺盛で、小説の中に出てくる動物や植物などに興味を持ち、動植物の専門書を読みいろいろな事を調べていた。

 実家から持ってきた専門書は他にも種類があり、夫に知られると捨てられてしまうので、こっそりと見ているようだった。

 僕を助けたのも動物の専門書に書いてある通りにやってみたらしい。


 猫の食べるものや行動、排泄の事までよく知っていた。彼女のお陰で不自由なく暮らしている。

 僕は生きてきた中で1番幸せを感じ、平和で穏やかな生活を送っているうちに、ずっと前からリリアージュと一緒にいるような感覚になり、辛くてひもじい野良猫だった記憶でさえ薄れていくようだった。

 器用なリリアージュは僕にバンダナを作ってくれた。もちろん僕の宝物だ。

 リリアージュの瞳の色に似た青色のバンダナを首に巻き、僕は尻尾をピンと立て胸を張って歩いている。

 僕はリリアージュといるだけで幸せなんだ。


 旦那様と呼ばれているリリアージュの夫エクウスは、最初は彼女に優しくしていたようだが、結婚して一年を過ぎた頃から暴言や暴力を振るうようになった。

 僕の顔を見る度に眉根を寄せるエクウスが嫌いだ。僕を疎ましく見ていた街の人間たちと同じ目をしている。


 自分の妻であるリリアージュを幸せにできないエクウスが夫を名乗ってもよいものなのか?

 僕はリリアージュに暴言や暴力を振るわないし、優しくする自信がある。

 猫の僕でも優しくできる。

 僕はリリアージュを泣かせるようなことは絶対にしない。

 僕はリリアージュの笑顔が一番好きで、泣いている顔や困っている顔は見たくないんだ。


 最近のリリアージュは暗い顔をすることが増えてきた。

 僕は二階の寝室には入れないので、夜にエクウスと何かあったようだった。

 リリアージュに涙の痕と頬の腫れがあったのを僕は見逃さなかった。

 僕はとても腹が立った。

 人間は番に暴力を振るう生き物なのか?

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