第22話 親と子の交流、その四
外へ出ると陽が真上に登っていた。もう昼か。
「お食事は既に御用意しておりますので、先に昼食を取ってからに致しましょう」
先を歩くお袋も、侍従長のその一言に足をピタリと止める。
止めなかったらこのまま次に目的地まで行ってたみてぇだな。
「……そうね、食事は大事だわ。さあ食べに行きましょうか」
進路は屋敷に変更。
◇◇◇
着替えにシャワーに飯を済ませ、さあと言わんばかりに席を立って俺をチラリと見るお袋。
無言で外を出て行く背中を追いかけなきゃならんらしい。
俺もその後に続こうとした時、控えていた事情を知らないライベルが無警戒のまま近づいてきた。
「あ、坊ちゃま。これからぼくと第二書庫に行きませんか? ちょっとした授業も兼ねて資料探しに――」
「ライベル、お前今は不味いぞ……」
「――え?」
当然お袋の意図が分からないままのライベルは意味がわからず、しかしその背後には冷えた視線の侍従長の姿があった。
「ライベル……」
「ひ!? な、何でしょうか侍従長……?」
「あなた、最近は一層熱心にお坊ちゃまの侍従を果たしていますね?」
「え? え、ええそうです。だってぼくはお坊ちゃまの傍に仕えるものとして役に立つ努力を――」
「それは素晴らしい。……ならば今から抜き打ちでのテストを行います。あなたがどれ程お坊ちゃまのお役に立てるか、今一度把握する必要があるますので。ではついてらっしゃい」
「い、今からですか!? でもそんな急に……」
「抜き打ちテストは急だからこそ意味がある事くらい分かりませんか? さあ行きますよ、グズグズしない!」
「ひっ! わ、分かりましたよぉ……」
哀れだな。出しゃばりさえしなけりゃ平穏な午後を過ごせたもんを。
アイツにもう少し周りの空気を読める力があればな……。夕方に甘いものでも持って行ってやるか。
侍従長の後をついていく気落ちした背中に、俺はそう心の中で思ったのだった。
◇◇◇
改めて外へと出ると、お袋が既に着替えて待っていた。飯食う時も着替えて無かったか? 確かにあれはドレスだったけども。……だったら始めから今の恰好に着替えてりゃよかったんじゃ。
でもきっと本人の趣味なんだろう、プライベートに口出しは野暮だな。
とにかく、藍色のジャケットに白いキュロットパンツと黒のロングブーツ、ベージュのグローブを嵌めて玄関に立っていた訳だ。それと腰の剣。
……つまるところ午前中と同じ格好。対して汚れてもいなかったが、一層服が綺麗に見えるのは予備に着替えたからだろう。
ウェーブの掛かった朱色の髪を後ろで束ねているのも同じだ。
「さあついて来なさい、午後は外の演習場を使うわ」
「俺がいつも行ってるとこか?」
「いいえ、別の所よ。今は昼休憩だから誰も居ないでしょうけど、その内誰かと鉢合わせになるだろうし」
それだけ言ってそそくさと移動してしまう様に、いい加減慣れてきた感のある俺。
このお袋、かなりマイベースだ。それでいて偏屈で気分屋なところがある。
ようはコミュニケーション能力が低いんだな。
それがこの数ヶ月でわかった事。
ただ、領主としての能力は確からしく、領民からの苦情も家臣からの不満も聞いた事がない。
例えば屋敷の近くの村、人攫いや野盗の類と無縁なんだとライベルは言う。
それはお袋が侯爵家の当主になってからは特にらしいのは、ここ数十年全くの平和だからとのこと。
……全く犯罪が無い訳じゃないのは、俺が初めてあの村に行った時にライベルが酔っ払いに襲われそうになったのが証拠だ。
人間って奴は、平和の中からでもクソみたいのが蛆虫並みに沸いてくる生き物なのは、どこに行っても同じらしい。
だが、そうなると俺は一体どこで攫われたんだ? それをライベルに聞いても、その日は休みを貰っていて把握していなかった。
コセルアに聞いた時も、いつの間に屋敷から居なくなっていたという。
他には、使用人が外に出て行こうとする俺を目撃し、一度は止めに入ったものの脅して無理矢理外へと出ていったと聞く。
だから何処で俺が襲われて、攫われたのか誰も分かっていない。……記憶を失くした以上俺自身も分からないのだからお手上げだ。
と、そんな事を考えながらついて行くと、確かにいつもとは違う演習場へと到着したようだ。
……思ったんだが、この屋敷の敷地って何処まであるんだ? 屋敷自体もデカいが、屋敷の裏がとにかく広くて端まで行った事がない。今度行ってみるか。
「さあ、中に入りましょう」
お袋の声に無言で頷く俺。
いつも使ってる場所と似たり寄ったりなのは、実際似せて作ったからなんだろう。
入口から準備室や更衣室を横目に廊下を通ると、その先はあの円を描いた演習場が待つ。
一つ違うところがあるとすれば……。
中に入ってすぐ、出入口の傍には一本の長い棒が立てかけられていた。
それは俺の身長を優に超え、その棒の先は斧状になっていた。天辺は鋭く尖っていて簡単に肉を貫けそうな見た目だ。
「それを持って中央まで来なさい」
疑問に思ってる間に中央まで移動していたお袋が、そう声を掛けて来た。
「……っ。結構重いな」
手に持ってみると見た目以上に重さを感じる。
ずっしりと、腕を中心に全身に錘が乗っかってくるようだ。
トレーニングを開始する前の俺だったら持つのがやっとだったろうな。
しかしこいつはどっかで見たぞ? ……あの倉庫だ。
「あの時アンタが持ち出したのか」
「そうよ、屋内演習場に行く前にここに置いておいたの。驚いたでしょう」
「……それはご苦労なこって」
サプライズのつもりか? こりゃ随分と健気な仕込みだ。
素直に教えるんじゃ駄目……だったんだろうな。あの性格だしな。
長斧を持ってお袋の待つ中央まで移動する。
普段身の丈以上の金属棍を扱ってるおかげか、重心こそ違うが長斧でも持ち歩くのに苦労はなかった。
「それで、こりゃ一体どういうプレゼントだ?」
「小耳に挟んだのだけれど、貴方は棒術以外にも斬りについて学びたいのではなくて?」
それを言ったのライベル相手だけだが、どう小耳に挟むんだよ? 聞き出したんだろうに。
その自分は本当は興味無いってスタイルはまだ続けるのか。
「丁度余ってた戦斧があったから、上げなくもないわ。それに、その扱いの練習に付き合って上げなくもないから感謝しなさい」
「……そりゃどうも」
「素直さが足りないわね。損をするわよ」
アンタに言われたくねえよ。
とか言ったら最悪拗ねるだろうし、黙って聞き入れる事にする。
多少ゲンナリしたが、気を引き締め直して斧を構える。
するとどうだ。重心が棍と違うのは分かっていたが、実際に構えを取ると柄の先の重い斧に体重が持ってかれそうになる感覚に驚いた。
見た目は同じ長さでも、重心が違うだけで別物ってワケだ。
「流石に気づいたようだし、一々説明は省かせて貰うわ。長柄武器の扱いそのものは既に知ってる事だしね。取り敢えず、ここでする事は貴方が普段やってる事の延長よ。障害物の無い場所でこそ本領を発揮する戦斧の感覚を掴む事。……時間も惜しいし、さあ早速始めるわよ」
お袋は腰からサーベルを抜く。
見た目こそ刃の潰した頼りなさそうに見える鈍器だが、お袋が持てばその恐ろしさは身に染みて知っている。
相手がお袋なら怪我をさせる心配とかする必要も無いし、その余裕も持たせて貰えないだろう。
なら全力でやってやるだけだッ。
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