第2話 少し退屈な日常

 数年ぶりの学校は退屈だった。


 記憶は薄れるもの。

 現役から離れて三年。


 頭は石のようだ。

 先生すら、授業中にアレッとか、言い始める始末。


 基本私服で、中には制服を着ている奴もいるが、やっと復活し始めた世の中。元と違い、決まり事は緩い。

 久しぶりに会うと、妙に発育した体。どこから調達をしたのか、バッチリと化粧をして制服を着ている姿は…… そう、コスのようだ。それも、そう言う趣向のお店が在ったとか。とうぜん、じいちゃん情報だ。


 やっと最近、電気は来始めたが、学校などは後回し。

 薄暗い教室。


 緩い雰囲気の中で、授業は進む。


 俺にとって、この三年は、命をかけた戦いの日々だった。

 それに比べると、実に退屈な時間。



「息吹。右だ。大きいのが来る」

「なっ、こっちはこっちで手一杯だ。じいちゃんが倒せよ」

「バカモン。これからを担うのは若者の仕事だ。頑張れ」

 なんか違うだろ。

 そう思うが、じいちゃんは人にそう言って、押しつけ。

 すたこらさっさと、逃げていく。


 体長が十メートルを超えるケルベロスの頭を蹴りながら、じいちゃんが押しつけた、全長三十メートルはありそうな、火を噴く蛇を空間魔法で切り刻む。


 世界が軋む。


 割れていた空間が戻る音。

 実際は音として聞こえるわけではないが、独特の圧がかかる。

 だが、何でも切れるこの技は、お気に入りだ。

 気を付けないと、ダンジョンすら壊すから危険だが。


 振り返りざま、魔法で創った剣で、ケルベロスの頭をまとめて一気に切り落とす。

 だが、核となる魔結晶。つまり魔石を壊さないと復活をするから、魔力を纏った拳を奴の胸に打ち込む。

 心臓の横。正中線の真上。

 堅いものが壊れた、ぐしゃっという感触が拳に伝わる。


「でええっ。疲れた」

「若いもんが、何を言っとるか。さっさと行くぞ」

「へーい」

 さっき、蛇を連れてきた右の通路。


 こういうところには、貴金属や宝石などの鉱物が創られている。そう、俺達が入り始めてから、ダンジョンに精神的なものを読まれたのか、武器や宝石などのお宝が出始めた。


 空間魔法で、個人的に創ったどこかの空間。

 そこにお宝を放り込む。

 この空間、常時繋がっていて、意識をすれば中にあるものが理解できる。

 おれ的には、亜空間庫とか、アイテムボックスのようなものだと、理解をしている。



「神谷。おい。聞いているか?」

「あん?」

「あん。じゃない。これだよこれ。線分ABの上を点Pが移動する場合、示される式はどうなる?」

 そう言えば、授業中だったな。


 すくっと立ち上がり、ポーズを決めると私見を述べる。

 皆の目が注目するから、つい右手で顔を隠す。

 まるで、右目になにかが、封印をされていると言い始める少年のように。


「ふむ。そう…… 移動してはいけない。そうだ。点Pに言い聞かせてください。無理を通そうとするから、ベクトルが発生する。それにより発生する内積をプロットすると…… とても恐ろしいことが起こる。僕には分かります。そう、本当にそれは、森羅万象のことわりを犯す行為。恐ろしい事…… 先生、そんな事は考えてはいけない。分かりますね。これは、ようやっと生き残った人類の、生きる道を潰す行為だ。良いですね。繰り返しますが、そんな事は考えてはいけない。点Pが動かなければ、何も起こらない。それが一番です」

 先生は、一瞬納得しかかったが、こう仰る。


「今の状況で、停滞は良くない。点Pは動き。元の世界、いやもっと良い世界へと、移行すべきだと思わないか? 強制的にリセットをされた世界。ここから、再度人類は地球の管理者として頑張らなくてはいけない」

 なぜか、先生は天井を仰ぐ。涙を拭うマネまで。


 だから僕は、さらに言葉を紡ぐ……

「―― それは、人類としてのおごりですね。人が星を管理しようとしたその結果、地球の環境は壊れたと言われ。地球環境の変化。国同士の戦争。物価高から始まった高騰で、牛丼やラーメンが千円を超え。おにぎりが三百円が超えた。それなのに…… 小遣いは据え置きだったあの時代。いや、むしろ親は減らそうとまで…… 本当に良かったといえますか? あの時代が……」

 顔を隠していた手を、一度何かを振り払うように、腰の辺りまで広げて、再び、先生に何かを献上をする様に目の前へと突き出していく……


 きっちり抑揚を付けて、熱弁をしていると、チャイムが鳴る。

 その瞬間に、先生の態度が素に戻る。

「うん? 時間だな。その熱意認めよう。神谷。明日までに点P移動に関する弊害について、原稿用紙十枚以上書いてこい。出さないとお前だけに恐ろしいことが起こる。先生には、それがすべて見えているからな」

 そう言い残すと、奴は、スタスタと教室を出て行ってしまった。


 横から、杏のばかねぇという視線を感じる。

「なんだよ」

「別にぃ」

 ぴらぴらと手を振り、彼女も出て行ってしまった。


 そして、気が付けば、誰も居なくなった。


 帰宅前の、ホームルームは無かったようだ。

 最後に残った人間は、黒板を掃除し、窓を閉めて教室を出る。


 廊下に出ると、なぜか杏が待っていた。

 いるなら、手伝ってくれても良かったのに。


 そして、彼女は聞いてくる。

「大変ねぇ。どんな大作を書くの?」

 彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと廊下を歩く。


「そうだなあ。宇宙人が攻めてくる話?」

「そう…… お話だけなら良いけれど、本当になると意外と憂鬱よね。何時なのか、せめて言ってくれれば良いのに」

「そうだな」

 皆が思っている疑問。


 あの宣言から、彼らの動きはまだ無い。

 普段は、生活に追われて、気にしないが。

 繰り返し話題に上る。


 ―― 一体、奴らは、何時来るんだ?

 当然といえる疑問。

 来てほしいわけではないが、それは人の心に、恐怖を積み上げる。


 だが、宇宙人側でも、騒動が起こっていた。

「星の資源が枯渇。そして、コアの冷却により、この星は死に直面をしている」

「そんな事は分かっている。だけど、もっと穏便な方法はなかったの? おかげで私たちは、歴史上の最悪に足を突っ込んだのよ……」

 皆が頭を抱えていた……

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