第3話 婚約者は能面王女

 盛大な出迎えから、場所は謁見の間へと移動された。

 両陛下はじめ、列席したラステマの貴族はデルタの一団を歓迎した。

 デルタ一団の今回の目的は、ウィルロアとカトリの顔合わせだけでなく、むしろこの後に待つ結婚式と調印式典の調整が本来の目的であった。三か月後に迫った和睦式典と同時に行われるウィルロア達の結婚式。決める事は多く、細かな調整役として各分野の責任者が共にやって来ていた。

 その中にはウィルロアも見知った者も多くいた。

一団の責任者であるデルタ国の王太子キリクと、その侍従であるリジン、警備の責任者で公爵位を持つオルタナ将軍などとは良く知った仲だった。


「両陛下にご挨拶申し上げます。デルタ王国第一王子のキリクです。この度は盛大な出迎えを用意していただき感謝申し上げます」


 ここでは型通りの挨拶と顔見せを済ませる予定だ。

 翌日はデルタの一行を歓迎した晩餐会と、国を挙げての盛大な舞踏会が催される。

 明後日からはキリクや行政官らによって式典の予定を詰め、一行は一月ほどの滞在でデルタに戻る予定だ。


「デルタ王国の一行を歓迎する。キリク王子自ら遠路はるばるお越しいただき感謝する。そしてカトリ王女には、私からは親しみを込めてお帰りと言わせてもらおう」

「王女、お帰りなさい」

「……はい」


 無表情に返事をするカトリにハラハラする。

やはり先程のセレモニーでの能面っぷりは見間違いではなかったのだと己の目の良さを確認した。

 そこは嬉しそうな顔、もしくは感動してます的な好意を見せる絶好のアピールポイントでしょうが。ああ勿体ない。


「ははは王女が照れているぞ」

「ふふ。王女も嬉しそうですね」


 え、えぇ……?


「両陛下に家族同然に迎えられ妹も喜んでおります」


 は? 今の無表情が照れて? 喜んだって? 俺には能面にしか見えませんが?


「舞踏会では王女の得意なダンスを楽しみにしているぞ」

「陛下、王女を困らせてはいけません」


 こまっ……てたかなぁ? 目を凝らしても表情筋がピクリとも動いてないけど?


「ははは! 相変わらずダンスは不得手であったか」

「カトリ。陛下の御冗談だ。そう子供の様に拗ねるでない」


 拗ね……、あれ?

 ウィルロアは思わず両目を擦ってみた。 

 遂に性格と口の悪さが目にまで進行しおかしくなったか。

 カトリ王女が能面にしか見えないのは俺だけか? 照れたのも困ったのも拗ねたのも全然わからなかったぞ!? 


「陛下」

「おお、そうであった。紹介しよう、息子のウィルロアだ。ウィルロア、こちらがデルタ王国のカトリ王女だ」


 ウィルロアは心の中の動揺を一切表に出さず、優雅に挨拶をした。


「初めましてカトリ王女。ラステマ国の第二王子ウィルロアです」

「……」

「お会いできて嬉しいです」

「……」

「……?」

「……初めまして。……私も、です」


 声ちっさ!

 だけど初めて多少の変化を感じ取ったぞ! 顔は青ざめて声には緊張を感じた。まるで怯えているような――怯え!?

 そこでふと一つの考えが過った。

 もしかしてカトリは自分との結婚を良く思っていないのかもしれない。

 自己評価の高いウィルロアはまさか自分が拒まれるとは微塵も思っていなかった。だから結婚に後ろ向きの可能性は完全に抜け落ちていたのだ。

しかし考えれば親、というか国が決めた結婚相手に、カトリ自身が素直に納得していないのもあり得る話ではある。


「……」

「……」


 会話はこれ以上続かず、なんとも微妙な空気が流れた。

 デルタ一団の襲撃の件もあり、体を労わって謁見は割と早めに終わった。

 ウィルロアもなんとなく疲れがあったので、部屋でゆっくり過ごそうと素早く踵を返した。


「ウィル」


 移動の廊下で自分を呼び止め気さくに声をかけたのはデルタ国の王太子キリクだった。


「後で部屋に行ってもいいか?」

「いいけど……キリク、忙しいんじゃない?」


 久々に会ったキリクとゆっくり話が出来るのは大歓迎だが、彼が遊びに来たわけではないのは分かっていたので、一応気を使ってみたのだが、「逆に今日しか時間が取れない」と言うので了承した。

 キリクと約束を交わし、再び歩き出すが視線を感じて振り返った。

 視線の主は侍女や護衛に囲まれたカトリだった。

 目が合えば言葉を交わさないわけにはいかない。


「襲撃の件、聞きました。怖かったでしょう。怪我がなくてよかったです」


 ウィルロアはカトリの側まで戻り、優しく声をかけた。二人が向かい合った瞬間、皆が移動中の足を緩め会話に聞き耳を立てているのが分かる。

 ちっ。無粋な奴らめとっとと散れぃ!


「……」


 カトリは無表情で返事もなかったが、そこは完璧王子のウィルロア。気持ちを立て直して気にする素振りも見せず続けた。


「今日はゆっくり休んでください。何か困ったことが――といっても王女はラステマでずっと暮らしていたので、私よりここでの暮らしは慣れているのでしょうね」

「……」

「私に出来ることがあればいつでも声をかけてください」

「……」


 無表情の上無言とは……。どうすりゃいいの。

 アズベルトやその他大勢のどうでもいい奴に嫌われても何とも思わないが、婚約者が、女の子が、俺の気遣いと笑顔を前にして顔色一つ変えない事実にウィルロアのささやかなプライドは傷ついた。


「明日の夜会を楽しみにしています」


 笑顔でそれだけ伝えると、そそくさと謁見の間を後にしたのだった。

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