やさぐれ王子と能面王女

千山芽佳

第1話 プロローグ

 百年以上続く戦争に終止符を打ったのは、権力者でも宗教家でも革命家でもなく、純粋に愛し合う一組の恋人達だった。

 敵国同士に生まれた二人は、運命の出会いを果たして惹かれ合い、互いの素性を知りながらも憎しみを乗り越えて結ばれた。

 命懸けの愛は人々の心を動かし、長きにわたる争いに終止符を打った。

 世界は弾圧でも対話でもなく、ただ一つの純粋な愛によって救われたのだ――。


 なんていうのは物語の中だけで、現実はそんな風にはうまくはいかないものだ。

 実際ここに、長きに渡って争いをしている二つの国がある。

 世界の三分の一を占めるウルハラ大陸にある二大大国『ラステマ王国』と、『デルタ王国』だ。

  乾いた広大な土地と鉱物資源に恵まれた、独自の技術で大陸一の発展を遂げた商業国『ラステマ』と、安定した気候と豊かな土地に恵まれた大陸一の生産力を誇る豊穣の国『デルタ』。

 広大な大陸の中でも対称的な発展を遂げた二国は、昔から馬が合わずとにかく仲が悪かった。

 どの位仲が悪いかというと、この二国間は隣り合う国同士だというのに、百年間国交を断絶していた。

 鉱物資源はたくさんあっても荒廃した土地で作物が育たないラステマと、恵まれた土地で食うには困らなくとも商業技術が乏しく発展が遅れているデルタ。

 互いに無いものを補っていけば両国の発展は目に見えているというのに、仲の悪さからこれまで歩み寄ることはなかった。


 昔々、戦争や侵略が絶えず領土争いが至る所で勃発していた時代。まだ小国に過ぎなかったデルタやラステマも、周辺諸国と共に覇権争いに名を連ねていた。

 ラステマとデルタが領土を広げていく中で、両国のぶつかり合いは激化していった。

 人々が争いに疲れ果てた時。それが今から百年前、国家と同等の治外法権を認められた教皇庁の発足によって、覇権争いの流れが変わった。

 教皇庁の仲介で国同士に歩み寄りが生まれ、『平和条約』が結ばれることとなる。

これで長きに渡る領土争いは終結した。

 今までの事は水に流して、これからは仲良くやっていこうと国々が想いを一つにした平和ムードの中。しかしラステマとデルタだけは禍根を残したまま、睨み合いが続いた。

 馬が合わないからといって戦争を続けるのは不毛である。表向きは剣を下ろしたが、腹の中では相手を出す抜く事ばかり考えていた。

争いは命を奪い合うものから地味な嫌がらせへと変わり、そこから百年は周辺諸国も呆れる幼稚な喧嘩が続いたのである。

 たとえば自国で祝い事や外交行事があっても、お互いの国だけのけ者にして呼ばない。周辺諸国に来賓として鉢合わせた際も一切接触しない。会話どころか目も合わせない。四年に一度ある大陸会議では、共通言語を使っているにも関わらず、対ラステマ対デルタ用に通訳がいた。

 このように、一見地味だがギスギスした関係に一番迷惑を被っていたのは覇権争いで生き残った十の周辺諸国だった。

 国土も小さく力のない十国は、大国相手に強く意見することも出来ず、気を遣いながら見守るしかなかった。

 そんなラステマとデルタも、国交断絶には頭を悩ませていた。

 デルタはラステマへの豊富な食糧の供給を完全に断ち、対してラステマもデルタへの鉱物や商業技術の供給を断っていた。

 そうなると周辺諸国を経由して物資を得るしかないのだが、元々は憎き敵国の物資に変わりはない。しかしこれらは周辺諸国が買い付けた物であり、どこから買ってきた物かは知らない、知ろうともしないと都合よく解釈する始末。

気分的にはクリアしても、問題は周辺諸国を経由する度に何重にも関税がかかり、国費の無駄な損失という実害が生じていた。

 それでもラステマとデルタは大国で、魅力的な資源を惜しみなく周辺諸国に売りさばいていたのでお金に困る事は無かった。


 さて、そんな喧嘩ももうじき百年近くになろうかという時、両国には温和な王が誕生していた。

 二人の王は今まで会話すら第三国に仲介させてきたものを、ひょんなことから挨拶を交わし(その歴史的な挨拶は大々的に報じられた)、それがきっかけで両国に対話が生まれた。

 両国の王は長きに渡る争いを清算し、自分達の代で和解の道を推し進めようと意気投合した。

 深い恨みから不満や反発もあるかと思われたこの和睦を、両国民は思いの外冷静に受け入れた。というのも、百年も経てば「なんで喧嘩してたんだっけ?」ときっかけさえ忘れてしまうほど、長い年月が経っていたのだった。


流れは完全に和睦へと進んでいたが、ここで意外なところから待ったがかかった。

 散々迷惑を被って来た周辺諸国は、二国が本当に仲直りをできるのか疑問だった。

 振り回されてきた側からすればラステマとデルタの問題は根深く、簡単に和解できるものではないと感じるのも仕方ない。

 長きに渡る因縁に終止符を打とうと言うなら、先ずは互いを知り、信頼関係を築くことが先である。永久的な和睦を勝ち取るためには時間をかけることが必要だと諭した。

  両国の王も自分達の代では意気投合できても次の代で約束が違えはしないかと心配ではあった。

この平和が後世にも恒久的に続くことを望み、そのためには時間と綿密な計画が必要と、周辺諸国の意見を受け入れることにした。

 そして熟考の末に『ある案』を生み出したのであった。


「我がラステマ王国の第二王子であるウィルロアを、成人するまでデルタ国で暮らすこととする」 


「同じく我が国デルタ王国の第三王女であり祝福子であるカトリを、ウィルロア王子が成人するまでラステマ国にお預けすることとする」


「「そして十年後、子供たちの婚姻を持って長きにわたる両国の争いに終止符を打とう!」」


 まだ幼い王子と王女を交換し、友好の証として敵国に差し出す。

それは相手が裏切らないかを量る体のいい人質だった。

 真の和睦はラステマのウィルロア王子とデルタのカトリ王女、両殿下の十年後の婚姻と共に交わされる。

 両国の『仮・和睦宣言』は、様々な思惑を隠して大陸中に広まった。

 百年の争いに終止符を打つという名目の元、仮条約は締結された。なにも理解できていない、幼い両殿下の犠牲の元に――。


 よくあるお伽話では、世界は一組の男女による真実の愛によって救われたとある。

果たしてラステマとデルタ、両国の和睦の象徴となったお二方に国を救えるのか、そこに愛は生まれるのか。

 それは十年後のお楽しみというものだ。

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