第29話
「あァー、あれあれ。保坂さんの情報探さな」
ぺたぺたと情け無い足音と共に、赤瀬の眠そうな声が聞こえて来た。
伏せられた写真立てを見ながらノンストップでキッチンに入っていた私は、意識を無理矢理キッチンへ向けるようにレジ袋を調理台に置き、スクールバッグを足元に下ろす。
「
「水泳部やったかあの人?」
「いや、シンプルに顔が広い」
返しながらスマホを取り出した。
赤瀬は相槌なのかただの反応なのか、兎に角眠そうに「あー……」と発する。
「まあ人見知りではないしなあ。天野に物怖じせえへんぐらい肝据わってるし」
赤瀬の声が大きくなって来た。近付いて来るかと思いきや、テレビ前のソファに倒れ込む。よっぽど疲れたらしく「うー」と唸っており、うつ伏せに倒れているのか音が
「寝ないでよ?」
「寝ん寝ん」
「……それどっち?」
「〝寝ません〟や」
少し尖った声で返される。
赤瀬は関西弁が通じない苛立ちで目が覚めたのか、起き上がるとテレビを点けた。夕方のニュース番組が流れ出す。いつもテレビの音量が爆音一歩手前なのに全然赤瀬がリアクションしないのは、赤瀬のお母さんの声がデカい所為だろうか。
まあ寝られる心配から解放されたので首を戻し、レジ袋の中身を取り出していく。辛口のカレールー、玉ねぎ、にんじん、ブロッコリー、カラスカレイ、短冊切りされているイカ。少し笑いそうになるぐらい赤瀬の好みそのまんま。カレイとか猶更煮込んだ方が美味しいのに。
「もったいな」
「鞄」
「うおおっ」
横に立っていた赤瀬に急に言われ肩が竦んだ。
眠そうに空っぽの手を差し出されている。いや鞄は足元なんだけれど。今気付いたようでのろのろと背を丸め始めた。
「ソファに置いとくで」
「ああ、ありがと……」
そんな完全に腰を折って髪垂れ下がってる状態で言われたら妖怪。
「お風呂」
「お風呂っ?」
赤瀬は上体を持ち上げるなり言うと、空いている手でリボンタイを緩めながら廊下に続くドアへ歩き出した。私のスクールバッグをソファへ投げるなり(投げんな)ドアを開けてしまう。
お風呂って、今からお風呂入るって事か。
「ご飯炊いてるの?」
慌てて尋ねた。
「ん」
極めて雑な相槌を最後に見えなくなる。
ホントクラス中に言い触らしてやりたいこの適当さ。誰も信じないだろうけれど。
赤瀬とは本当は関西弁で喋るし、家では大雑把でだらしないし、当然のように自分の好物でしか構成されていない料理を作れと甘えて来たと思えば、善意なのか悪意なのか分からないような扱いで人の荷物を預かりつつ、手伝う気一切無しでお風呂に直行する人間である。
特筆すべきはこの態度とは今日限定では無く常という点だ。もう帰宅したらこう。今日は余りに色々あったので普段より疲れている様子だが、別に普段から私に夕飯を任せてお風呂に入ってる。二時間近く出て来ない長風呂だし。湯舟で寝てるのかと心配になり様子を見に行っていた健気な私は夏休み頃に失踪した。
まあ、別にいいけれど。
お風呂入ってる間は、赤瀬が契約してるサブスクで好きな映画なりアニメなり観ていいって言われてるし、時間帯的に私も空腹だし。
知り合ってから毎日のように遊びに誘って貰っている身分でもある。恩返しとしての労働と思えば破格なぐらいだ。大抵の事では敵う気がしないが、家事は私が明確に優位な分野でもある。
誰も見ていないニュースと浴室からのシャワー音をBGMに暫く調理していると、スマホに通知が入った。
手を止めて確認する。
カレーはもう最低限の煮込み時間を待つだけだし、電話をかける。
すぐに繋がって口を開いた。
「何」
「保坂さんって去年の卒業生だよ。あなたのお兄さんと同級生」
「元水泳部だって
「
「今うちで一番懸垂幕に名前が載ってる子。放課後、あなたに声かけたって話してたよ?」
「ああ、あの元気な人」
「有名人と接点あって助かったよ。苦労しなくて済んだ」
「どこでそういう知り合い増やしてるの」
「んー。学校行事に積極的に参加する事、かなあ。実行委員に入ると、クラスや学年問わず色んな人と関わる事になるし。
「委員会好き過ぎでしょ。既に委員長やってるのに」
「まあ人脈って大いに越した事無いし」
「打算的」
「だからあ、内申欲しくてやってるだけだからって」
「その保坂さんって人の連絡先は分かる?」
「うん。
ただ人脈があるだけじゃなく他人の連絡先を教えて貰えるレベルの信頼も備えてるんだから
てか、ここまで要点押さえて喋ってたのに急に勿体振るようなその返事。
「何か
天野の前でも見せなかった無愛想な自分の態度に心がざわつく。
赤瀬は長風呂と分かっているが、万一見られたらと思うと早く済ませたくて仕方無くて。
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