7.美し過ぎて非生物

第21話


 赤瀬は、いきなりプロから素人に操作を変更された操り人形みたいに急停止して振り返って来る。


「なっ、何よ急に!?」


 声裏返ってるし顔真っ赤。


「いい性格してるから。人に嫌われた事無いでしょ?」


 赤瀬は急停止した姿勢のまま、怪訝そうに眉を曲げた。


「……何よそれ。それこそ有り得へん」


 追い付いて足を止める。


「なら友達多かったんじゃない? 前住んでた町。てかいた事無かったけれど、高二で引っ越しって結構キツくない? 進路考えないといけないし、修学旅行も控えてるのに」


 赤瀬の顔からやっと赤みが引いた。


「しゃあないやろ。親の仕事の都合や」


「子供は自由とか誰が言ったんだろ。全然親の人形だけれど」


 言いながら肩を並べて歩き出す。


 駅はもう目の前で、改札口の真上にぶら下がる電子発車標へ目をやった。


「……何で霧も無いのに事故るんだろ」


 足を止めながらつい呟く。


 発車標には強調表示された遅延情報が流れていて、お兄ちゃんが使う路線に大幅な遅れが生じていると知らせていた。どれぐらい遅れるかは書かれていない。余程大きな事故だったのか、まだ発生直後で状況を把握出来ていないのか。


「あの真っ赤なってる線?」


 隣で赤瀬が言った。発車標の隣には小さな電子路線図があって、一本だけ真っ赤に点滅している。


「そうあれ」


「はーまあしゃあないな。了承も得たしうちん行こ」


 当たり前みたいに言っている赤瀬の顔を見た。


「お兄ちゃんのはね。赤瀬のご両親からは得てないよ。会った事も無いし、泊まった事だって一回も無いし」


 赤瀬は面倒臭そうにジロリと睨み返して来た。


「細かい奴やな。ええよ別に。放任主義やし」


「それは赤瀬がちゃんとしてるからでしょ。黙って泊まるなんて出来ないよ」


「説明したら納得するて」


「いやだからその説明をしてって」


「はァもう喧しい」


「喧しくないわ」


 赤瀬はもう七面倒な顔になってスマホを取り出した。


 何だその態度は。正当なのは私の言い分だろ。


矢花やばな来たら言えよ。殺す」


「自然体でそんな事言わないの」


 言い返しながら辺りを警戒する。


 赤瀬は私の動きを見てから、私が見ている方向と逆側へ視線を流し始めた。特に言葉は無いが互いが見る範囲を分担し終えた所で、電話が繋がったらしく赤瀬は口を開く。


「ああ。今日友達泊めてええ? 何か放置子ぽくて」


 使われた事の無い紹介文に二度見した。


 赤瀬は七面倒な顔のまま喋り続ける。


「何か三ヶ月ぐらい親家におらんねんて。その間、ちゃうとこで一人暮らししてる兄貴が面倒見る事になってんやけど、兄貴が帰って来んのに使つこてる電車今事故で止まってて。いつ動くか分からんしもう夕方やから泊めてええ? え? おんなしクラスの友達。たまに話すやん水間みずま涼穂すずほって子。……〝涼穂すずほ〟で何で男やねん女や泊めんで。泊めるから。ハイハイハイハイハーイハイ。分かった分かった。うん。は? チッ」


 全然上手くいってなさそうだし舌打ちしたと思ったらスマホを突き出して来た。


「な、何っ?」


「ちょっと喋りたいって」


「へっ?」


「挨拶挨拶。別に怒ってへんから」


 ほぼ押し付ける格好でスマホを渡され、慌てて耳に当てる。


「も、もしも」


「いーやあんたが涼穂すずほちゃん!? どおもォ訓佳くにかの母の佳愛里かおりですぅ〜! 訓佳くにかから聞いてんで仲よおしてくれてんねんて!? ありがとうなあ〜!」


 知らないおばさんのでっかい声に耳を襲われ、余りの大声に驚きスマホを遠ざけた。その動作の間も謎のおばさんはノンストップで何やら喋っているのが聞こえて来る。離したのに聞こえるって声がデカ過ぎる。


 えっと、訓佳くにかは赤瀬の下の名前だから、その母って事は、赤瀬のお母さんか。


 謎のおばさんとか失礼言ってるじゃない。慌ててスマホを当て直す。


「はい。水間みずま涼穂すずほです。あの、ごめんなさい。急に泊めて貰おうなんてお願いし」


「ええんよええんようちの家もほったらかしみたいなもんやから! 訓佳くにかも喜ぶわ! 好きなもんばっか食べてへんか見張っといて! ちょっと仕事で帰って来んの遅いから夜中バタバタするけど、またすぐ出てくから気にせんとってな! って、そもそもあたしあんま家おらんやないかァーいて」


 ブツリと何か鳴ったと思うと何も聞こえなくなった。


「……えっ?」


 スマホを耳から離し画面を見る。電話が切れていた。


 まだ七面倒な顔をして腕組みしていた赤瀬は、その画面を眺めて呟く。


「間違えて切ったな」


「えっ?」


 赤瀬の顔を見た。


 赤瀬は私を見返す。


「せっかちやねん。いつもの事。気にせんといて」


「い、いやいや……」


「父親もおんなし所で働いてるから生活リズム一緒。土日以外は殆ど家おらんから。ハイ終わり。ちょお気になる事あんねん」


 赤瀬は腕を解くと私の手から、ひょいっとスマホを抜き取った。そのままどこぞへ歩き出す。


 置いていかれまいと慌てて追いかけるが、頭は全然追い付かない。


「キャラ過ぎない……?」


 赤瀬はスマホをしまいながら、あんまり興味無さそうな顔をした。


「そう? 普通ちゃう?」


「声めっちゃ大きかったし……」


「普通」


「凄い早口だったし……」


「普通。買い物行こ。歯ブラシとか服揃えな。お金は今度でええわ」


「何の仕事されてるの……?」


 赤瀬はまた面倒そうになって私を見ると立ち止まる。


「学者」


 私もつい足を止めた。


「学者っ?」


「気象学やったか水文すいもん学やったか、あんま聞いた事無いやつ。国立大学で先生やってて、揃って結構偉いんか、ここの霧調べる為にお上の命令で越して来てん。うちはその両親が所属する大学の附属高校に通ってた。せやから引っ越しも、別にええんよ。そもそも国立高校って、附属先の大学の研究の為に作られてるもんやし。言うてもうたら、でっかい実験室」


 思いもよらない内容に付いて行けず、馬鹿丸出しな質問をする。


「……高校にも国立ってあるの?」


 赤瀬は私の反応が予想通りだったらしく、もう面倒を通り越して呆れ顔になると、私へ言い聞かせると言うより自身の苛立ちを宥める為にゆっくり言った。


「あーるーわ」


 言うなり私の反応を待たず前を向いて歩き出す。


「お勉強ばっかで浮世離れした学者一家て認識しといて。せやからうちの家にも三ヶ月泊まっても問題無い」



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