第16話


 ポケットのスマホから指を離す。


「……あれは」


 言葉が続かない。そもそも説明出来る言葉を持っていないと気付く。


 スマホから離した手をだらりと垂らした。


「私にも分からない。でも、霧の奥に誰かいて、私をずっと見てた。赤瀬や蘆屋あしやさんには、見えなかったみたいだけれど」


 赤瀬は首を横に振る。


「お前には見えてた。ただの見間違いやったら脳がすぐに修正して、錯覚やって片付けられてる筈や。自力で抜け出されへん場合やったとしても、他の人の捉え方と照らし合わせたらすぐに正しい見え方に戻れる。うちに確認取った後でもそう見えてたって事は、確かになんかがおったんや。今もそうやって勘違いやったとは思われへんぐらい、存在感があったんやろ?」


 自分でも馬鹿馬鹿しく感じる事を喋っているのに、大真面目に聞いてくれる赤瀬に罪悪感を覚えた。


「……信じてくれるの? 現実的じゃないよ」


 赤瀬は面倒そうな顔になる。


 内臓が冷たくなった気がした。


 赤瀬はその顔のまま両手を腰に当てるなり、上体を倒して顔を覗き込んで来る。


「普段テンション一定なお前があんだけ動揺すんのは初めて見たわ」


「え?」


 呆然としている私が気の毒なのか、赤瀬は優しく笑う。


「そんだけで気に留める価値がある。ただの見間違いやったとしても、別にええよ。そんぐらいで怒らん。もしほんまになんかおったんやったら、避ける為に対策を考えたいだけ」


「何で?」


 途端赤瀬は不機嫌になると、手を下ろしながら上体を上げた。


「何でって。友達見殺しにするとかカスやろ」


 かと思えば、また真面目な調子に戻る。


「で、それはどんな格好してたん?」


 ……一瞬トゲトゲしたのは照れ隠しらしい。何て不器用な奴。


 内臓の温度が戻っていた。ずっと落ち着きから遠ざかっていた気持ちが、丸くなっている。放課後になってからろくな目に遭っていないとも気付くけれど、赤瀬はずっと味方でいてくれているし、こんな馬鹿みたいな話にも真面目に付き合おうとしてくれている。能天気過ぎるけれど何だかそれだけで、大丈夫な気がした。


「……霧ではっきりとは見えなかったから、大人なのか子供なのか、性別すらも。ただ、誰かが項垂れながら、こっちに右半身を向けて立ってて、首を捻じって私を見てたとは分かった」


「て事は服装も分からんかったのに、見られてるとは分かったって事?」


「そう」


「それは視線を感じたから? それとも、そいつの目だけは視認出来てたとか?」


「視線を感じたから」


 赤瀬は難しい顔になると、「ふーん……」と唸って顎を触る。


 やっぱり、馬鹿馬鹿しいと思われただろうか。


 呆れられてもいいように身構えていると、赤瀬は顎にやった手と表情をそのままに切り出した。


「人の視線を感じて振り返る事ってあるやん? ほんで、実際後ろにおった誰かと目が合うって経験」


「うん」


「あれって何でやと思う?」


「えっ?」


「背中に目え付いてる訳でも無いのに、何でうちらって日常的に誰かの視線を察知出来てると思う?」



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