新チーム10

 練習後、慧は1年生にも知ってもらうために、イップスについて告白した。


「イップスはまだ、わからないことも多いけれど、特定の動きだけできなくなるんだ」


 慧はしっかりと向き合っているからこそ、バスケ部全員に知ってほしいと考えたのだろう。この告白には勇気がいると思う。


「だから、普段は全然支障がないから、当事者でない限り、なかなか理解できるものではないと思う」


 その声には悲しさと苦しさ、悔しさが入り混じっているように、俺には感じられた。


 正直に言えるって凄いことだよな。俺が慧の立場だったら言えないかもしれない。


「でも、イップスだからって、これで終わりにしたくない。今、治療も受けてる」


 慧はひと呼吸すると、話を続ける。


「それに今日、皆でやったけれど、メンタルトレーニング。これは思考の癖を変えるトレーニングでもある。思考の癖を変えることで、イップスを克服する」


 慧は慧なりに苦しさや悲しさ、悔しさを見せないようにしているらしい。力強く言い放つ。


「ただ……」


 慧はフーと長い息を吐く。


 言葉が続かない。責任を感じたのか、言いにくそうにしている。


「ただ……?」


 いち早く、慧の様子に気がついた風斗は、相当心配していた。


「うん、皆に迷惑をかけるかもしれない。まだ、バスケの時は足が震えるし、動きが止まってしまうこともある」


 静かな時間が流れる。たった数秒なのに1時間あったような感じがする。


「それでも、必ず俺は克服してみせる。だから、これからもよろしく頼みます」


 慧は丁寧にお辞儀をした。それに倣って、俺も一緒にお辞儀する。


「俺ら、まだまだ未熟だけど、よろしくお願いします」


竹村康人たけむらやすとが動揺している。


「いやいや、先輩、頭下げることはやめて下さい」


 それもそうだよな。先輩が後輩に、お願いってお辞儀をしてまで頼むんだから。


 ただ、コートの上に立ったら、先輩後輩は関係ない。


「それと、コートの上に立ったら、先輩後輩は関係ない。だから、先輩をつける必要はない。呼びやすい名前で呼んでくれ。あだ名でもいい」


 慧はイップスのことを説明したあと、ニカッと笑って1年生に告げた。


「でも、先輩ってつけないと失礼なような」


 と言ったのは、細田悟ほそださとるだ。


「気にするなって。先輩って言われた方が気を使うだろ?」


 悟の肩をポンポン叩いて笑顔で答えたのは、灯だ。


「そういうものなのか?」


 と、疑問に持つ狩野孝也かりのたかや


「この先輩たちは、上下関係が嫌みたいだよ」


 俺たち3年の代わりに快が答えた。


「だから、下の名前で呼んであげて」


 拓斗が付け足す。


「俺らも3年生のこと名前で呼んでいるからさ」


 智樹がボールを片付けながら笑顔を向けた。


 ボールを片付けている智樹を見て、話に夢中になり、片付けることを忘れていた。


「あっ、悪い、片付けないとな」


 俺は智樹と一緒にボールを片付けた。


「先輩、俺らがやりますって」


 孝也が慌てて、一緒に片付けようとしたとき、俺は首を横な振った。


「先輩だからやらなくていいってことには、ならないからな。先輩後輩関係なく全員でやる」


「ほへー」


 康人が言葉になっていない声を上げた。


 多分だけど驚いている。そりゃそうだよなぁ。普通、片付け、準備は後輩、それも1年がやることが主流だ。


 俺も中学のときはそんな感じだった。疑問だったなぁ。先輩はやらないで、後輩が準備、片付け、掃除などをすること。


 先輩ってそんなに偉くないと思うけど。それに高校に入ってからは、最初、谷牧だったから、上下関係というより、バスケ部自体が荒れていて、ほとんどが辞めていったからな。


 だけど、俺は後輩だけにやらせるという考え方は好きじゃない。


 最後はバスケ部全員で後片付けをして、今日の練習は終わった。


 最後に体育館に一礼して、体育館を出る。

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