王者、福岡私立富滝高校との練習試合3

 帰り道、俺は美香と一緒だった。あまり、こういうことってないから、ちょっとドキッとする。


「わかった。恐怖を感じたら、パンッと胸を叩く」


 美香がにっこりしている。


 胸を叩く? どういうことだろう。


「胸を叩いたら、恐怖を感じなくなるおまじない」


「はぁ?」


 俺は幼稚園児みたいだったので、やりたいとも思わなかった。でも、美香は真面目だ。


「案外、いけるよ、それ。自分を取り戻せる」


「そうなのか?」


 いわゆるルーティンみたいなものだ。俺は、ルーティンもないし、そんなこと考えたこともなかった。


「頬を叩くのでも良いよ。気合い入れるのと同じ。切り替えのスイッチが入るんだよ」


 美香はニヤリッと笑って、俺の頬を両手でバシッ、バシッと叩く。


「おいっ!何……」


 俺は言いかけたが、確かに気持ちを切り替えたい時には良いかもしれないと思った。


 美香の言っていることも間違いではない。今度、やってみようかな。


「大丈夫! 私がついてるから」


「えっ……」


 俺は美香に言われて恥ずかしくなった。なんだか、俺、頼りなくてカッコ悪いな。


 美香は心が強い。俺が落ち込んでいても大丈夫といつも声をかけてくれる。美香自身はいつも明るくて落ち込むときがあるのかと思うほどだ。いつも、励まされている。


 だけど同時に惨めな気持ちになる。逆に俺は美香に何もできない。本当は任せろと言って、美香を安心させるくらいの強さが欲しい。


「なに? その顔は……」


 美香はじっと俺を見つめてきた。俺、何か悪いことを言ったか?


「私に言われるのがそんなに嫌?」


 美香はグッと顔を近づけてきた。


 ち、ちかーい!! 俺は、ビビってしまった。元々、女子が苦手だけど、美香は更に苦手だ。


「何、ビビってるの」


 美香は呆れ顔だ。


 いやいや、顔を近づけられたら、ビビるだろう。美香には励まされているし、元気が出るから、そういうところには感謝している。ただ、たまに、ドキッとさせられる。こういうシチュエーション、どうすればいいのか、わからない。


「まぁ、いいや。でも、忘れないで。どんなことがあっても、樹はひとりじゃないから。応援してるよ」


 美香の言葉に、俺は何故か戸惑った。どういうことなんだ。こんな気持ち、初めてだ。


「お……おう……ありがとな」


 俺はとりあえず、感謝の気持ちを伝えたが、上手く言えない。


「恥ずかしがってるの?」


 美香はニヤニヤしている。


 なんだよ。今日の美香はいつもと違う。やけに構ってくるというか。


「じゃあね、また、明日。大丈夫、恐怖なんて吹き飛ぶよ」


 美香は拳を作って、胸をポンポンと叩いた後、その拳を俺に向けた。


 美香の力強い言葉とリアクションが、恐怖を吹き飛ばすような気がした。だから、俺も美香に同じように返した。


「美香、ありがとう」


 今日は何度、美香にありがとうと言ったか。


 美香のおかげで恐怖にも打ち勝てるような気がした。

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