第12話
俺は医務室で
慣れないことをしたので頭に血がのぼり。
知恵熱で視界がぐにゃりと曲がる。
千鳥足を悟られないよう力を振り、絞り医務室から出た。
すると、ドアの前に
にっこりと笑顔を見せている。
「
俺たちの会話を聞いていたのか。
「あ、あの、ここにいるとアイツが出てくる」
声を出すのもギリギリの心理状態。
彼女は俺の手を引くと、隣のドアに入った。
どうやら医務室の備品貯蔵室らしい。
包帯やシーツ、薬の瓶などが棚に並んでいる。
「ここなら
もしかすると俺と交代したあと、ここに隠れていたのかもしれない。
医務室とは中のドアで繋がっている。
たぶん俺の声も聞こえていたはずだ。
「委員長を不死にしたのは
やはり聞かれていた。
というか、
ああそうか、いま知ったという演技だ。
あまりにも白々しいと感じるのは、俺が二人の関係を知っているからだ。
「わたくしだって洞窟にいたんですもの。薄々と気づいてましたわ」
なら俺は、なにも知らない演技をしないとダメなのか。
ややこしいなあ。
「バレたか」
人生で嗅いだことのない甘い匂いがする。
これがリッチなお嬢様の香りなのか?
みんな同じ石鹸を使っているはずなのに、謎だ。
ちなみに、彼女はクラスで二番目にキレイだ。
もちろん俺様ランキングで。
深淵を
気品に満ちた鼻筋と、清楚さを
アップで見るとその美貌が嫌というほどわかる。
俺は理性を失わないようにクチのなかで舌を噛んでいた。
「ねぇ、
彼女の瞳には、静かな懇願が宿り、唇は微かに震えながらも、熱心な願いを語っていた。
首をコクリと傾けるとウエーブのかかったロングヘアがゆっくりと揺れる。
まるで映画のワンシーンのようだ。
もしかすると俺のクチから確約が欲しいのか?
「さっきみたいに俺がピンチのとき助けてくれ。その条件で
「まぁ嬉しいわ!」
そう言うと彼女は俺の頬に軽くキスする。
不意打ちすぎて回避する余裕はなかった。
いや、言い訳だな。
彼女の魅力に体が縛られ、身動きが取れなかったのだ。
「契約完了の
いたずらっぽくクスリと笑う。
清楚な癒し系だと思っていたのに。
やばすぎる。コイツ魔性の女だ。
尊敬するぜ……。
「どのような死因でも不死なのかしら?」
「実験できないからな。俺にもわからない」
「実験ね……」
彼女が何か考えている。その表情に一抹の不安を覚えた。
ドアが開閉した音が伝わってきた。
「
アイツがいないのを確認したのだろう。俺を手招きした。
俺が医務室に入ると彼女はジトっとした目で見てくる。
「どうして
元カノが心配だからだ。
――まさか知ってる?
「さぁ~、たまたま通りかかったと言ってたなぁ」
「どうして
よく聞いてやがる! なんて洞察力だよ。
「さぁ~、不良って保健室好きだよね」
「契約した仲ですのに、冷たいのね」
もしかすると
そう考えると情事の冷めていた感情も理解できる。
この女、怖すぎるだろ……。
「ビジネスライクに接したいんだ。契約外ではドライの関係でいたいもんだな」
精一杯の強気だが、たぶん見透かされているだろう。
「んっ……」
ベッドから声が聞こえた。
「委員長?」
ベッドに駆け寄る。
「委員長、聞こえるか、委員長!」
すぅっとまぶたが開いた。
「良かった、目がさめ――」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
喉が潰れそうなほどの絶叫。
反射的に俺から逃げる。
彼女はベッドから転げ落ちた。
悲痛な叫び声が部屋に響く。
「委員長、安心しろ、ここは医務室だ」
「いやっ!! やめてっ!! 許してっ!!」
「ごめん委員長、悪かった、ごめんよ委員長」
「いやっ!! いやぁっ!! いやぁぁぁぁぁっ!!」
メンタルケアのスキルは会話がトリガーのはずだ。
強引に彼女の手首を掴む。
「委員長、なにがあった? 教えてくれ」
「
「ここは任せてくれ!」
「でも……」
俺の気迫に押されたのか、
「委員長、その記憶は夢だ、ウソの記憶だ、いったい何があった?」
「バケモノが! わたしの服を引き裂いた!」
「そんなことはない、服は着ているよ、破れていない」
「服、着てる?」
彼女は白い患者用の服を着ている。
シミひとつないキレイな布だ。
「ああそうだ。他には何があった」
「バケモノが腕に噛みついて、血が、肉がっ!」
「腕はキレイだよ。傷ひとつない。見てごらん」
「腕、ある……」
恐怖で震えていた腕が、少しづつ治まっていく。
「ほら、全部夢だ。ほかにはどうだ?」
「アイツら、足にも」
「白くて細いステキな足だ。立ち上がることもできるぞ」
患者用の服はワンピースだ。
暴れたので服はめくりあがり、太ももが露出している。
「目に指を入れられたのよ! 暗かった、ずっと暗かったの!」
「俺の顔、見えてるだろ」
「あっ……、
「そうだ、委員長、お帰り」
「うっ、うっっっ、うわあぁぁぁぁぁぁん」
大粒の涙を流しながら泣いている。
いつも気丈に振る舞う彼女が、まるで幼い子供のようだ。
俺は彼女から手を放し、一歩さがった。
すると
女神のような慈しみで彼女を包み込む。
俺は医者じゃない。
彼女の心にできた深い傷を治すことなんてできない。
スキルの効果によって一時的に緩和されているだけだ。
いつフラッシュバックしてもおかしくない。
彼女は大声で泣きつづけている。
俺は
あ~疲れた……。
俺には不向きな役回りだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
森での訓練を終えた
委員長が目を覚ましたことは
大規模演習をおこないたいと宰相に願い入れると二つ返事でOKしたそうだ。
参加者はクラス全員。
森のなかで二週間キャンプしながら訓練をおこなう計画。
食料やテントなどは用意してくれる手筈となった。
出発は三日後。
それまでは体調を整えるため訓練は休みだ。
みんなは町へくりだし、思い思いに買い物を楽しむ。
もうこの国には二度と戻ってはこないのだ。
みんなもらったお金をすべて使う気でいる。
俺の加護に必要なものなんてない。
だから有り金はすべて
アイツなら有意義に使ってくれると信じている。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
明日は決行日。
俺は医務室にむかう。
スキルの効果は出ているようで、発作やフラッシュバックはおきていない。
メンタルケアさん、いい仕事ですね。
「やあ委員長」
彼女はベッドに腰かけ、顔色は生気に満ちていた。
窓から吹き込むそよ風が、彼女の手入れの行き届いたミディアムボブを優しくなびかせる。
俺はその光景を冷静に見つめながら、彼女の回復を心から喜んだ。
「冴えない顔」
いつもの不機嫌な表情だ。
俺に醜態を見せたのが恥ずかしいらしい。
「いきなり酷いな」
「みんなは町にいっているんでしょ? どうしてお見舞いにくるのよ」
「町はもうあきたのさ」
「理由になってない」
「元気ならいいんだよ」
「あっそ」
彼女は窓の外にぷいっと視線を向ける。
「明日の演習には参加できるんだろ」
「もちろんよ」
「じゃ、また明日」
もうメンタルケアのスキルは必要ないだろう。
俺は医務室から出た。
ドアの横に
壁に背をつけて横をむいている。
俺に何か言いたいときはいつもこうして真正面から顔を見ようとしない。
「委員長のお見舞い?」
「ああ」
「毎日通うほど仲良くなかったよね」
「そうだな」
「いつから?」
「へ?」
「いつから委員長を好きになったの?」
めんどくさっ!
「どうして見舞いにきただけでそんな話になる」
「男子でお見舞いしてるの
「
「そんなの知らない」
カマかけたのか?
「クラスメイトを心配するのはあたりまえだろ」
「助けにいこうっていい出したの
「まあな」
「どうして?」
あ~めんどくさっ! まるで浮気調査する彼女じゃん!
「加護の力で探せるんだよ。たまにはクラスの役に立ちたいさ」
「ふぅ~~~ん……」
べつに放っておいても良いのだが、後から
小走りで彼女に追いつく。
俺が追ってくるのを知っていてコイツはゆっくり歩くのだ。
わかっているのか
これが嫌だから俺はオマエのことが好きになれないんだぞ。
彼女にするなら家族のように気を使わない相手がいい。
そんなことをいうヤツがたまにいる。
間違えてはいないが前提条件があるんだよ。
ドキドキの胸高鳴る交際期間を過ぎたあとならアリだ。
出会ったころから家族のような距離感だと、それはもう家族なんだよ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
十台を超える馬車が並ぶと、その光景はまさに壮観だ。
兵士たちは、食料などの物資を馬車に積み込む作業に忙しい。
俺たちに同行するのは第三騎士団。
これまでも訓練に参加しているので慣れている。
クラスメイトは、出陣式のために整列している。
戦地への旅立ちを控え、表情には緊張と期待が交錯する高揚感が滲んでいた。
前方の台座には宰相が立っている。
俺たちを従わせているという思いが余裕につながり、その表情から自信がにじみでていた。
「異なる世界より来訪した英雄たちよ。こたびの遠征でキミたちは飛躍的に成長するであろう。その成果は自分自身のため、ひいてはわが国のため。その遥か先に約束された世界平和をもたらす輝かしき力となるであろう。魔物の脅威におくすることなく思う存分修練してくることを切に願う」
「はっ!」
この国を出るまでは従順な兵士を演じてやるよ、ED野郎。
「乗車!」と、元気になった
雷使いの
馬車はゆっくりと動きだした。
俺たちを待つ新天地に向けて――。
町の人が見送ようなセレモニーはなく、馬車は平然と進む。
俺たちに気づく人などいない。
とても平和そうに暮らす人びとが視界に入り、そして消えた。
思い出はなにもない。
しかし、二度と戻らないと思うと、不思議なことに切なさがこみ上げてくる。
そろそろ城下町を抜けて城壁の外に伸びる街道に出る。
「まってくれ~」
遠くで声が聞こえた。
「お~い、まってくれ~」
たぶん
「待てって言ってんだろうがっ!!」
声が遠のいていく。
「お~い――」
誰ひとりとして馬車を止めようとは言わなかった。
優柔不断な男だ。
もっと早く決断して、クラスに溶け込めば違った未来が待っていたのかもしれない。
だが遅い。気づくのが遅すぎたんだ。
オマエは自分でルールを破っていたつもりだろう。
だが違う。学校というルールに守られていたんだ。
遅刻して怒られないのも授業をサボって怒られないのも学校だからだ。
社会では通用しない。
もうここは学校じゃないんだぞ。
教えてくれる先生もいないんだ。
自分で気づくしかなかったんだよ。
じゃあな、
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