第8話

「委員長が連れ去られた」


 森での訓練から帰ってきた才原優斗イケメンは沈んだ表情でそう告げた。


「は?」


 彼らが戻ってきたと連絡を受けたクラスメイトが集まってくる。


優斗ゆうと~、お帰り~……? どうしたの?」


 彼の表情を見て違和感を覚えた女子たちが不安な表情を浮かべる。


「委員長が連れ去られた」

「詳細を説明しろ」


 瀧田賢インテリメガネが彼に近寄る。


「俺たちは順調に魔物を討伐していたんだ。それなのに委員長は、手ぬるい、もっと奥へ入ろうと言い出した。兵士たちが止めるのも聞かず、奥へと進み、気がつくとゴブリンに囲まれていた」

「ゴブリン……、強いのか?」

「いや、たいした敵じゃない。だが数が多く、乱戦になってしまった。粗方かたづいたあと、委員長がいないことに気がついたんだ」

「強くない敵なんだろ? なぜ後を追わない」

「ヤツらの巣がどこにあるのかわからないんだ。森は広い。あてもなく進めば遭難そうなんする。そう兵士たちに言われたんだ」


 俺たちは、この世界の事情にくわしくない。

 ましてやゴブリンなんてみたこともないのだ。

 兵士が無理というのなら、信じるほかない。


 石亀永江委員長を助けたいけれど良案は浮かばない。

 焦燥感がクラスメイトを襲う。

 悔しさでクチビルを噛む人。悲しみで涙を流す人。無力な自分に怒りを覚える人。

 渦巻く感情はそれぞれだが、共通するのは誰も意見を出せないということだ。


 重い沈黙がつづく――。


 いつもクラスの中心で旗を振ってくれていたのに。

 いなくなってから彼女の有難さに気づくなんて。


 代理を務める才原優斗イケメン瀧田賢インテリメガネも苦々しい表情のまま動かない。

 何をいえば良いのか迷っているのだろう。




「探しにいくべきだ」


 クラスメイトが驚いた表情で俺を見る。

 無理もない。率先して助けようだなんていうキャラじゃないからな。


「俺だって気持ちは同じだ。兵士に何度もお願いした。だが、もう、殺されているだろう、と……。諦めろ、と……」


 才原優斗イケメンは視線を地面に落とし、悔しそうな表情をしている。


「委員長は生きている。それに、俺なら彼女の居場所がわかる」

「こんな時に冗談はやめてくれ」


 才原優斗イケメンは俺に視線を移そうともしない。


瀧田たきたならわかるだろ、俺はうそをついているか?」

真実だトゥルー


 才原優斗イケメンがバッと勢いよく俺の顔を見る。

 まるで覚醒した主人公のように彼の目に希望の光が灯っていた。


「マジか!」

「大マジさ」


 人生初のドヤ顔を才原優斗イケメンに披露してやった。



 さっきから【経験値】の増加速度がハンパないくらい加速している。

 過去の経験から、増加速度は思いの強さだけでなく、行為の過激さにも影響していた。

 石亀永江委員長はゴブリンたちに想像を絶する責め苦を強いられているのだろう。

 急げばまだ間に合うはずだ。


「兵士たちに話を通してくる」と、元気を取り戻した才原優斗イケメンが疾走する。


「委員長の位置がわかるのは加護の力か?」

「そうだ」


 瀧田賢インテリメガネの質問には慎重に答えないとうそが見破られる。


「感謝する」

「俺に戦う力はない。道案内しかできないぞ」

「フッ、俺の剣さばきでオマエを守ってやるよ」


 不覚にも彼の言葉にキュンとしてしまった。

 運動部はこういうときズルい。


裕之ひろゆき、お願いがある」

「任せろ、何をすればいい」


 さすが儀保裕之悪友いつも俺を助けてくれる頼もしいヤツ。


瀧田たきたに日本刀を出してやれるか?」

「いいねぇ、捕らわれの姫を助けるために必要な武器だろ、あがるじゃねえか!」


 儀保裕之悪友はお参りするときのように、顔の前で手を合わせ、目を閉じた。

 集中力がいるのかもしれない。


「よし、完成」


 胸の前で両手を上に向けて広げると、一振りの日本刀が突然姿を表わす。


「名を崩陽ほうようという。不壊、疲労軽減の効果つきだ。長時間の戦闘にむいているぞ」

「助かる」


 瀧田賢インテリメガネさやから少しだけ抜き、刃の輝きを確認する。

 鋭い光に魅入られたのか、ニヤッと不穏な笑みを浮かべた。


 コイツ、武器をもつと性格がかわるタイプなのか?

 近寄るのはやめとこう……。



 才原優斗イケメンがダッシュで戻ってきた。


「馬車を出してくれることになった。しかし、同行してくれる兵士はほとんどいない」


 俺たちは兵士に嫌われている。それでも馬車を出してくれるんだ感謝しよう。


「兵士など最初から頼りにしていない。急ごう」


 おい瀧田賢インテリメガネ、感謝の気持ちは忘れるな!


「わたくしも連れていってください」


 吹奏楽部の出水涼音いずみすずね

 彼女は出水総合病院の【令嬢】。

 誘拐の危険を考慮し、いつも自家用車で送迎されていた。

 所作からは優雅さと気品が滲み出ている。

 成績はつねにトップクラス。人格も立派で、彼女に憧れる人は多い。

 努力家でもあり、フルートのコンクールで受賞したこともある。

 知力、人格、財力、気品、美貌。すべて一級品。

 俺にとって彼女は高貴すぎて、どう接したらいいのか正直わからない。


「危険だ」


 才原優斗イケメンが珍しく語気を強めた。


「わたくしの加護、ご存じでしょ」

「だが……」


 クラスカースト最上位のあいだでは加護の情報を共有しているのかもしれない。


 才原優斗イケメン瀧田賢インテリメガネ出水涼音令嬢

 コイツらの近くにいるのはなんとなく耐えがたい。

 威圧感が漂っていて心がざわつく。

 もちろんそれは、俺の錯覚。劣等感だ。

 コイツらは何も悪くない。

 だが、どうしても心が受け入れられない。


「言い争っている時間はないんじゃないかな」


 三人が同時に俺を見た。

 どいつもこいつも目力めぢからが強い。

 演劇部で舞台なれしている俺でも、彼らの視線にプレッシャーを感じる。


「そのとおりだ」と瀧田賢インテリメガネがうなづいた。


「俺から離れるんじゃないぞ」

「わかっているわ」


 才原優斗イケメン出水涼音令嬢も納得したようだ。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 夕暮れの街道を馬車が疾駆しっくする。


 テッテレー♪テーレー♪テッテレー♪


 レベルはすでに四回アップした。

 それだけ委員長への責め苦が過酷なのだ。

 想像するのもおぞましい。


 ふと、【恋愛対象】の文字が点滅しているのに気がついた。

 どうやら二人に増やすことができるらしい。


 意味がわからない。

 ネトラレとは、純愛だからこそ成立する話じゃないのか?

 いや、複数推しと呼ばれる推し活もあるらしい。


 アイドルのファンは推しが結婚すると酷いダメージを受けるそうだ。

 その衝撃を和らげるため、あらかじめ複数推しをする。

 さらには、推しが抱かれている姿を想像すると、新たな性癖に目覚めると言う。

 俺には関係のない話だと思っていたのに、まさか複数推しになるとは。


 とりあえず二人目は空欄にしておく。

 もし、好きな子を設定してネトラレが発動したら俺は耐えられない。

 脳が破壊されてしまうだろう。




 馬車は張り詰めた空気で満たされている。

 日常会話をする雰囲気ではないし、ましてや冗談なんて許されない。

 カーストトップの三人が俺の近くに座っているので、さらに緊張する。

 笑ったらアウトなゲームでもしているかのように、みんな顔を強張らせていた。

 息が詰まる。早く到着してくれ。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 森の近くに到着するころには、すっかり日は暮れていた。


 兵士たちは告げる、夜の森に入るのは自殺行為だと。

 俺たちを心配して助言してくれているのはわかる。

 だが石亀永江委員長は生きているのだ。


 進むのはクラスメイトだけ。

 兵士たちは、夜明けまで待機してくれるらしい。

 無理を言っているのは俺たちだ。感謝しかない。




 日が沈み、闇が森を覆い隠した。

 松明とランタンの微かな光が、木々のあいだを心細く照らす。

 足元では枝がパチパチと音を立てる。


 クラスメイトがいるので心細くはない。

 しかし、暗闇から突然なにかが飛び出してきそうなのだ。

 心臓の鼓動だけが耳に響き、やけにうるさく感じる。




 先頭を歩くのは護衛の加護をもつ才原優斗イケメン

 彼の後ろを出水涼音令嬢

 つづいて瀧田賢インテリメガネ。隣が俺だ。

 後ろには連城敏昭野球バカと弓道部の由良麻美ファン

 最後尾に柔道部の気仙修司パンダ狛勝人空手バカがつづいた。


 雷が使える良知智晃らちともあきは来ていない。

 アイツは『委員長が死ぬほうがボクとしてはありがたい』と言いやがった。

 この世界にきてから、アイツの態度はますます大きくなっている。

 たぶん抑圧されていた反動なのだろう。

 人間性が透けて見えるぜ……。



 弓道部の由良麻美ファンが、

「止まって、少し先に敵がいる」と、緊張感を含んだ声でみんなを止めた。

「わかるのか?」


 隣にいた連城敏昭野球バカが棍棒をかまえる。


「ボクの加護は狩人なんだ。夜目が効くし、敵の気配もわかるんだよ」

「それは凄いな」

「敵は三体、たぶん普通の猪。アイツらは鼻がいいからこちらに気づいてる。ボクが先制攻撃をするから、あとはヨロ」

「任せろ」


 この国では、猟師などが比較的楽に倒せる動物をケダモノと呼び、それよりも強い生物を魔物と呼んでいる。

 猪やゴブリンはケダモノらしい。


 由良麻美ファン才原優斗イケメンの隣まで進むとショートボウを構える。

 弓道部らしく、右手の小指と薬指で二本目の矢をもっていた。


 暗闇の先に猪がいるらしいが、俺にはまったく見えない。

 彼女が一本目の矢を放つと――プギッ――と鳴き声がした。

 間をおかず二本目も放たれ、同じように鳴き声がする。


「来るよ」


 ドッドッと地を蹴る音とともに猪が急に姿を見せた。

 四つん這いの成人男性ほどの大きさ。

 才原優斗イケメンよりも体重は重いだろう。


「守ってみせる!」


 気合なのか、それとも加護の発動条件なのか。

 才原優斗イケメンは声を出し、意思を示す。


 猪は彼のかまえていた盾に激突。

 しかし、ドラの鳴るような鈍い音とともに、猪は弾き飛ばされてしまった。


「え?」


 なぜか才原優斗イケメンが驚いている。


「凄いじゃないか! ん? どうした」


 瀧田賢インテリメガネが彼の肩をたたいて喜んでいる。


「初めて加護を使ったんだよ。猪が当たった衝撃をまったく感じなかった」

「物理法則を無視しているな……」

「でも、みんなに怪我がなくて良かった」

「ああ。守ってくれて感謝する」


 ポンポンと肩をたたいている。

 なんだろう、この、男の友情みたいなシーンは。

 見ている俺のほうが恥ずかしい。


 突進してきたのが親、弓で倒されたのが子供らしい。


「回収しとくね」


 由良麻美ファンが猪に近づく。


「回収?」

「狩りで倒した獲物は、なんだかしまっておけるんだよね」

「やってみせてくれないか」


 才原優斗イケメンが首をかしげている。

 けっこうポピュラーな能力なのだが、彼はゲームをやらないのだろう。


 由良麻美ファンが手をかざすと三匹の猪が一瞬で消えた。


「おおっ! 凄いね」

才原さいばら君もできるかもよ」


 近くにある木に向けて手をかざす。


「無理なようだ」

「残念だね」


「加護の力で収納できるから加護収納だな」

「いいね、そう呼ぶことにするよ」


 俺の案を由良麻美ファンは気に入ったようだ。


「先を急ぐぞ」


 瀧田賢インテリメガネが呆れた顔でそう言った。

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