第8話
「委員長が連れ去られた」
森での訓練から帰ってきた
「は?」
彼らが戻ってきたと連絡を受けたクラスメイトが集まってくる。
「
彼の表情を見て違和感を覚えた女子たちが不安な表情を浮かべる。
「委員長が連れ去られた」
「詳細を説明しろ」
「俺たちは順調に魔物を討伐していたんだ。それなのに委員長は、手ぬるい、もっと奥へ入ろうと言い出した。兵士たちが止めるのも聞かず、奥へと進み、気がつくとゴブリンに囲まれていた」
「ゴブリン……、強いのか?」
「いや、たいした敵じゃない。だが数が多く、乱戦になってしまった。粗方かたづいたあと、委員長がいないことに気がついたんだ」
「強くない敵なんだろ? なぜ後を追わない」
「ヤツらの巣がどこにあるのかわからないんだ。森は広い。あてもなく進めば
俺たちは、この世界の事情にくわしくない。
ましてやゴブリンなんてみたこともないのだ。
兵士が無理というのなら、信じるほかない。
焦燥感がクラスメイトを襲う。
悔しさでクチビルを噛む人。悲しみで涙を流す人。無力な自分に怒りを覚える人。
渦巻く感情はそれぞれだが、共通するのは誰も意見を出せないということだ。
重い沈黙がつづく――。
いつもクラスの中心で旗を振ってくれていたのに。
いなくなってから彼女の有難さに気づくなんて。
代理を務める
何をいえば良いのか迷っているのだろう。
「探しにいくべきだ」
クラスメイトが驚いた表情で俺を見る。
無理もない。率先して助けようだなんていうキャラじゃないからな。
「俺だって気持ちは同じだ。兵士に何度もお願いした。だが、もう、殺されているだろう、と……。諦めろ、と……」
「委員長は生きている。それに、俺なら彼女の居場所がわかる」
「こんな時に冗談はやめてくれ」
「
「
まるで覚醒した主人公のように彼の目に希望の光が灯っていた。
「マジか!」
「大マジさ」
人生初のドヤ顔を
さっきから【経験値】の増加速度がハンパないくらい加速している。
過去の経験から、増加速度は思いの強さだけでなく、行為の過激さにも影響していた。
急げばまだ間に合うはずだ。
「兵士たちに話を通してくる」と、元気を取り戻した
「委員長の位置がわかるのは加護の力か?」
「そうだ」
「感謝する」
「俺に戦う力はない。道案内しかできないぞ」
「フッ、俺の剣さばきでオマエを守ってやるよ」
不覚にも彼の言葉にキュンとしてしまった。
運動部はこういうときズルい。
「
「任せろ、何をすればいい」
さすが
「
「いいねぇ、捕らわれの姫を助けるために必要な武器だろ、あがるじゃねえか!」
集中力がいるのかもしれない。
「よし、完成」
胸の前で両手を上に向けて広げると、一振りの日本刀が突然姿を表わす。
「名を
「助かる」
鋭い光に魅入られたのか、ニヤッと不穏な笑みを浮かべた。
コイツ、武器をもつと性格がかわるタイプなのか?
近寄るのはやめとこう……。
「馬車を出してくれることになった。しかし、同行してくれる兵士はほとんどいない」
俺たちは兵士に嫌われている。それでも馬車を出してくれるんだ感謝しよう。
「兵士など最初から頼りにしていない。急ごう」
おい
「わたくしも連れていってください」
吹奏楽部の
彼女は出水総合病院の【令嬢】。
誘拐の危険を考慮し、いつも自家用車で送迎されていた。
所作からは優雅さと気品が滲み出ている。
成績はつねにトップクラス。人格も立派で、彼女に憧れる人は多い。
努力家でもあり、フルートのコンクールで受賞したこともある。
知力、人格、財力、気品、美貌。すべて一級品。
俺にとって彼女は高貴すぎて、どう接したらいいのか正直わからない。
「危険だ」
「わたくしの加護、ご存じでしょ」
「だが……」
クラスカースト最上位のあいだでは加護の情報を共有しているのかもしれない。
コイツらの近くにいるのはなんとなく耐えがたい。
威圧感が漂っていて心がざわつく。
もちろんそれは、俺の錯覚。劣等感だ。
コイツらは何も悪くない。
だが、どうしても心が受け入れられない。
「言い争っている時間はないんじゃないかな」
三人が同時に俺を見た。
どいつもこいつも
演劇部で舞台なれしている俺でも、彼らの視線にプレッシャーを感じる。
「そのとおりだ」と
「俺から離れるんじゃないぞ」
「わかっているわ」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
夕暮れの街道を馬車が
テッテレー♪テーレー♪テッテレー♪
レベルはすでに四回アップした。
それだけ委員長への責め苦が過酷なのだ。
想像するのもおぞましい。
ふと、【恋愛対象】の文字が点滅しているのに気がついた。
どうやら二人に増やすことができるらしい。
意味がわからない。
ネトラレとは、純愛だからこそ成立する話じゃないのか?
いや、複数推しと呼ばれる推し活もあるらしい。
アイドルのファンは推しが結婚すると酷いダメージを受けるそうだ。
その衝撃を和らげるため、あらかじめ複数推しをする。
さらには、推しが抱かれている姿を想像すると、新たな性癖に目覚めると言う。
俺には関係のない話だと思っていたのに、まさか複数推しになるとは。
とりあえず二人目は空欄にしておく。
もし、好きな子を設定してネトラレが発動したら俺は耐えられない。
脳が破壊されてしまうだろう。
馬車は張り詰めた空気で満たされている。
日常会話をする雰囲気ではないし、ましてや冗談なんて許されない。
カーストトップの三人が俺の近くに座っているので、さらに緊張する。
笑ったらアウトなゲームでもしているかのように、みんな顔を強張らせていた。
息が詰まる。早く到着してくれ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
森の近くに到着するころには、すっかり日は暮れていた。
兵士たちは告げる、夜の森に入るのは自殺行為だと。
俺たちを心配して助言してくれているのはわかる。
だが
進むのはクラスメイトだけ。
兵士たちは、夜明けまで待機してくれるらしい。
無理を言っているのは俺たちだ。感謝しかない。
日が沈み、闇が森を覆い隠した。
松明とランタンの微かな光が、木々のあいだを心細く照らす。
足元では枝がパチパチと音を立てる。
クラスメイトがいるので心細くはない。
しかし、暗闇から突然なにかが飛び出してきそうなのだ。
心臓の鼓動だけが耳に響き、やけにうるさく感じる。
先頭を歩くのは護衛の加護をもつ
彼の後ろを
つづいて
後ろには
最後尾に柔道部の
雷が使える
アイツは『委員長が死ぬほうがボクとしてはありがたい』と言いやがった。
この世界にきてから、アイツの態度はますます大きくなっている。
たぶん抑圧されていた反動なのだろう。
人間性が透けて見えるぜ……。
弓道部の
「止まって、少し先に敵がいる」と、緊張感を含んだ声でみんなを止めた。
「わかるのか?」
隣にいた
「ボクの加護は狩人なんだ。夜目が効くし、敵の気配もわかるんだよ」
「それは凄いな」
「敵は三体、たぶん普通の猪。アイツらは鼻がいいからこちらに気づいてる。ボクが先制攻撃をするから、あとはヨロ」
「任せろ」
この国では、猟師などが比較的楽に倒せる動物を
猪やゴブリンは
弓道部らしく、右手の小指と薬指で二本目の矢をもっていた。
暗闇の先に猪がいるらしいが、俺にはまったく見えない。
彼女が一本目の矢を放つと――プギッ――と鳴き声がした。
間をおかず二本目も放たれ、同じように鳴き声がする。
「来るよ」
ドッドッと地を蹴る音とともに猪が急に姿を見せた。
四つん這いの成人男性ほどの大きさ。
「守ってみせる!」
気合なのか、それとも加護の発動条件なのか。
猪は彼のかまえていた盾に激突。
しかし、ドラの鳴るような鈍い音とともに、猪は弾き飛ばされてしまった。
「え?」
なぜか
「凄いじゃないか! ん? どうした」
「初めて加護を使ったんだよ。猪が当たった衝撃をまったく感じなかった」
「物理法則を無視しているな……」
「でも、みんなに怪我がなくて良かった」
「ああ。守ってくれて感謝する」
ポンポンと肩をたたいている。
なんだろう、この、男の友情みたいなシーンは。
見ている俺のほうが恥ずかしい。
突進してきたのが親、弓で倒されたのが子供らしい。
「回収しとくね」
「回収?」
「狩りで倒した獲物は、なんだかしまっておけるんだよね」
「やってみせてくれないか」
けっこうポピュラーな能力なのだが、彼はゲームをやらないのだろう。
「おおっ! 凄いね」
「
近くにある木に向けて手をかざす。
「無理なようだ」
「残念だね」
「加護の力で収納できるから加護収納だな」
「いいね、そう呼ぶことにするよ」
俺の案を
「先を急ぐぞ」
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