第4話
最悪だ。おいしくない朝食を我慢して食べようとしていた矢先。
隷属の首輪をつけた
銀色に鈍く光る太い鎖――。
昨日、ダンスホールで俺たちは、重要な決定を下した。
ふたりの加護については、俺たちだけの秘密にすると決定。
外部に漏れることのないよう、厳重に秘匿すると決意した。
だから首輪の効果について知っている素振りを見せてはいけないのだ。
「おはよう」
無表情で挨拶をする
いつも不機嫌なので特別変ではない。
首輪によって人格が劇的に変化するわけではないようだ。
「お、おはよう」
クラスメイトの挨拶はぎこちないが、みんな約束を守り知らないフリをしている。
俺の隣に座っている
「おい、アレ、どういうことだ?」
「委員長は指揮官だと思われたんだろうな。頭さえ押さえれば俺たちを自由にできると考えているかもしれない」
「それにしたって、あんなゴツイ鎖を首から下げてたら怪しむに決まってるだろ」
「俺たちは子供だからな。警戒する価値なしと判断したのかも」
「あ~、なるほど」
俺の推理が正しいかはわからない。
けれど
バカにされるのは誰だって嫌なのだ。
「そのネックレスどうしたの?」
「これ? ステキでしょ。宰相様からいただいたのよ」
「へ、へぇ~……」
女子の質問に
彼女は首輪の効果を知らないのかもしれない。
「委員長、ステキって言ったぜ?」
彼女の美的センスに
「違和感が消える効果があるかもしれないな。それよりも、首輪をつけた犯人は宰相。ヤツは俺たちの敵に決まりだ」
「どうすんだよぉ……」
俺の意見に
みんなの見える位置に彼女は立つと、いつもの調子で話し始めた。
「朝食のあとで宰相様から話があります。ダンスホールに集合するように。まだ来ていない人にも伝えるように」
隷属の首輪の効果だろう。オッサンに様をつけている。
まずい状況だな。
クチのなかへ入れたスープは、いつも以上にマズかった。
料理への味つけだけが理由ではない。
心に溜まる不安が味覚に影響を与えているのだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ダンスホールにクラスメイトが集合している。
宰相のウェニスが悠々と入ってきた。
「みんな、宰相様がいらっしゃいました。頭を下げなさい」
敵の陣営に完全に染まっている。
口調はいつもの威圧的な感じではなく丁寧。
「おやおや? いつもの委員長らしくありませんね。カゼでもひいたのですか」
「体調は万全です。さあ、頭を下げるのです」
宰相は昨日とは違い、自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。
すでに勝利を確信しているような態度だ。
「高熱でうなされているようだ。このままでは委員長の仕事を全うできそうもない」
「そうだな。違う世界にきたせいで疲れたのだろう」
たぶん事前に打ち合わせをしたらしい。
大根役者のようなたどたどしい演技だが及第点だ。
「新たな委員長を投票で決め、仕事を引き継がせよう。どうだろうみんな」
「賛成!」
宰相の顔色が一瞬で青ざめた。
この国には王がいるのだから、当然君主制だろう。
共和制の概念が理解できないのかもしれない。
もしかするとヤツには、俺たちが指揮官に逆らう反抗的な兵士に見えているのかもしれない。
学校の制服は軍服に見えるからな。
「待て、待つのだ! 頭など下げずとも良い。委員長、話を進めるがいい」
「はい。もとの世界に帰るための準備に三百日かかることが判明しました」
空気が凍りつくような静けさが広がり、誰もが息を呑む。
「宰相殿、質問してもいいだろうか」
「良かろう」
「なぜ三百日必要なのか、理由を教えて欲しい」
「国家機密に抵触するため教えることはできぬ」
「三百日後、必ず帰してもらえるのだろうか」
「ワシが責任をもって帰すと約束しよう」
「この世界に俺たちを帰す方法は存在するのか」
「クドイ。あるからこそ帰すと約束したのだ」
クラスメイトの一部は気がついたようだ。
同じような質問を彼が三回もした理由。
おそらく看破スキルで見破ったのだろう。
たぶんいづれの回答も
この世界に帰す方法など存在しないと彼の険しい表情が物語っていた。
あからさまに彼の態度が悪くなる。
当然だろう。俺たちを帰せないのなら宰相になんの価値もない。
「で、三百日間、俺たちになにをさせる気だ、言ってみろ」
険悪な空気を感じ取ったのだろう。
女子たちが不安な表情を浮かべた。
彼の忍耐力には敬服する。
もし俺が同じ立場だったら、真実を明かし、ただちに対立を生じさせていたはずだ。
だが彼は違う。
軽率な行動が仲間を危険にさらすと知っているため、彼は冷静を装いつづける。
「この世界には魔王がいるのだ。キミたちには魔王を討伐し、世界に平和をもたらせて欲しいのだ」
「チッ」
――アイツ舌打ちしやがった!?
冷静なのはポーカーフェイスじゃなく表情筋が死んでるからだ。
「わかった、いまから魔王とやらを討伐してやるよ」
まさか魔王がいるのも
いないと知っていての挑発だろう。
揺さぶりをかけて情報を引き出しているのかもしれない。
そうであってくれ。
「待て、待つのだ! キミたちはたしかに特別な力をもっている。だが過信してはならん。力をつけ、決戦に備えるのだ」
「力をつけるだと?」
「戦闘訓練の場を設ける。キミたちはそこで戦いかたを覚えると良い」
「なるほど、俺たちを兵士にしたいわけだ」
「勘違いしては困る。未来の勇者を育てたいと願っておるだけだ」
「チッ」
また舌打ちした。勇者育成も
俺のなかに芽吹いている宰相への不信感が急速に膨れあがる。
クラスメイトも同じらしく、表情が険しくなっていた。
彼の怒りが限界に近いのを
暴走しないよう話に割って入った。
「委員長、戦闘に向かない性格のクラスメイトもいるだろ、だから訓練は希望者に絞るほうが効率的だと思うのだけど、どうだろう」
「そうね、
「うむ。たしかにかよわい女性に戦闘訓練をさせるのもしのびない。いいだろう」
「ありがとうございます」
彼女の従順な仕草がクラスメイトを苛立たせる。
「もうひとつ。俺たちはこの世界の常識を知らない。だから訓練に参加しない者たちは勉学に時間を使いたいのだが、図書館などの施設への立ち入りを許可願えないだろうか」
「そうね、わたしも知りたいと思っていたところよ。宰相様お願いできますでしょうか」
「ふむ……。閲覧可能な情報など精査せねばならんな。結果は追って知らせる」
「はい、ありがとうございます」
彼女が悪いわけではない。首輪の効果だ。
けれどクラスメイトからは裏切り者の烙印を押されたようだ。
「戦闘訓練に必要な装備を準備する。訓練は明日からだ。今日は自由にするがいい」
宰相は満足そうにダンスホールから退室した。
「戦闘訓練に参加する者を選別する。全員、加護の能力を申告するように」
ふだんどおりの
いつもならクラスメイトは素直に従っただろう。
しかし彼女は宰相の犬。誰もクチを開こうとはしなかった。
「反対だ。加護はプライベートにかかわるデリケートな情報。取り扱いについては慎重になるべきだと考える」
学校ならば
しかし今は対立姿勢が明確に表われている。
「デリケートですって? 曖昧な意見ね」
彼の瞳が、まるで星のように輝きを放つ。
「俺の推理は確度が高いぞ。おそらく、委員長は公表したくない加護じゃないのか?」
「うっ……」
俺には彼が何を言っているのか見当もつかない。
もしかすると加護には規則性があるのか?
サッカー部の
不良の
剣道部の
野球部の
そして俺はネトラレ。
共通点があるようには思えないのだが。
彼は見抜いたというのか……。
「い、いいでしょう。加護の公開は強制しない。ですがクラスにとって有益と判断した人は申告するように」
ということは、彼女の加護は人には言いづらいと証言したも同然。
しかし、俺の加護は知られるとマズイ。
絶対に秘密にしないと、恥ずかしくて死ねる!
「宰相様に明日の詳細を確認してくる」
彼女が部屋から出ると空気が軽くなった。
緊張の糸がほぐれたとたん、みんなが
「出入口と窓、誰もいないか確認していてくれ」
なんとなく、俺と
部屋の中央で話を始める
「宰相の言葉はほとんど
「そんな気はしてた。もとの世界に帰れないんだな……」
声を殺して泣き出す女子が数人いた。
パニックになって泣き叫ばないだけありがたい。
「宰相が知らないだけかもしれない。望みを捨てるには早すぎる」
「もちろん。俺もあきらめるつもりはない」
「なあ、
苦々しい表情で
「つけた者しかはずせないらしい。それに、無理矢理はずすと死ぬと書いてあったな」
「マジか……」
死という不穏な言葉を聞いたクラスメイトがどんよりとした表情になる。
「首輪をはずす手立てが見つかるまで委員長の件は保留にしよう」
「まずは情報収集だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます