第2話

 異世界に召喚された俺たちは迎賓館げいひんかんに案内された。


 社交界シーズンが始まると地方の貴族たちが首都に押し寄せる。

 彼らの受け皿となる施設が迎賓館だ。


 俺たちには個室があたえられた。

 シングルベッド、タンス、ドレッサー、テーブル。

 ビジネスホテルと大差ないほど家具は揃っていた。

 だが、バスやトイレはない。そこが唯一の不便さだ。


 窓の外には、緑溢れる庭園が広がっている。

 手入れが行き届いた花壇には、美しい花が咲き誇っていた。


 さらに奥には、レンガ造りの二階建ての建物が並んでいる。

 まるでドイツのロマンチック街道を思わせる古風でおもむきのある風景が広がっていた。


「異世界かぁ……」


 思えば遠くにきた――ドアが勢いよく開く。


翔矢しょうや、集合だってさ」


 儀保裕之ぎぼひろゆきはいつものように明るい笑顔で飛び込んできた。


 鍵を閉めていないので当然だな。

 外からは鍵穴にキーを差し込み、部屋のなかからはノブを回して鍵を閉められる。


 コイツは小学校からの友人で【悪友】といえる存在だ。

 軽音部でギターを担当している。

 入部理由は、あまり大っぴらにはできないが、女子の注目を集めたいという少し子供じみた動機らしい。

 そもそも、コイツの社交スキルは異常に高い。いわゆるコミュ力オバケだ。

 なので軽音部に入らなくても女子たちにコイツの魅力はじゅうぶん伝わっている。



「集合? なにかあったのか」

「今後について話すんだとさ」

「へぇ~」


 儀保裕之悪友は隣の部屋に突撃し声をかけていく。

 ノックというものを教えてやらないとな。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 迎賓館の一階にあるダンスホール。

 そこに足を踏み入れた瞬間、何もない広々とした空間が目に飛び込んできた。

 壁際にアップライトピアノがぽつんと置かれている。

 対照的に、天井は華やかだった。

 きらびやかなシャンデリアが吊り下げられている。

 趣味の映画鑑賞で何度もみたことがある。けれど肉眼では初めてだ。

 豪華な舞台装置に心が躍る。

 ロウソクに火が灯されていないのが、なんとももったいない。

 とても美しいのに、本来の輝きを放てないなんて。



 部屋の中央に、才原優斗イケメンがいた。

 指を振りながら集まったクラスメイトを数えている。


「集まったようだね。これからについて、どう行動すれば良いか話し合ったほうがいいと思い集まってもらった。ふだんなら委員長が仕切るのだけど、あんな事があったからね。いまは部屋で寝ているよ」


 俺と儀保裕之悪友は部屋の入口付近にいた。

 なんとなく目線を合わせうなづく。

 もちろん『いいもの見たよな』という以心伝心だ。


「ちょっといいかな」


 手を挙げたのは瀧田賢たきたけん

 彼は剣道部に所属する【インテリメガネ】だ。

 文武両道を心がけているらしく、妥協を許さない性格。

 委員長と馬が合うのは彼くらいだろう。

 メガネの中央を中指で押してポジションを治す仕草がキザっぽくて鼻に付く。


「どうした瀧田たきた、もしかして仕切り役を交代してくれるのか?」


 冗談ぽく話す才原優斗イケメンに、女子たちがクスクスと笑っている。

 力不足だと嘲笑あざわらっているわけではない。

 瀧田賢インテリメガネが恥ずかしがり屋で人前には出たがらない性格をみんな知っている。

 才原優斗イケメンはクラスメイトの緊張を和らげようとして笑いを誘ったのだろう。

 細やかな心遣いが女子の心を引きつけるんだろうな。


「冗談を話せる心境じゃないんだ。窓際と入口にいる人は外を警戒してくれ。この世界の人間に聞かれたくない」


 彼の真剣な表情から、ただ事ではないと察した。

 窓際と入口近くにいた人たちは外に誰かいないか確認した。

 俺も廊下に顔をだし、誰もいないのを確認する。

 念のためドアは開けたままにしておこう。

 誰かが通ればすぐに気づけるからな。


「誰もいないぞ」

「こっちもよ」


 報告を聞いた瀧田賢インテリメガネはうなづくと、赤面しながらも重々しく話を始めた。


「俺の加護は探偵。どうやらうそが見抜けるらしいんだ」


 クラスメイトがヒソヒソ話を始めた。


「そんな、漫画じゃあるまいし」


 才原優斗イケメンは信じていないようだ。

 もちろん俺も信じていない。

 いや……、ネトラレなんて変な加護があるくらいだ。もしかすると?


「オマエはエロ本をもっているか?」

「なんだよ突然」

「いいから答えろ」


 才原優斗イケメンは困惑した表情で答える。


「一冊ももってないが」

真実だトゥルー


 ――なぜ英語だ? キザなヤツめ。


 クラスメイトが聞こえる声で話しだす。


「ウソだろ! エロ本をもってない高校生がいるはずない」

「アイツやっぱりホモなんだぜ?」

「才原君がもってるわけないじゃない」

「裸になってくれる女がたくさんいるんだろ」

「エロビデオ派だろ、俺と同じだな」


 俺だってエロ本くらいもっている。

 好きな子に似た女性が表紙に載っていたのだ。

 ボディーラインは違うが、妄想を膨らませるには十分に活躍してくれた。

 もちろん宝物である。



「みんな、おちついてくれ。エロ本の所持事情なんてどうでもいいだろう」


 才原優斗イケメンの声によってクラスメイトは落ち着きを取り戻す。

 ダンスホールがふたたび静かになる。


「本題はここからだ。俺たちの前で話をした男。たしか宰相のウェニスだったか。アイツの話はうそだ」

うそ?」

「ふだんは何も見えないが、うその言葉は赤い文字になってクチから出てくるのが見えるんだよ」

「どの言葉がうそなんだ?」

「帰すには準備が必要。国王に聞く。調整後に教える」

「返す気がない?」

「もしくは返す方法がない」


 クラスメイトは互いに顔を見合わせ、信じられないという表情を浮かべている。


「わたしたち帰れないの?」

「マジかよ」

「おいおいさすがに冗談だろ?」


 男子は頭を抱え、女子は青い顔をした。

 時間が止まったかのような、重苦しい雰囲気が部屋を覆った。


「俺の話も聞いてくれ」


 そう言いながら手を挙げたのは連城敏昭れんじょうとしあき

 彼は野球部に所属する【野球バカ】だ。

 三度の飯より練習が好きという変態。

 本気で甲子園をめざしている高校球児なのだ。


「どうしたとし


 サッカー部の才原優斗イケメンと気が合うらしくクラスではいつもいっしょにいる。

 一部の界隈かいわいでは、二人がホモではないかとううわさが流れているようだ。

 未確認ながら薄い本も出回っているらしい。


「俺たちが呼び出された部屋の壁際に、金属の鎖が置かれていたのを覚えているか?」

「いや覚えてないな」


 俺は覚えている。

 テーブルらしき台のうえに二本置いてあった。

 アクセサリにしては無骨なデザインだったのを記憶している。


「俺の加護は錬金術らしくてな。アイテム鑑定ができるらしいんだ。試しに鑑定したんだが、どうやら隷属れいぞくの首輪というらしい」

「隷属?!」

「意のままに操ることができるらしい」


 信じられない話にクラスメイトが息をのむ。


「俺の推理では、こちらの世界に呼び出すのはひとり、もしくは二人で、強引に首輪を着けて命令する予定だったんじゃないか? 結果としてクラス全員が呼び出され、予定が狂った」


 瀧田賢インテリメガネの分析は、なんとなく正解な気がする。

 初めからオッサンは怪しかったからな。



 しかし、嘘発見とアイテム鑑定か。二人の加護が羨ましいぜ。

 俺にも凄いスキルがあるかもしれない。

 自分の加護をあらためてチェックする。

 緑色の文字が消えることはない。ずっと俺の視界のすみで表示されている。

 ふと、【経験値】が増加してるのに気がついた。

 それは、石亀永江委員長がネトラレていることを意味している。


 ――ウソだろ?


「ちょっとトイレいってくる」

「おう」


 儀保裕之悪友にウソをつき、部屋から出る。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 なぜ名探偵たちが事件に遭遇するのか。それは運命らしい。

 事件が名探偵を呼んでいるのか、はたまた名探偵が事件を呼ぶのか、誰もしらない。

 ならば、ネトラレが寝取られの現場に遭遇するのも運命。


 とても不思議な感覚だった。

 まるで携帯電話のGPSが道を示すように、ネトラレの方角がわかる。


 俺は、ダンスホールから抜けだし、個室の並ぶエリアに戻ってきた。

 一階は男子、二階は女子に割り当てられている。

 俺のいる場所は一階の男子部屋だ。




 クラスメイトに割り当てられた個室からネトラレ気配が漂ってくる。


「あっ――」


 中から甘くせつない声が聞こえた。

 石亀永江委員長だ。


 【経験値】の増加速度が前よりも早い。

 彼女への好意は変わっていない。

 ならば、行なわれている行為が過激になっているのだろう。


「あいかわらず感度がいいな、オマエ」


 その言葉から行なわれている行為が初めてでないとわかる。

 そして、聞き覚えのある男の声。

 野吾剛士不良、オマエか。


「みんなの、まえ、で、あんなこと、するから、でしょ」


 息も絶え絶えに言葉を発している。


 不良と委員長の恋。

 漫画ではよくあるシチュエーションだ。

 それが、まさに、いま、ドアの向こうで性行為がおこなわれている。


 鉄のような女が、男の手で喜びの声をあげるだなんて。

 誰の命令も聞かない、自由にさせない、支配したがる女が、自分の体を好きにさせている。


 そんな姿を想像しただけで、俺の脳は沸騰寸前だ。


「どう、して、あんなこと、した、のぉ?」


 ドア越しの声から熱が伝わる。

 いったい中では何がおこなわれているというのだ。

 俺はドアに耳をつけ、なかの声に集中する。


「加護ってやつを手っ取り早く調べるにはちょうどいいだろ。別のヤツにしても良かったのかよ」

「だ、めっ、あっ……。あなたの、あいては、わたし、だけっ、んっ……」


 つややかな声が俺の耳を浸食する。

 股間のアレがはち切れそうなほど勃起ぼっきした。


 【経験値】が穏やかな風車のように回転する。

 何度も言うが彼女のことは好きじゃない。

 あくまで、扉のむこうで行なわれているシチュエーションに興奮しているんだ。


「独占欲の強いヤツだ。俺はこの世界が気に入った。鬼畜の加護、上等じゃないか。オマエたちは帰るがいい。俺は残る」

「えっ?!」


 まるで冷水をかけられたかのように、彼女の声が平常時のトーンに戻った。


「ダメよ、わたしといっしょに帰るの」

「俺様がオマエのいうことを聞くわけないだろ」

「あっ……、ごまかさないでっ、んっ……」


 あえぎ声にふたたび熱がこもりだす。


 遠くから誰かの足音が聞こえる。

 ドアに耳をつけ、股間を膨らませた姿など見られては死ぬ。社会的に!


 俺は脱兎のごとく逃走したのだ。

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