第10話 基本

 ――ヒュッ!! ヒュッ!! ビュッ!! 


 俺は刀を振るっている。


 この村に住み出してから、二週間が経過した。

 午後の青空道場には、俺を含めて五人が稽古に励んでいる。


 辺鄙な場所にある貧しい村なので、剣の稽古だけをしている様な者はいない。

 道場主である師匠も、農作業をしてからこの道場で剣の鍛錬を行う。


 他の門下生も、農作業に大工作業、家の手伝いや料理をしてから、余った隙間時間を使って、ここで稽古に励む。


 他の村から剣を習いに来た者や商人もいるが、彼らも何かしらこの村で働いていて、余暇で剣の練習をしている。


 その為、昼間と夕方が、人が多く集まる時間帯になる。



 一日中、剣を振るっているのは俺くらいだ。

 初日に持ってきたイノシシ型の魔物が、結構高値で売れたのだろう。

 

 持ってきてよかった。






 門下生は男が多いが、女も結構来ている。

 年齢は老人から子供まで幅広い。


 ぶっちゃけこの村に住んでいる十歳以上のすべての人間が、暇な時にここに来て、木刀や真剣で素振りをしている。


 師匠がたまに、個別指導を行う。


 十歳以下は自宅付近の庭で、棒切れを振るっている。



 俺はアドバイスを受けたことは無い。

 初日に、勝手に盗めと言われたきりだ。

 

 





 道場で一番年齢が低いのは、俺に喧嘩を売って来たあの糞餓鬼だ。


 奴の素振りと、他の門下生の練習を観察し比較した。


 その結果――

 あのガキはこの中でも、かなりの手練れだと分かった。



 道場主の息子だけあって、実力は上位の様だ。






 

 全員、素振りをしている。

 この道場では特別な稽古は無く、基本素振りをするだけだ。


 だがそれでも、強くなる奴は勝手に腕前が上がっていく。



 たまに模擬戦用の木の棒で、実戦形式の訓練もある。

 一対一が基本だが一対多数や、数人ずつに分かれて戦う集団戦もあった。


 俺もやってみたくてうずうずしていたが、声はかからない。



 人の訓練を見ながら、体の動かし方や剣の振り方、集団戦での立ち回りなど、参考に出来るところを探すことに集中する。


 そのうち誘われた時には、上手く動けるようになっているだろう。


 




 この村は辺境の片田舎で、常駐する貴族もいない。


 この世界では魔法を使える奴=貴族、というのが基本らしい。

 魔法という戦闘能力を備えた貴族が、魔物という外敵を駆除して安全を確保する。



 魔物との戦闘は、貴族の義務だといってもいい。


 だが、辺境までは騎士団も手が回らない。



 竜の縄張りの範囲内の村だと、ドラゴンが魔物を駆除してくれることもあるが、それも絶対ではない。






 そこでこの村では、村人が武器の扱いを練習して自衛能力を高めることにした。

 仕事の合間の隙間時間を使い、稽古に励む。


 二代前の、村長の発案らしい。




 四十年以上前から初めて、今では村全体のアベレージが格段に向上している。


 実力は当然ながらピンキリで、弱い奴は話にならないが、強い奴はなんとか魔物と戦えるようになった。


 この村は、自衛能力の向上に成功した。

 評判を聞いた近隣からの見学者や、体験入村もちょくちょくあるそうだ。





 農民が魔物に対して、有効な自衛手段を持つ――

 この動きに貴族たちは、態度を保留している。



 農民が自分の身を自分で守れるようになれば、貴族の負担も減ることになる。

 その観点で言えば歓迎だ。


 しかし、農民が武力を持つということに、危機感を覚える者もいる。






 元々は自分たちが、魔物から農民を守り切れていないことが原因ではある。 


 自分の身を自分で守ってくれれば、楽でいい――

 でも、強くなりすぎても厄介だ。


 勝手なことを言うなと思うが、管理者側になれば誰だってそう思うだろう。




 貴族たちも、さぼっている訳ではない。

 人手が足りずに、辺境をカバーしきれていないだけだ。



 この国の貴族と農民の関係性が、この先どうなっていくのかは、まだ分からない。

 これから時間をかけて、落ち着くところに落ち着くだろう。


 俺が気にすることでは無い。




 それにまだ――

 この村の戦闘能力は、貴族が危機感を覚えるレベルではない。

 

 先のことは気にせずに、俺は剣術を極めよう。





 ビュッ!! ビュッ!! ヒュッオ!!


 俺が雑念を捨て、一心不乱に剣を振っていると――



「おい、お前……どこの貴族の回し者だ? 西の伯爵か? それとも中央の侯爵か――?」



 例の糞ガキが、俺に探りを入れてくる。 

 

 この国は和風ファンタジーの世界だが、貴族の階級は西洋風らしい――

 ……日本も明治以降はそうだっけ?


 よく覚えていない。

 まあ、どうでもいいか……。



 それにしてもコイツ……。

 まだ俺を、敵視しているのか――


 ヒュッオ!! ヒュッオ!! ヒュッ!! ヒュッ!!



 俺はガキを無視して、剣を振るう。



「おい、無視すんなよ!! お前、どこのスパイだ? 貴族の命令で、この村を監視しに来たんだろ!!」 



 そう言いながら、睨んでいる。


 ――ああ、そういうことか。



 こいつは、心配しているのか。


 貴族がこの村を監視する為に、俺を送り込んだとでも思ったか――

 もしくは貴族がこの村を、潰す気でいるんじゃないかと不安だったのだ。




 だが、まあ――


 ビュオッ!! ビュオッ!! ビュオッ!!


 俺はガキを無視して、剣を振るう。



 心配だろうが、何だろうが――

 俺に対して、無礼を働いていい理由にはならない。



 クソガキは無視だ。

 俺はただひたすら、剣の腕を磨く。



 俺は日が昇ってから落ちるまで――

 食事の時間以外は、ひたすら剣を振るい続けた。






 この村に来てから、一か月が経つ――


 この村での、無料滞在期間が切れる頃だ。 


 村長や師匠は今のところ、金を催促するようなことは言って来ない。

 だが、いきなり出て行けと言われても困る。


 そろそろ村の外に出て、金になる魔物でも狩って来なきゃな――


 俺がそんな心配をし始めていた時に、都合よく魔物討伐の話が出てきた。

 




 いつものように日が昇る前から道場に赴き、剣を振う。


 俺が一番乗りだ。

 時間が経つにしたがって、人がぽつぽつと増えていく。


 ……いつもより、人が多いな?



 村人にはそれぞれ仕事があり、それに加え家事や雑事もある。


 手の空いている時にここに来て、剣の稽古をするのが基本で、仕事もせずに剣を振るっているのは俺くらいなのだが、この日は全員集合と言っていいくらい人がいる。



 それに、珍しく村長の姿もある。

 

 何かあるのか――?


 俺がそう思っていると、村の集会が始まった。





 なんでもこの辺りに猿の魔物が増えてきたので、討伐隊を出すらしい。


 猿の魔物の群れが北方からこの辺りに移り住んだらしく、村の近くにも表れるようになった。農作物を荒らされるようになり、このまま放っておけば、ここの村人が襲われるのは時間の問題だという。


 都会や大きな町の近くなら、魔物討伐は貴族に任せればいいが、辺境の村から討伐要請を送っても、人手不足を理由に無視される。


 よくて数か月後くらいに、下級貴族を数人寄こされるのが関の山だ。



 こんな時の為に……。

 自衛する戦力になる為に――


 村人たちは、鍛えてきた。

 



 村長が村人の名前を、強い順に呼んでいく。

 全部で二十人。


 討伐隊の参加メンバーだ。



 …………あれ?


 俺の名前が無いぞ??



 不思議に思っていると、村長がこちらを向いて――


「お前は、どうする?」


 と聞いて来た。

 考えるまでもない。



「また暫く、飯と家賃を只にして貰うぜ!!」


 俺は自信に満ちた笑顔で――

 元気よく、参加を表明した。

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