エピローグ

エピローグ・前

「この機を逃すな! 全軍、突撃せよ!」


 王の檄が飛ぶと同時に、騎士や民兵が突撃する。オークやゴブリンはそれを跳ね返すどころか、浮き足立ったまま蹂躙されるのみ。


 黄金竜は連れてきた魔物全てに軽微な加護を与えていた。加護と言っても強化が目的ではなく、殺されたことを理由に呪詛を生み出すためだ。ロペの加護とは違い、消えても魔物たちの力はほぼ変わらないが……それでも戦況に影響した。


 亜竜であるワイバーンは加護が消えたことで黄金竜に何かあったことを察知し、独断で撤退を始めたのである。突然の逃走にオークやゴブリンも動揺。人間たちはその隙を見逃さず攻勢に移り、戦の大勢は決した。


 王都から魔物を掃討した人間たちは、黄金竜がいたはずの地点へと偵察を出した。彼らが見たものは激しい戦闘の跡、そして散乱した屍肉と黄金の鱗。黄金竜は死んだものと推測されたが、戦っていたであろうアデライーダの姿はいくら捜索しても見つからなかった――




「王国万歳!」

「勇者万歳!」


 戦いは終わり、日が沈んでからの夜闇の中。王都では未だに喝采が鳴り響いていた。


 人間たちは多くの死者を出した。王都も各所が崩壊して荒れたまま。それでも、誰もが勝利を喜んでいる。黄金竜を打ち破ったという歓喜は、何よりも大きい。


 当然ながら、勇者の遺児であるフアナは歓待を受けた。人々は彼女を中心にして大騒ぎだ。ノウンを無事に保護してもらった後、フアナは日が沈むまでの間ずっと熱狂する人々に囲まれ続けることになった。


 無論、フアナも黄金竜を討伐できたことは嬉しかった。最初は人々と共に喜びを分かち合っていたが……戻ってきた偵察から伝えられた言葉に、そうはいかなくなった。


 ――アデライーダさんは、どうなったんだろう?


 気になるあまり上の空になったフアナを、周囲の人間は疲労によるものと勘違いしたらしい。王城にあてがわれた部屋に戻って休むように告げられた。既に日は沈んでいてアデライーダを探せる状況ではなく、フアナは素直に休むしかなかった。


 外の喧騒とは打って変わって、王城は静かだった。王も貴族もみな外に出て、民兵と共に騒いでいるのだ。それどころか黄金竜討伐の話を聞いて、各地から人々が集まってきているとフアナは聞いた。彼らが新しく加わる形で、この喧騒は当分続くだろう。


 それはきっと良い事なのだ、とフアナは思う。誰もが未来に目を向けて喜んでいる。にも関わらず、フアナだけがアデライーダのことで頭がいっぱいだ。姿が見当たらないと聞かされてからずっと、フアナは焦っていた。


 焦っているとは言っても、アデライーダの生死を不安に思っているわけではない。聖剣もろともアデライーダが消えてなくなるとは、どうしてもフアナには思えなかった。だから生きていると、フアナは確信していて。


「あっ」


「お疲れ様」


 そして案の定、アデライーダは無事だった。


 フアナが部屋の扉を開けると、椅子にアデライーダが座っている。息の乱れもなく、破れていたはずの衣服はいつの間にか修復されて、何の疲労も消耗も見られない。


「ちゃんとこれを返しておかないとね」


 椅子の前に設置された机には、鞘のない聖剣が置かれていた。こちらもまた一つの刃毀れもない。アデライーダが黄金竜に放った最後の一撃は、聖剣を全く傷つけず黄金竜の身体だけを粉砕していた。当然、アデライーダが狙ってやった結果だ。聖剣はフアナから借りたものなのだから、聖剣を壊すような真似をするわけがない。


「フアナ。黄金竜を倒すことができたのは、あなたのおかげよ。

 お礼を言うわ……本当に感謝してる」


「お、お礼がしたいのは……私のほうです。

 ううん、きっと私だけじゃない。

 この国の人全てから褒められて讃えられる、それだけのことをアデライーダさんはしてくれました」


 聖剣が無事に戻ってきたというのにフアナの表情は暗い。何の喜びもなく、ただ焦燥がその顔に浮かんでいる。


 そう、焦燥だ。


 このタイミングを逃してしまえば、きっと自分が思っていることをアデライーダに伝える機会はなくなってしまう。


「それなのに……なんで黄金竜を倒した後、姿を見せなかったんですか?

 今ここにいるのも、こっそり聖剣を返して……

 私以外の誰にも見つからないように、この国からいなくなるつもりだったんじゃないですか?」


「前にも言ったはずよ、フアナ。私は魔王。

 私が人間から称賛されるようなことはおかしいわ。

 できるだけ痕跡を残さないように、この国から去らないと」


「ま、魔王だからって褒められたらいけない、なんて理屈こそおかしいです!

 アデライーダさんは、この国を解放してくれた救世主じゃないですか……私なんかよりも、ずっと!

 この国に残って下さい、アデライーダさん。

 たぶん正体を知っても、みんな受け入れてくれます!」


 フアナが焦っていた理由は、アデライーダとの別れ。


 かつて大魔王は告げた。フアナは勇者なのだから、栄誉はフアナが受け取るべきだと。その上で、自分はこの国から去ると。


 けれどもフアナは、このままアデライーダがいなくなってしまうのが嫌だった。勇者だから、魔王だからという理屈は関係ない。アデライーダという存在がどれだけ頑張ったのかを他の人々にも知ってほしい。


 フアナは十分すぎるほど報われた。村人たちと和解し、仇を討つことができて、王国からは称賛の嵐。だからこそ、アデライーダも報われてほしいと思う。


 フアナにとってのアデライーダは、とうの昔に大切な存在になっているから……できれば、ずっと一緒にいたいと望んでさえいたから。

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