第五章・魔王と魔王
第五章 第一話
王都からも兵が出撃したことで、人間たちの反抗は燎原の火のように広がっていった。
元々、黄金竜の呪詛を前提としていた支配だ。その呪詛が失われてしまえば、鈍りきった魔物が人間たちを押し止める術はない。呪詛がある以上は奪われても問題ないという前提で、高額かつ誰にでも使える装備を各所に配置していたのだから尚更である。その装備を人間たちに奪われたことで、「借金取り」や商館は容易く制圧されていった。
この国を人間の手に取り戻せるのではないか――そんな気運が各地で巻き起こっていく。このモンタナの街もその一つである。ハルディンの街から出撃した民兵たちは、モンタナの街を解放すると次の戦場へと向かった……商館から回収した様々な装備を残して。
見たこともない装備に、モンタナの街に住む人間の士気は大いに高まった。自分たちもまた、ハルディンの街の人間と同様に魔物と戦えるのだと彼らは思った。
そして翌々日、彼らは見た。空を舞う竜と亜竜の群れを。その中心において、自らの鱗と身に纏った宝飾で輝く竜こそ黄金竜ヴィヤチェスラフ。
「決戦前のデモンストレーションです。準備運動のつもりで挑みなさい」
号令と共にドラゴンとワイバーンがモンタナの街に襲いかかる。
壁は砕かれ、家は焼かれ、人体は切り裂かれていく。次々に犠牲者が増えていく中で、それでもモンタナの街の住民たちには士気が残っていた。
人間たちが宝石から放った魔力光は決して無力ではなく、ワイバーンを撃ち落としドラゴンをもある程度は揺るがせる。その様子に人間たちは歓喜し、さらなる抵抗を行おうとして。
「傷付けましたね? 我が配下を」
同時に、黄金竜が笑った。そして――
事態を把握して戻ってきたハルディンの街の民兵たちが見たものは、更地と化したモンタナの街の姿だった。
かろうじて生き残っていた住民が、黄金竜からの伝言を言い遺して息絶える。
――我々は無用な被害を好みません。故に、決戦の時と場所を指定して差し上げましょう。
――十日後の王都、太陽が最も高い位置で輝く刻。
――この決戦を経て、貴方がたは自らの意志で私に平伏すこととなるでしょう。
果たして、十日後の王都オリゲン。
王都に居を構えていた人間は一部を除いて去り、付近の街や村へと避難していた。避難しなかった一部は、騎士たち。そして戦いに志願した民兵だ。更に各地からも民兵が集まり、黄金竜の呪詛が存在していた頃とは比較にならない熱気が王都を包んでいる。
「安心しなよフアナちゃん。黄金の魔王なんか、俺たちがやっつけてやるって!」
「む……無理しないでくださいね」
当然ながら、フアナの村の人間たちも民兵として王都に留まっている。威勢のよい様子を見せている村人たちに対して、フアナの言葉は相変わらずどもっていた。
声だけ聞けば、怯えているフアナを村人が元気づけているように見える。だが……実際には、怯えているのは村人のほうだ。その威勢はどこか空元気に近い。それを示すかのように、村人が衣服にしまい込んでいる宝石はかたかたと震えていた。
モンタナの街を黄金竜があっさりと滅ぼした、という事は周知されている。それでも戦うしかないのだ、と誰もが自分に言い聞かせていた。恐怖に囚われず、戦意を保つことができたのは事実。だが心の奥底には、拭いきれなかった恐怖がこびりつくように残っていることも事実。その恐怖を誤魔化すかのように、人々は熱くなっている。
だからフアナは王都を歩き回って、騎士や民兵たちを勇気付けていた。それも一段落ついたところで、彼女は自らの配置場所に戻った。時は既に昼。太陽は南中を目指して上り続けている。
「お疲れ様です、フアナ様」
ノウンが頭を下げて出迎えた。彼女は支援射撃担当兼フアナの護衛として、王都にそびえ立つ塔の一つに運び込まれている。言うまでもなく、フアナの配置もノウンと同じだ。
塔は周囲の建築物より高く、かと言って下から見えなくなるほどの高さではなく、屋上に誰が立っているのか容易に目視することができる。前線から見える位置に立ち、騎士や民兵たちを鼓舞する……それが「勇者の遺児」として彼女に求められた役目。極端な話、彼女は立っているだけで良い。
「そろそろお時間です。準備を」
「う、うん」
フアナは塔の屋上に登ると、深呼吸をして王都を見渡した。塔を見上げ、フアナを求める視線が集まってくるのがよく分かる。
アデライーダはどこだろう、とフアナは思った。王都の外側、最前列に配置されているはずだ。最強の戦力は最前線に、妥当な配置。フアナはそちらへ目を向けようとして。
「予想より落ち着いてるみたいね」
「うわぁ!?」
ひょい、と塔の外から登ってきたアデライーダに、フアナは落ち着きの欠片もないリアクションを返してしまった。
「は……配置に着かなくていいんですか」
「別に、ここからはすぐに跳べる場所じゃない」
あぁ、とフアナは気の抜けた声を漏らした。常人なら黄金竜の指定した正午に間に合うか怪しい距離だが、アデライーダにとっては確かにすぐ近くだ。
「戦う前に返しておきたいものがあって」
「え?」
首を傾げるフアナの前で、アデライーダは聖剣を抜くと鞘を外し……フアナに差し出した。
「これはあなたが持っていたほうがいいと思う。
いざという時の護身には使えるだろうし」
おずおずと言った様子で、鞘を受け取るフアナ。鞘の中には聖剣の輝きが残留している。ワイバーンくらいであれば仕留められるのは、ハルディンの街における戦いで証明済みだ。今回フアナは注目を集める位置に立つのだから、護身に使える手段が多いに越したことはない。
だが、何より。
「それに……勇者の遺児としての役割を期待されているのなら、勇者らしい物は持っていないとね」
今のフアナが鞘だけとは言え、聖剣の一部分を持つことに意味を見出すのが大魔王である。
「あ…………ありがとう、ございます」
「それじゃ」
鞘を渡すと、塔から跳んで自分の配置場所に戻ろうとするアデライーダ。フアナはその背を見て。
「ま、待って下さい!」
思わず呼び止めてしまった事を、自分の口から声が出たことで自覚した。
「ん?」
振り返るアデライーダ。フアナの喉に言葉がせり上がってくる。
――勝てます、よね?
黄金竜との戦いに向けての不安。村人たちだけではなく、フアナの心にも巣食っていた恐怖が口から出てこようとする。
だが彼女は、その言葉を声に出さず飲み込んだ。勇者の遺児として言うべきことじゃない、と自らに言い聞かせて。言うべき言葉があるとすれば。
「かっ、勝ちましょう!」
揺るがぬ戦意を示すこと。それが、勇者を受け継ぐ者として相応しい。
「もちろん」
アデライーダはにっこりと笑ってから、跳んだ。
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