第三章 第三話
長丁場を予測したアデライーダの予想に反して、事態が動くのは早かった。
二人が森に隠れた翌日。朝日を遮るように、街を影が覆ったのだ。
「ふえっ!?」
寝起きのフアナにだって、その影が何なのかはわかった。広がる翼、胴から伸びる尾、角と牙を持つ頭。強き種族、ドラゴンのうちの一匹に他ならない。
ドラゴンは数匹のワイバーンを引き連れて、街の門前に舞い降りた。そのままドラゴンが何かを告げると、衛兵が慌てて門の中に下がっていく。
その衛兵の様子はほぼ逃げるも同然であったが、ドラゴンたちはその背に追い打ちを掛けることもなく、街を襲うでもなく、悠然と待機していた。
「街を管理してる魔物を連れてこいって言ったみたい」
「よ、よく聞こえますね……」
言うまでもないが、フアナとアデライーダは森の中に隠れたままだ。ドラゴンが何か喋ったくらいの事はフアナも気付いたが、その会話の中身は全く聞き取れない程度には街から離れている。事実、未だに聖剣が輝いているにも関わらず、ドラゴンたちが隠れている二人に気付く様子はまったくない。
しばらくすると、オークとゴブリンで構成された魔物たちが街から現れた。その表情には既に焦燥が募っていて、ドラゴンの前に出た途端にへりくだり始めた。会話はオークたちがひたすら喋り続ける……というよりも様子を見る限り、明らかに言い訳を続ける形で進んでいるようだ。しかしドラゴンが何かを言った途端にオークとゴブリンは口ごもり、平伏するだけとなった。
どんな会話をしているのが気になったフアナへ向けて、アデライーダは要約した内容を教えた。
「黄金竜の呪詛を改竄したことを、あのドラゴンは責めてる」
「え……? も、もしかして私たちがこの街に来たせいで、なにか」
「それはないと思うわ。
引き渡す金銭や物品を誤魔化して私腹を肥やした、って言ってるもの。
たぶん、元々何かやって……!?」
思わず、アデライーダは言葉を止めてしまった。フアナもまた、息を呑んだ。
ドラゴンはその足でゴブリンをまとめて踏み潰すと、残ったオークをまとめて尾で薙ぎ払ったのである。
無論、ゴブリンは即死。オークは鍛錬を欠かしていなければ耐えられる可能性もあったが、どの個体も怠けていたらしく揃って死に絶えた。
街を管理した魔物たちの様子にフン、とドラゴンは鼻を鳴らすと……そのまま街へ向けて、魔力を込めた吐息を放った。
竜の吐息……ブレスは、各個体ごとに異なる。このドラゴンのブレスは炎。街は一瞬にして火炎に包まれ、大量の悲鳴がフアナの耳にすら届いた。
「い、いったいなんで……!」
「この街には秘密がありそうね」
突如の惨状にフアナが震える一方で、アデライーダは僅かに眉をひそめた。
大魔王は、戦う意志のない弱者を痛めつけることばかり好む魔物たちの現状を改めて憂いている。それだけの反応しかしなかった、とも言うが。あれだけ人間に裏切られてもいざ人間が殺され始めると強く反応してしまうフアナとは、少なくとも違った。
「全焼する前に止めないと」
故にアデライーダが聖剣を握った理由は、黄金竜に対する敵意とハルディンの街に対する興味である。
あ、とフアナが気付いた頃にはアデライーダは跳んでいた。大魔王の跳躍は、遠く離れていた街と森の距離を無にする……はずであった。
常人であれば目にも止まらぬ速度でも、しかし今の彼女では音を越えられず……これだけ距離が開いていれば、ドラゴンにとっては捉えられぬ速度ではない。
「むっ」
宙へ舞い上がったドラゴンに追いつかず、聖剣は空を切る。無言で着地すると共に、ドラゴンを見上げるアデライーダ。
その気配は依然として聖剣に包まれ、大魔王としての力を弱めて隠しているが……ドラゴンは何かが違う、と朧げながらも見抜いた。単なる人間の強者とはまた異なる存在である、と。
警戒したドラゴンは更に空高く飛んだ。その上で、ワイバーンたちに告げた。
「此奴は我が相手をする。
お前たちは街の人間を皆殺しにしろ。一人たりとも逃がすな」
空の戦いであれば、一対一で十分であると。
ドラゴンには自負がある……黄金竜直属の精鋭たる自負が。宙を舞っても、相手は何らかの形で追いすがってくるだろうとドラゴンは予想している。だが空の戦いにおいて、翼を持たぬ相手に遅れを取るつもりは断じてない。
果たしてドラゴンの予想通り、アデライーダは宙へと追ってきた。飛行と見間違えるような跳躍を見せたのだ。その速度は音に勝てぬとは言えどもドラゴンを越えた。しかし一瞬で距離を詰められるほどの差はなく、ドラゴンに動揺はない。
確かに、単純な速度のみなら上回ることもある。だが、身を固める鱗。口から吐き出される息。攻防も兼ね備えた万能の強者、それがドラゴンだ。
迫ってくるアデライーダに対し、しっかりと狙いを定めた上でドラゴンは炎を放った。アデライーダの行動はあくまで跳躍であって飛行ではない、方向は変えられない。防ぐとすれば恐らく剣を使うだろう、というドラゴンの予想はしかし外れた。何もない宙を蹴り、アデライーダは別の方向へと跳んだのである。
「ほう。大気を支配し、固めて足場としたのか」
ドラゴンはその行動がいかなるものか、即座に見抜いてみせた。アデライーダが炎を回避したいと望んだ瞬間、足元の空気が固まって足場となり、アデライーダはそれを使って跳躍したのだ。
ジグザグに跳躍して迫ってくるアデライーダを見て、ドラゴンは相手の強さを上方修正しながらも更に後退した。擬似的な飛行という行動には、それだけの警戒をする価値がある。
「面白い。久方ぶりに楽しめる相手のようだ」
それでもドラゴンは、自らの勝利を疑わない。擬似的な飛行は、所詮は擬似だ。直線的な動きしかできず、宙を自由自在に舞う飛行とは全く違う。単純な速度であればアデライーダのほうが上であるにも関わらず、ドラゴンに追いつけないのがその証拠だ。
実際、アデライーダの弱体化は著しい。黄金竜の呪詛と聖剣の縛りがなければ、ドラゴンが反応できない速度で迫るなり視線でドラゴンを撃ち落とすなりできている。しかしそうはいかないのが現状であり……にも関わらず、アデライーダは不敵に笑った。
「その態度は評価するけれど……何か勘違いしているようね。
私にとって戦い甲斐がある存在かどうか、あなたが見せるのよ」
例えドラゴンが相手であろうとも、力のほとんどを削がれた状態であろうとも、彼女は負ける可能性など全く感じていない。
だからこその、大魔王である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます