第二章・魔王と少女
第二章 第一話
――かつてこの国には、勇者や英雄と呼ばれる者の中でも特に優れた男がいた。
既に人類の劣勢は明らかとなり、数多の国が魔領として飲み込まれていく中で、この国は数少ない生き残りとして健在であった。ひとえに彼の奮闘によるものだと言ってよい。
とは言え、生き残っていただけだ。勝機はまるでなかった。このままではいずれ限界が来ると判断した勇者は、弟に留守を任せて一度国を離れ、魔王に対抗できる剣を求め……一人の魔女と出会い、恋に落ちた。魔女は勇者のために剣を作ると約束した。あらゆる魔を討ち滅ぼし、あらゆる人を護る聖剣を。
だが、聖剣の完成には数年の時間が必要だった。勇者は一度、国の様子を見るために帰還し……待っていたのは、裏切りであった。誘惑に負け黄金竜を招き入れた、勇者の弟の。
そして事態を聞きつけた魔女は勇者を助けるために国を訪れ――だがその時にはもう手遅れであった。魔女は勇者を助けることも黄金竜の支配から逃れることも出来ず、国内を転々とした挙げ句に死んだ。密かに産み落とし育てていた娘から、目を逸らすための囮となって。逃げ回る中で完成した聖剣は、より強く魔を憎んだ。
娘――フアナは母親から聞かされた父親の話を胸に、いつか聖剣を手に自分も勇者として戦い、仇を討つのだと思っていた。孤児のフアナを拾った村の人間たちは、みな優しくしてくれた。
けれど拾ってくれた村に魔物がやってきた時、いつの間にか村人たちは黄金竜の呪詛で逆らうことすらできなくなっており、幼いフアナも例外ではなかった。既に国は黄金竜によって支配されており、都から来た行商人との取引が契約となって、知らないうちに呪詛が成立していた。
村はどんどんと貧しくなっていった。収穫物は奪われ、家財は奪われ、村を守るための柵すら木材になるだろうと奪われた。村の水車小屋は魔物の管理下となり、高額な使用料を設定された。成長したフアナは森でこっそり剣の修業として棒振りを始めたが、その頃にはもう黄金竜に反抗する意志を失っていた村人たちはフアナを叱った。せめて野犬避けのために柵を作り直そうとフアナが集めた木材を、村人たちはオークに差し出した。
このままではダメだと思ったフアナは母親が施した聖剣の隠蔽を解き、眠るオークに夜討ちを掛けようとしたが、聖剣の輝きに気付いた村人たちはフアナを取り囲み――
フアナの心は、完全にへし折れてしまった。他ならぬ人間の手によって。自分が聖剣を使っても、魔物より先に人間に負けてしまうのだとしか思えなかった。
だからせめて、人間に負けない誰かに聖剣を使ってほしかった。父母の剣が黄金竜を討ち果たす一助になってくれれば、仇を討つ手伝いができたと思えて最低限の慰めになるから。
例えその時に剣を握っているのが、人間でなかったとしても。
「うぅん……」
重苦しい気分になりながら、フアナは目を開けた。なにかふわふわした感触が顔を覆っている。顔を起こすとそれが髪の毛であることに気付き、自分がどういう状況だったかを思い出して、一気に眠気に吹き飛んだ。
「わわ、ごめんなさい!?」
「あら、起きたの」
慌てて降りようとすることすら許されず、ゆっくりと丁寧に押さえつけながら、アデライーダはフアナを地面に下ろした。
ただでさえここに来るまでに薄汚れていたフアナの身体は、寝起きが加わって見るに堪えない有様になっていた。髪はボサボサ、足はフラフラ、目は腫れてしまってみっともない。
だと言うのに、彼女を背負っていたアデライーダのほうは立ち姿に揺らぎはない。目はまっすぐに前を見据え、フアナが顔を押し付けていた髪の毛にはクセ一つ付いた様子がない。
フアナの目に、赤い光が映った。夕暮れだと彼女は気付いて、日が沈み始めるまでずっと眠っていたことを理解し……それだけの間ずっと自分を背負いながら疲れず、汚れもしないアデライーダは、自分とはまるで違う生き物なのだと改めて知った。
ともかくずっとおぶってもらって世話をかけたことにフアナは頭を下げようとして……盛大に、彼女の腹が鳴いた。
「そう言えば、人間って加護や魔法の助けがないと数日食べないだけで大変なんだっけ」
「~~~~~~~~っ」
得心した、とばかりに解説するアデライーダに、フアナは顔を赤くするしかない。羞恥で固まった彼女をよそに、アデライーダは予想もしない質問をぶつけてきた。
「ねえ、黄金竜の手下が村から集めたものは、どこへ運ばれるの?」
「ふぇ?」
突然の質問に、フアナはまた混乱させられた。アデライーダの頭の中では、次の行動へと考えを進めているようだった。あまりの切り替えの早さに、フアナはまるでついていけない。
「あるでしょ、お金とかを集まる城みたいなのが。
あ、城って言っても黄金竜がいる城じゃなくて、こう……何ていうのかしら、その前の砦って言うか、中継所って言うか」
両手をぐるぐると回すアデライーダ。
彼女なりのイメージを伝えようとしているつもりなのだろうが、今までの人間離れした振る舞いから一転した様子に、フアナは思わず同一人物なのかと疑いたくなった。
「え、えぇっと……アデライーダさんが言いたいのはいろんな村からお金とかを集めて、まとめてからもっと大きい城に送るための拠点、みたいな」
「そう、それ」
えっへん、とアデライーダは胸を張った。フアナは気が抜けそうになりながらも、周辺の地理を思い起こす。
「しょ、商館って呼ばれてる場所があります。オークは、そこと村を往復してました」
「案内して」
「え、えっと、なんで…………?」
会話の意図が理解できていないフアナに対し、まるで常識を語るかのような口ぶりでアデライーダは答えた。
「あなたの食料が必要じゃない」
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