金曜日の華

九戸政景

第一夜 餃子とビール

 昼時を過ぎ、もう少しで夕方になろうとしていた時、作業中だった私の口からこんな言葉が漏れた。



「……餃子がいいな」

「餃子?」

「三村さん、餃子食べたいの?」



 席が近い石山いしやま元子もとこさんと貫地谷かんじやこころさんが反応する。



「今日って金曜日じゃないですか。いわゆる華金って奴です」

「そうね」

「明日から休みだと思うと気持ちも軽くなりますよね。お財布も少し軽くなるけど……」

「そ、そうね。それで、今日は餃子にしたいの?」

「ですね。一般的には餃子ってビールが合うって言うじゃないですか。なので、今日はそれにしようかなと思うんです」

「そういう事……あ、そういえば特にピルスナーとかが合うって聞いた事があるわ」



 それを聞いた貫地谷さんが首を傾げる。



「ピルスナーってなんでしたっけ?」

「チェコのピルゼン地方で生まれたビールみたい。香りも爽やかで芳醇で、味は繊細でドライな感じが特徴的なんだって。それで、日本で流通してるビールの多くがこのピルスナーに該当するみたいで、アルコール度数も低めみたいだから軽く酔いたい時には良いのかもね」

「そうなんですね。それじゃあ今夜はそうしようかな」

「餃子といえば、餃子のお茶漬けもあるみたいですね。器にご飯を盛って、その上から餃子を乗せてからみつばやきざみ海苔を乗っけるみたい」

「へえ、美味しそう。少し多めにパックの餃子を買って、おつまみとお茶漬け用で分けるのも良さそうね」

「そうですね。お二人ともありがとうございます」



 石山さんと貫地谷さんは笑みを浮かべながら頷く。そしてその時から私の頭の中は餃子とビールでいっぱいになっていて、会社を出た私はすぐにスーパーへ向かい、ピルスナーと書いてあるビールと餃子のパックを二つとみつば、そして明日の朝の菓子パンを買って家に帰った。



『おっかえりー』



 リビングからそんな声が聞こえ、私はそのままリビングに足を踏み入れる。中心に置かれたテーブルの上には黒い犬の縫いぐるみが置いてあり、犬の縫いぐるみは私に“話しかけてきた”。



『今日の会社はどうだった? やっぱり疲れた?』

「まあね。お留守番、いつもありがとうね。クロ」

『ボクは一人では動けないからこれくらいはしないと。そういえば、なんだか美味しそうな香りがするけど、今日は何を買ってきたの?』

「今日は餃子だよ」



 ビニール袋からパックの餃子を出してクロに見せる。クロは前の仕事の時からずっと一緒の犬の縫いぐるみで、不思議な事に意思を持っているのだという。そのため、こうして帰ってきた時にはおかえりを、出掛ける時にはいってらっしゃいを言ってくれるのだ。


 パックの餃子を見ると、クロは嬉しそうな声を上げた。



『わあ、餃子だ! 今日は餃子の気分だったの?』

「うん。なんとなく餃子の事を考えてたらつい口に出てて、それで石山さんと貫地谷さんと話してたら餃子とビールが良いかなと思ったんだ」

『なーるほどー。でも、良いねぇ……焼き目がパリッとして皮がもちっ、中の餡が熱々な餃子をハフハフしながら食べた後にビールをぐいっと。はぁー……仕事終わりで疲れてる体には十分なご褒美だねぇ』

「クロは縫いぐるみだから食べられないし飲めないけどね」

『それでも良いよ。想像するだけでも楽しいんだから。因みに、餃子は何餃子なの?』

「なんだっけ……えーと」



 私は買ってきたばかりの餃子のパックに目を向ける。



「肉餃子と野菜餃子だって」

『ほうほう、二種類の味が楽しめてより嬉しくなるね。でも、水餃子も良いもんだよ。もちもちぷるんとしてる水餃子をつるりと食べて、ビールやチューハイで頂く。あー……想像するだけでもワクワクしてきちゃった』

「クロは食いしん坊だね」

『育ち盛りですので。因みに、餃子とワインも合うんだってさ』

「そうみたいだね。帰りながら他にどんなお酒が良いのか調べたらその中にあったよ」

『お酒以外でも合うみたいだし、色々試したいね』

「そうだね。さて、そろそろ食べようか」



 私は部屋着に着替えてから餃子のパックをレンジで温める。その間に買ってきたピルスナータイプのビールをテーブルの上に置き、冷やご飯をお茶碗に盛った。



『おっ、餃子ご飯にもするの?』

「ううん、餃子のお茶漬け。お茶ならペットボトルのがあったから、それを注いで温めて上に餃子と買ってきたみつばを乗せるつもり」

『お茶漬け、良いねぇ。ふんわりと広がるお茶の香りを楽しみながらサラサラと食べて口の中も心もさっぱりとさせる。中々の贅沢だよ。因みに、しじみのお味噌汁はある?』

「ない。そんなに飲むわけじゃないし、普段からお酒は多くは飲んでないしね」

『たしかにね。でも、少し飲みすぎたなと思った次の日のしじみのお味噌汁は良いと思うよ。心も胃も休まるし、のんびりとした休日の朝を過ごすならおすすめだね』

「それじゃあ飲み会に誘われた日があったら買っておくよ」



 クロと話をしている内にレンジがチンと鳴り、私はレンジからパックの餃子を取り出した。そして熱さに気をつけながら被せられているラップを外す。その瞬間、餃子から湯気が上がり、香りが部屋中に広がった。



『良いですなぁ……その熱々の餃子を一齧りしてからビールを一口。餃子の熱とビールの冷たさ、それが良い感じに合わさって、お互いに味を引き立て合う。世の中のサラリーマンはもう待ちきれないんじゃないかな?』

「そっか。とりあえずお茶漬けを温めてる間に少し食べたり飲んだりしてようかな」



 ラップをかけたお茶漬けをレンジに入れ、中で回り始めたのを確認してから私は箸を用意して椅子に腰かける。そしていただきますと言ってから私は箸で餃子を割った。中から湯気と更に強い香りが立ち上ぼり、私は付属のタレをかけて息を吹き掛けて軽く冷ましてから口に入れた。



「あつ……」

『熱々の物を食べるのはそんなもんだよ。ほら、早くビールビール』

「はいはい」



 クロに促されてビールを口に含む。口の中に広がる苦味とコクが餃子と混ざり合い、熱々だったら口の中もひんやりとし始めた。



「……うん」

『良い感じでしょ?』

「そうだね。肉餃子と野菜餃子でまた違うみたいだし、餃子のお茶漬けも期待出来るんだろうね」

『出来ると思うよ。はあ、そうやってお酒を飲みながらおつまみを楽しめる人間が羨ましいなぁ』

「クロも人間だったらよかったのにね」

『ほんとだよ。まあ華ちゃんが晩酌してるのを見てるだけでも楽しいけどね』

「そう」



 私はそう返してから私はまた餃子を食べながらビールを飲み始める。そして今夜もまた私はクロとの会話をBGMにしながら晩酌をしていくのだった。

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