第二夜 ラーメンと純米酒
金曜日の夕方頃、先週食べた餃子を思い出しながら仕事に励んでいた時、ある名前が私の口をついて出てきた。
「……ラーメン」
一般的なラーメンが頭の中に浮かんでいた時、それが聞こえていたのか石山さんと貫地谷さんが話に入ってきた。
「三村さん、今日はラーメンなの?」
「先週の餃子を思い出してたら頭に浮かんできたんです」
「たしかにチャーハンと餃子はラーメンとセットのイメージが強いですよね。ラーメンかぁ……私は醤油ラーメン派ですかね」
「私は味噌かしらね。三村さんは?」
「どれが一番というのは特にないです。ただ、一般的なイメージは醤油ラーメンかなと思うので、醤油ラーメンにします」
仕事をしながら答えていると、貫地谷さんは嬉しそうな顔をした。
「良いですね! 私も今夜はラーメンにしようかなぁ……」
「ラーメンって不思議と食べたくなる時があるのよね。そういえば、前に動画サイトで観たんだけど、インスタントの塩ラーメンに日本酒を入れても美味しいみたいよ」
「え、日本酒ですか? あんまり想像つかないなぁ……」
貫地谷さんが驚く中で石山さんはクスクス笑う。
「私もそうだったんだけど、それを試した人の感想ではうま味がぎゅっと染みだすラーメンになるんですって。因みに三村さんは醤油ラーメンを食べながら何を飲む予定?」
「特に決めてないですね。ビール辺りで良いかなと」
「それなら入れるんじゃなく、合わせるお酒として日本酒にしてみたら? 特に純米酒がオススメらしいけど、日本酒と醤油はどっちもうま味成分のアミノ酸があるから、よりうま味が増すって聞いた事があるの」
「わかりました。そうしてみます」
答えた後、私達は仕事を続けた。そして終業後、私は銀行を出てからスーパーに向かった。そして醤油味と塩味と味噌味の袋麺と冷凍のチャーハン、そして小さな瓶の純米酒や明日の菓子パンを買った後、私が家に帰ってくると、リビングからいつものようにクロの声が聞こえてきた。
『おかえりー』
「ただいま、クロ。今日はラーメンだよ」
『お、良いねぇ。輝くスープの中を泳ぐつるつるシコシコとした麺とメンマやナルトといった名脇役達のコラボレーションが心地よいよね。因みに、何味?』
「今日食べるのは醤油だけど、味噌味と塩味も買ってきてるよ。それでお酒は純米酒だよ」
それを聞いてクロは嬉しそうな声を上げる。
『おお、良いですなぁ。香り高いお米の風味とじんわりと広がるアルコールの魔力、それでいてしっかりとした甘味を口の中でゆっくりと味わえ、一杯また一杯と杯を重ねてその虜になっていく内にいつのまにか酔わされている魔性のお酒ですからなぁ。今回も同僚さんのオススメ?』
「そんな感じ。どっちもうま味成分があるから合わせたらより美味しいんだって」
『そりゃあ美味しいよ。あっつあつのスープの中をくぐった麺を箸で掬い上げた時に絡まったスープがその表面を流れて、まるで麺という名の役者がスープという衣装を纏って踊っているようなのにそれを気持ちよい音を立てながら啜った後にほんのり冷えた純米酒を一口クイッと頂く。うま味の二重奏が奏でられる中で純米酒と麺が手を繋いで踊り出す。そんなの美味しくないわけないよ。それで、味噌と塩はいつ食べるの?』
「明日以降かな。塩味は水の代わりに少し日本酒を入れて作ると美味しいらしいから買ってきた純米酒は残すつもり」
『なーるほど。それじゃあ僕は華ちゃんが作ってるのを楽しみながら見てるよ』
「わかった」
私は部屋着に着替えてから調理に取りかかった。袋麺の作り方を見てから規定量以上のお湯を沸かし、その間に冷蔵庫で純米酒を冷やし始める。そしてお湯が沸いたのを確認してから規定量を鍋に移して袋麺の中身を中にあけ、出してきた器に残ったお湯を注いで器を温めた。温めている間にダマをほぐした冷凍のチャーハンを丸いお皿にドーナツ状によそってレンジで温め、時間まで残り1/3となったところで袋麺を軽くほぐし始める。そして麺が折れることなく解れたのを確認してから火を止め、スープの元を入れて混ぜ始めた。その後、器を温めていたお湯を他のカップに移してから鍋の中身を器に移し、同じように出来上がったチャーハンを取り出して、それらをテーブルに置いてから私は純米酒を取り出してきた。
『おお、後はそれを注いで完成だね』
「そうだね。前に買っておいたラーメンの器があって助かったよ」
『過去の華ちゃんに感謝だね。さあ、早く注いで注いで』
「はいはい」
答えてから私はコップに純米酒を注ぐ。トクトクという音を立てながらコップの中を透明なお酒が満たしていき、程よいところでそれを止めると、クロは楽しそうな様子で話しかけてきた。
『はあー……良いねぇ、その香りだけでも楽しくなるのに冷酒にした事でまた違った味わいを楽しめるから華金の贅沢としては本当に良いものだよ』
「そうだろうね。そういえば、温度に呼び方があったよね」
『ああ。15~20℃の涼冷えとか30~35℃の
「粋かはわからないかな。さて、それじゃあそろそろ食べるね」
『はーい』
クロが答えた後、私はいただきますと言い、夕食兼晩酌を始めた。箸で掬い上げた麺を口に入れた瞬間に口の中は熱くなったけれど、コップの中の純米酒を口に含むと、お米の風味がふんわりと広がりながら熱かった口の中が冷えていき、程よい温度へと変わっていった。
「……うん」
『ふふ、良いね。よく夜食でラーメンを食べたくなる人がいるみたいだけど、こうして食べてるとその気持ちがわかるってもんだよ。確実にその時間に食べると体に悪いし、太りやすくなるのもわかってるけどその魅力と魔力には逆らえずにお湯を沸かしてカップラーメンを食べてしまう。いやぁ、実に背徳的だよ』
「体に悪いのがわかってるなら止めたら良いのに」
『それすらも許してくれないのが夜食で食べるラーメンの力なんだよ。ほら、チャーハンもお食べよ』
「はいはい」
クロに促されてチャーハンをレンゲで掬って口に運ぶ。パラパラっとした熱々のチャーハンが口の中で踊り、再び口に含んだ純米酒と一緒になってその味が口の中に広がっていく。
「……うん」
『ラーメンを一口食べて日本酒をクイッ、チャーハンを食べてこれまた日本酒をクイッと頂く。このうま味と温冷の無限ループはたまらんよ』
「こういうのを楽しんでる人は多いんだろうね」
『そうだよ。そしてレンジで掬ったチャーハンの中にラーメンのスープを入れて、サラサラと頂くのもまた格別なはずだよ。はあー……本当に人間は羨ましいなぁ』
「クロなら食レポを仕事に出来そうだからね。まあ仕事で食べるのはそんなに好きじゃなさそうだけど」
『食べられるのは嬉しいけど、たしかに仕事じゃない方が良いな。何も気にせずにゆっくりと食べるのが至高だよ。今の華ちゃんみたいにね』
「そうだね」
私は答えてからまた食べ始める。そしてクロが話す声を聞きながら私の夕食兼晩酌は静かに過ぎていった。
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