第42破 問答無用で発進します!

「ス、ステルス戦闘機……」

「すて……なんすか?」

「あ、いや、その、飛行機。空飛ぶ乗り物に似てたから」

「ええっ!? これで空が飛べるんすか!!」

「こんな金属の塊が空を飛ぶとは……古代王国の技術、いやニトロ殿の故郷は……」


 思わず漏らした言葉がトレードとハイヤーンさんに聞こえてしまった。二人は興味津々といった体でステルス戦闘機に似たものをペタペタと触っている。


 うーん、形は似ているけれども、さすがに同じものではないだろう。

 しかし、この流線型のフォルムといい、左右に広がる翼といい、半球状のガラスで覆われたキャノピーといい……第一印象でそう思ってしまったせいかもしれないけれども、どうやっても飛行機にしか見えない。


 ――シス……オ……イン


「ん? 誰かなんか言ったっすか?」

「う、ううん」

「何も言っておらんぞ」


 やけに平坦な機会音声が聞こえた気がした。そしてぶぅぅぅん……と低い音が響き、ステルス戦闘機のスリット部分が青く明滅する。


 ――エーテル回路起動、システムチェック……オールグリーン、対話用シークエンスを開始……


「わあっ、しゃべったっす!? これも警備ゴーレムっすか!?」

「くっ、罠だったか! 離れろっ!」


 今度ははっきりと声が聞こえた。

 二人が弾かれたように戦闘機から距離をおいて身構える。


 ――ハロー、ハロー、こんにちは。あなたはパイロットですか?


 機械音声に尋ねられ、私は思わずぷるぷると首を左右に振ってしまう。

 機首に備えられていた黒いレンズがじじっじじっと音を立てた。「こちらを見た」という感じがした。中にシャッターでもあるのだろうか。レンズが瞬きしたように見えた。


 ――パイロットではないのですか。それではこれまで同型の機体を操縦した経験は……なし。シリーズ機は……なし。ああ、他社製品の経験は結構です。なるほど、非パイロット様は未経験ですね。了承しました。


「何を言ってるんすか、こいつ?」

「むう、ひとまず危険はないようだが……」


 トレードとハイヤーンさんが武器を下ろす。何がなんだかわからないが、とりあえず問答無用で戦闘という事態にはならなそうだ。


 ――それでは初心者向けにガイダンスを開始します。当機は航空機と呼ばれるものの一種です。飛行機、エアプレーン、人工飛龍、風霊推進式飛翔装置などとも呼称されます。つまり、空を飛びます。理解できましたか?


「おお! マジで空が飛べるんすか! すごいっす!!」


 ――空を飛ぶだけでそれほど驚かれるとはこちらが驚きました。


 翼の可動部がぐぐっと持ち上がった。肩をすくめているジェスチャーだろうか。


「上手く説明できないっすけど、なーんか感じ悪いっすね、こいつ」


 同感だがひとまず黙っておく。


 ――ならばこれを聞くとなお驚かれるでしょう。当機は前モデルに比べ120%との最高速を記録。瞬間的には火霊竜サラマンダーをも超える速度を誇ります。あなた方人類が作り出した空飛ぶ乗り物の中で最も速い夢の航空機なのです。


「へえ、サラマンダーより速いなんてすごいっすね」


 ――そう! 当機はサラマンダーよりずっと速い!!


 戦闘機が嬉しそうに叫ぶが、反応に困る。


 ――こほん。それで非パイロット。当機へのご用命は何でしょうか? 緊急戦闘ですか? 緊急脱出ですか? それとも緊急変形ですか?


「へ、変形?」


 ――申し訳ございません、非パイロット。当機は高速化のため変形機構をオミットしています。他のご要件をどうぞ。


「なんで聞いたんすか、こいつ?」

「さ、さあ」

「それよりも、緊急脱出と言ったな。貴殿に乘ればここから出られるのか?」


 首を傾げる私とトレードを尻目に、ハイヤーンさんが冷静に尋ねる。いけないいけない、大事なことを頭からすっ飛んでいた。私たちの第一目標はここからの脱出だったのだ。


 ――もちろん脱出は可能です。しかし当機の定員数は……


 じじっじじっとカメラアイが動く。私たちを一人ひとり見定めているようだ。前世の戦闘機は単座式か副座式が主流だったはずだ。つまり乗員は最大2名。ひとりだけ乗れないなんてことになったらどうしたらいいんだろう。


 カメラアイの駆動音が鳴る時間が永遠にも感じられる。冷たい汗がうなじから背中に垂れていくのを感じた。


 ――……最大4名なのです。まだ1名空きがありますが、もう一人来るまで待たれますか?


「待たないっ!」


 思わず大声を出してしまった。トレードとハイヤーンさんが目を丸くしてこちらを見ている。そ、そういえば発破のとき以外で大きな声を出したのは初めてかも……。


 ――3名様での乗車ですね。承知しました。それではお好きな席にお座り下さい。


 キャノピーの蓋がぱかりと開き、折りたたまれたハシゴが伸びてくる。ロジャーさんの渡砂船と似た構造だ。ひょっとして、キーウィ族は古代文明の技術を受け継いでいたのだろうか。あのFRPみたいな船体素材とか、やけに科学っぽかったもんなあ。


 ともあれ、だらだらしていてマキナや警備ゴーレムに見つかったら厄介だ。私たちはそそくさとハシゴを登り座席に腰を掛けた。ムカデモノレールとは違い内装はぴかぴかで埃も積もっていない。密閉されていたため、風化を免れたのだろう。


 中には古代文字(たぶん)が刻まれた計器やボタンなどが所狭しと並んでいる。この赤くて丸いボタンとか、いかにも自爆スイッチっぽいな……。これだけ文字じゃなくドクロのアイコンが刻まれている。


 ――非パイロット様。非パイロット様はパイロットの経験がありませんので、オートパイロットシークエンスをオンにしました。操作用インターフェイスはすべてロックしております。いくら触っても何も起きませんのでご了承下さい。


「む、それは残念だ」


 すでに手を伸ばしかけていたハイヤーンさんが残念そうな顔をする。飛行機を勝手にいじったら事故は必須だろう。私は内心で胸を撫で下ろした。


 ――それでは発進準備に入ります。座席に深く腰掛け、深呼吸をし、それから息を止めて下さい。


「へ? し、深呼吸?」


 ――では、空の旅へようこそ!


「「「んがぁぁぁぁああああああああ!!!?」」」


 やけに明るい機械音声とともに、全身が凄まじい圧力で座席に押し付けられた。ステルス飛行機は扉の残骸を轢き飛ばし、爆音と共に大空へと飛び立った。

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