第35破 天空の迷子センター

 マキナに手を引かれて迷路を進むこと小一時間。

 とりあえずのゴールと見当をつけていた豆腐タワーの麓に辿り着いた。道中は事前の想定ルートとはぜんぜん違ってて、なんだかんだこのメイドロボットに出会ったのは運が良かった。バルコニーからでは死角になっている行き止まりや枝道がいくつもあったのだ。


「さあ、こちらが出口でございます」


 と、マキナが手のひらで示すがそこには真っ白な壁があるだけだ。

 左右は別の豆腐ビルに遮られていて袋小路になっており、出口らしきものはどこにも見当たらない。


「出口? 何にもないじゃないっすか?」

「出口を開くには所定の操作が必要です。本来ならばラビリンスを探索してヒントを集めるのですが――」

「なっ!? ここまで来て先には行かせないって言うんすか!? ひょっとして、ここに連れてきたのも罠なんじゃないっすか!?」


 トレードの体毛がピンと逆立ち、犬耳が左右にせわしなく動く。

 私もC4を握りしめ、周囲を警戒する。ここは袋小路だ。何か仕掛けてくるとすれば、頭上か……?


「――ここで操作を行いますと、ネタバレとなってしまいます。ネタバレをお好みにならない場合は、これから行うことを見ないようお願いします」


 続く言葉に、思わず力が抜ける。


「ネタバレって、そんなのどうでもいいっすよ」

「ネタバレをして本当によろしいですか?」

「だからかまわないっす!」

「ネタバレによる払い戻し対応等は行っておりませんが、本当によろしいですか?」

「だからいいっすよ!」

「ネタバレにより生じたあらゆる不利益、損害、精神的苦痛において当パークは一切の責任を負いかねます。それでも本当に――」

「だからいいって言ってるじゃないっすか! 早く出口を出せっす!!」


 前世でもあったなあ、解約しようとすると何度も引き止めていつまでも解約できないサブスクサービス。

 不毛なやり取りが何度も繰り返され……ようやくマキナが動いた。白い壁を指先を使って複雑な動きでなぞり、それから奇妙な体操のようなことをする。


「開けゴリラクマ」


 それが合言葉だったのだろう。

 壁面にぴしりと直線の亀裂が入り、それが左右に開いて出口が現れた。

 一体どんなヒントがあれば一連の解答が得られるのかちょっと気になってしまうが、こんなところにいつまでも閉じ込められているわけにもいかない。食糧にも水にも限りがあるのだ。


 中に入ると、そこは正方形の小部屋だった。

 出入り口の横の壁には光る文字が浮き上がっているが、当然私には読めない。全員が入ったところでうぃーんと出入り口が閉じ、浮遊感に襲われる。


 ちょうど前世のエレベーターのような感じだ。

 まっすぐ動いている感じではなく、上下左右に複雑に動いているように思う。ふわふわして三半規管がおかしくなりそうだ。


 光る文字が目まぐるしく変わる。おそらく階数表示的なものなのだろう。文字の変化がなくなると共に浮遊感が消失する。


「到着致しました。スカイパーク地上1層、スカイパーク地上1層でございます」


 チーンと音が鳴って出入り口が開く。

 エレベーターガール付きのエレベーターってこんな感じだったのだろうか。異世界のはずなのになんだか調子が狂うなあと思いつつ、マキナにうながされるまま外に出る。


 そこに広がっていた光景は――


「廃墟っすねえ……」

「貴重な遺跡がこんなことに……」


 ――溢れんばかりの緑に侵食された無数の建物の群れだった。


 元々は華やかに飾りつけられた白亜の町並みが続いていたのだろう。しかし、それらはびっしりと蔦に覆われ、崩れ落ちた装飾の破片が草むらに落ちて埋もれている。町並みを縫う道も地中から盛り上がった木の根によってひび割れ、雑草が芽を吹き、日陰には苔がむしていた。


 見上げると木々の隙間から青空が見え、極彩色の鳥や見たことがない羽虫や蝶が舞っている。しかし、緑の量に対して風は爽やかで、適度な湿り気を帯びた空気はかすかに甘い香りがした。


「迷子センターはこちらでございます」


 雑草を踏み分けながらマキナが先導していく。

 この荒れ果てた状況に違和感は覚えないのだろうか。どうも杓子定規なAIっぽいし、清掃に関しては職掌の範囲外なのかもしれない。けれども、余計なことを聞くとまた不毛なやり取りが発生しそうだからとりあえずは黙っておくことにした。


「今更なんすけど、迷子センターってなんすか? いや、迷子を保護する施設なんだろうなってことはなんとなくわかるんすけど」


 トレードが小声で聞いてくる。トレードもマキナに聞こえると面倒くさいことになりそうだと思っているようだ。


「うん、親とはぐれちゃった子どもを預けて、親を探してあげる施設……かな」

「古代王国は子どもを大切にしてたんすねえ。それにしても、ニトロはやっぱり魔法のことには詳しいんすね!」

「え、あの……いや、遊園地とかには普通にあったらしいから……」

「ユウエンチ? それも聞いたことがないっすねえ。どんな遺跡なんすか?」

「い、遺跡っていうか……私のいたところにはあったから。い、行ったことはないけど……」

「へえ、ニトロの故郷は古代王国並みに魔法が発達してたんすねえ」


 発達どころか魔法なんてものは存在しない世界だったのだけれども、トレードの誤解はますます深まってしまった。私のやっていることは魔法ではない……とは思うのだけれども、かといって科学的に説明もできない。じゃあ超能力? 超能力と魔法って何が違うんだろう……。


「おつかれさまでした。こちらが迷子センターでございます」


 どう説明したらいいものかと考え込んでいたら、いつの間にか目的地についていたらしい。しかし、そこに待ち構えていたのは木の根っこでびっしりと覆われて、壁面もほとんど見えないこじんまりとした建物の跡だった。

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