第27話 憤怒の終わり
──────怒りだ。
自分の中にはただそれだけがあった。
我こそは憤怒の化身。
全てを焼き尽くす地獄の業火だ。
……その怒りが終わる。
怒りの体現者たる者の怒りが終わる時、そこに果たして何があるのだろうか。
闇だ。
どこまでも続く黒い穴に落ちていく。
そこにはなにもない。
無だ。
どこまでも続くなにもない暗い穴に怒りの獣は……否、怒りを失ったかつて獣であったものは、どこまでもどこまでも落ちていくのだった。
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妖怪王ゼクウ死す。
これを討ったものは
その一報が戦場を駆け抜ける直前にその男は状況を把握していた。
四天王、
……撤退だ、と。
可能性は極めて低いであろうとはしながらもこの四天王は今の事態も想定はしてあった。
部下たちと自分はバラバラに脱出する。
これから戦場は大混乱になる。
そこで固まっていれば敵の目を引く。
落ち合う場所も打ち合わせ済みだ。
「……………………………………」
最後に一度だけ背後を振り返り、忌々し気にギリッと歯を鳴らした鮫の妖怪。
そして最後の四天王も戦場から姿を消した。
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伝令の兵士が駆けつけてくる。
その内容を聞く前から表情で朗報である事がわかる。
総大将
妖怪王
周囲の幕閣や武将たちが歓喜の叫び声を上げている。
そんな中で征崇も感極まったように目を閉じる。
「よく……やってくれた……!」
だがそれも僅かな間の事、すぐさま常である冷静な執政者の顔に戻ると征崇が周囲に指示を出す。
「気は抜くな。これよりおそらく百鬼夜行は混乱に陥るだろう。その機を逃すでない。1匹でも多く奴らの数を減らすのだ」
総指揮官の言葉に周囲も表情を引き締め戦いに備える。
伝令が各隊に向けて散っていく。
敵方の総大将の首を挙げたとはいえ、未だ彼我の戦力差はとてつもなく大きい。
……もしも、ここからでも百鬼夜行を纏め上げて幕府に差し向ける者がいればここから敗北することも十二分にあり得るのだ。
一方その頃、百鬼夜行軍は……。
征崇の言葉通りに百鬼夜行軍内には徐々に動揺が広がりつつあった。
「よ、妖怪王様が……ゼクウ様が……殺られちまった……!!」
「どうすりゃいいんだ!? 四天王の方々は……」
だがもうこの空前の大軍団の指揮を執るものはいない。
「い、いねえ。誰もいねえ!!」
「逃げた!! 四天王はいねえぞ!!!」
動揺はやがて恐慌に変わっていく。
そこかしこに怒号や悲鳴が聞こえ始める。
「くそっ! 逃げろ逃げろ!! やってられるか……!!!」
「百鬼夜行はもう終わりだ……!」
逃げ惑う妖怪たちの去った後には踏みにじられた『百』の字の旗が残されていた。
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大地に血の雫が落ちる。
荒く乱れた呼吸に崩れ落ちそうになる四肢。
それを気力で維持して疾風はまだ倒れない。
「お前本当に強いな。オレとここまで
その疾風の前で格闘の構えを崩さない凶覚。
こちらも負傷はあるがその程度は疾風に比べればずっと軽いものだ。
(クソッ! こいつ出鱈目につえーな!! ここまで強い奴は初めて見るぜ……!!)
疾風の内心にじわじわと絶望感が広がっていく。
「流石は六大妖の血縁と言ったところか」
「………………」
その言葉に一瞬疾風は呆気にとられて……それからふっと笑った。
「お生憎様だが、俺は親父殿とは血の繋がりはねえよ。最初に拾われた子で、種族も一緒だから跡取りって言われちゃいるがな」
「そうか」
疾風は残った力を振り絞って構えた錫杖を凶覚に突き付ける。
「だが血の繋がり以上に大事にしてもらってきたぜ。だから俺は、親父殿に胸張ってアンタの息子ですって言える生き方しなきゃいけねえんだよ!! 来やがれ四天王!!!」
血の雫を飛ばしながら啖呵を切る疾風に凶覚は動かない。
……やがて白装甲の戦士は構えを解き両腕を下した。
「おい」
「ちっ、湿っぽい話を聞かせやがって。やる気が萎えちまった」
凶覚は背を向けて歩き出す。
「お前の葬式はまだ先の話になったぞ。よかったな、親不孝者にならなくてよ」
去っていく白い後ろ姿を無言で見送る疾風。
その両者の間を一陣の風が吹き抜けていった。
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後に『
明け方に始まった戦いは昼前には大勢が決していたが、その後も幕府軍は手を緩めることなく徹底的な殲滅戦を行った。
戦が終わった日暮れまでに出た犠牲は幕府軍で約千八百人。
対して百鬼夜行の命を落とした妖怪の数は六万とも七万とも言われている。
逃げ散った二十万以上の妖怪は各地に分散して隠れ潜み、やがてそれぞれ
それらには百鬼夜行の後継を称する集団もあったが結局数年後に最後の一軍が討滅されるまで公式に百鬼夜行の後継とされるような集団は現れず、また妖怪王や四天王に匹敵する
姿を消した3匹の四天王の話もその後まったく聞こえてくることはない。
幕府はその後、各地の復興と百鬼夜行残党の討伐に力を入れることになる。
優陽は……。
彼女はあの戦いの後すぐに深い眠りに落ちた。
丸二日間の間眠り続け目を覚ました時には普段と変わらぬ元気な様子であった。
そしてその後も彼女は刻久として幕府の一軍を率いて百鬼夜行残党との戦いに身を投じていく事となる。
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聖皇歴710年、10月。
季節は過ぎて半年が経った。
復興された港町
ようやく外国との通常便が復旧したという事でウィリアムとエトワールの2人は帰国する事になった。
国外より船でやってきて初めてこの地を踏んで18年目にしてようやく彼らは帰りの船に乗れるわけである。
「あだじも修業がおわっだらすぐいくがらね~待っててね~」
べしょべしょのどろどろに泣いているパルテリース。
彼女は戦が終わったので秋葉スミレ老師の下へと戻って修行を再開しているのだ。
「いや来ねーでいいですよ。そのままどっか旅立ってくれ」
「ひどいよ~!! 絶対いくもん~!!!」
エトワールのそっけないセリフに地団太を踏んでいるパルテリース。
「あっしもご一緒させていただきてえもんなんですが、何分北から出たこともねえ田舎狸で。お二人に恥かかすことになっちゃあいけやせんからねえ」
「離れてようが俺たちは黒羽の一家じゃねえかよ。なあ先生」
ハンカチで涙を拭っているまほろの頭を優しく叩く疾風。
ウィリアムはまほろを優しく抱きしめて疾風と握手を交わした。
そして最後にウィリアムは幻柳斎老人に歩み寄る。
「わしがお手紙を差し上げてしまったせいで、先生を大変な目に遭わせてしまいましたな」
「いやそんなことはない。来て良かったと思っています。私をこの国に……里に呼んでくれてありがとう」
2人はしっかりと握手を交わした。
ウィリアムが教えた里の子供たちの中には既に成人している者もいる。
その中にはこれから外の世界に旅立っていくものもいるだろう。
船に乗り込む2人。
最後にウィリアムは1度だけ振り返った。
少しだけ心残りなのは最後に優陽に会えなかったことだ。
彼女は今も百鬼夜行残党との戦いのため東州各地を転戦している。
しかし、これからはもういつでも会いにこれるのだ。
……………………………………。
…………………………。
………………。
黒い煙を上げて蒸気船が沖合に消えていく。
その船の姿を断崖から見下ろす一騎の武者がいた。
馬上の白い鎧の武者。
彼女は去り行く船を見送り一筋の涙を流した。
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