第21話 黒顎の骸岩
ゼクウ四天王の1匹、
一騎打ちを開始した両者。
骸岩の怒涛の猛攻により刻久は傷を負うが……。
「お祈りの時間くらいはくれてやってもいいぜ。オレは慈悲深いからな……ギギギ」
嗤う骸岩の前で刻久は目を閉じる。
彼の言うような祈りの為ではない。
ゆっくりと深呼吸をしてから再び目を開く。
「祈りは必要ない。
「あぁ?」
怪訝そうに骸岩が表情を歪めた。
「まだオレに一太刀も浴びせられねえで傷だらけのヤツがほざくじゃねえか……それじゃ
断ち割り撃が頭上から刻久に襲い掛かる。
彼はそれをほんの僅かに横にずれるだけの最小の動きでかわすとそのまま骸岩の懐にスッと歩みを進めた。
「言っただろう」
「なァッ!!?」
驚愕で仰け反った骸岩。
刻久の目が冷たい光を放つ。
「お前の動きはもう見えた」
走る銀閃が骸岩の肩に炸裂する。
血しぶきがパッと虚空に赤い花を咲かせる。
「ぐうぉッッ!!!」
怒気を交え武器を横薙ぎにする四天王。
その一撃を刻久は背後に跳んで回避する。
(意外と硬い)
勝負を決めるつもりで放った一撃だったが骸岩のその体躯に見合わぬ堅牢さに阻まれた。
「やるもんだな……こりゃオレも出し惜しみしてる場合じゃなさそうだ」
黄色く濁った骸岩の大きな目がギラリと殺意に煌いた。
ざわっ、と刻久は全身が総毛立つのを感じる。
「オレは暗い海の底からやってきた
黒顎……それは年月を経たウツボが化けた妖怪であるという。
そして骸岩、この男は妖怪の中でも特異な存在だ。
妖怪は人に化ける事ができる。
四天王も4匹とも妖力の消耗を抑えるために普段は人の姿をしている。
そして必要に応じて妖怪の正体を晒すのだ。
しかしこの男、骸岩は人間態を維持しながら妖怪の正体を出現させる事ができる。
(なんだ……!!??)
刻久の顔色が変わった。
全身を走る猛烈な寒気と戦慄。
目に見える景色は先ほどまでと何一つ変わってはいないのに……。
だが今ここは紛れも無く自分にとっての死地となった。
それを感覚で理解して彼は慄く。
「……ッッ!!!」
全力で身を引いた。
その直後、一瞬前まで自分が立っていた位置を何かが通過していった。
目には見えない何か。
あのままあの場に立っていれば自分はもう今頃息をしていなかっただろう。
「ほぉ、よく避けた!! だがそれがいつまで続くかな、ギギギッ!!」
高笑いする四天王。
黒顎とは巨大なウツボの首の妖怪だ。
頭部だけで胴体はない。陸上にあっても自在に空中を遊泳する事ができる。
……そして、
不可視の巨大なウツボの首が標的に襲い掛かりその鋭い牙で噛み裂いて殺す。
それが黒顎なのだ。
そしてこの骸岩の更なる恐ろしいところは……。
「それじゃそろそろ終わりにしようか。十分絶望したろ? ギギ」
湾曲大刀を構える骸岩。
そう、この男は人間態と正体どちらも同時に現して自由に動く事ができる。
当然ながら根底には同一存在なので両者は完璧な連携を誇る。
2匹が迫る。
心臓が鳴っている。
耳の奥に響いている。
絶望的な状況。
なのに……それなのにまた……。
襲い来る大刀をかわしながら、今また自身に飛来した不可視の敵を空気の僅かな動きを読んで必死にかわす。
一寸先は奈落。
一寸後も地獄。
細い細い糸の上で舞うような死地。
それなのに、確かに今自分は……昂っている。
刻久の傷が増えていく。
彼の鎧が……戦装束が徐々に赤く汚れていく。
痛みが襲い疲労は重なっていく。
しかしその目の光は損なわれず、むしろ鋭さを増して輝きを放つ。
……そして、彼の待ち望んだ
それは人間態が攻撃を空振りして隙を作り、透明な正体が攻撃を回避されて一旦上空に舞い上がったその一瞬。
刻久はほぼ垂直の峡谷の岩壁を駆け上がった。
『正体は透明なのだから、
骸岩はそう考えていた。
そしてそれこそが骸岩の連携攻撃の最大の落とし穴だ。
見えている人間態は見た目より恐ろしく硬く頑丈であり相当な攻撃であっても満足なダメージが入らない。対して、不可視の正体の方はそれほどでもなく攻撃は通りやすい。
人の方を狙うしかない相手が効果の薄い攻撃を繰り返している内に正体でとどめを刺す。
それが四天王、骸岩の必勝のパターンだ。
だが骸岩は判断を誤っていた。
刻久は始めから透明の正体を自分の標的と定めていたのだ。
骸岩の二重存在の仕組みを看破したわけではない。
だが彼は致命の隙ができるのなら、それは不可視で攻撃を受ける事に慣れていない正体の方だと狙いを付けていた。
今その透明な正体にはほんの僅かに刻久の血が付着している。
目印にする為にあえて攻撃を浅く受けて着けたものだ。
壁を蹴り、白い武者が跳ぶ。
落下しながら渾身の力で大太刀を振るう刻久。
見えはしない……だが。
何か巨大なものを斬った確かな感触が腕に伝わった。
「ギィアアアアッッッ!!!!!」
そして同時に地上の人間態が袈裟懸けに大きな傷口を作り空高く血を噴き上げた。
倒れ伏す巨躯。同時に近くに何か巨大なものが落下した音が響いた。
起き上がってくる事も出来ずにいる骸岩。
……勝敗は決した。
血の海の中に倒れる四天王へと刻久が歩み寄る。
その彼を骸岩が見上げる。
「ギギッ」
何も言わず、四天王はただ少しだけ笑って血だらけの口の端を上げた。
骸岩に向かって大太刀を振り上げる刻久。
「……!?」
だがその一撃を振り下ろそうとした瞬間、横合いから高速で何者かが刻久に襲い掛かった。
大気を抉り取るかのような唸りを上げる拳の一撃。
それを彼は咄嗟に受けたが、凄まじい力でガードの上から殴り飛ばされて岩壁に激しく叩き付けられてしまう。
「が……ハッ!!!」
血を吐いて呻く刻久。
視界がブレて呼吸が乱れる。
(……まずい……!!!)
本能が全力の危険信号を発している。
今追撃を受ければやられてしまう。
「……………………」
だが、その追撃はいつまでたっても来なかった。
顔を上げる。
未だ揺れて定まらない刻久の視界に入ったものは……。
そこに立つのは異形の装甲戦士。
全身を白い装甲で覆った巨躯の戦士。
その鎧は生き物のようでもあり洋風鎧のようでもある。
顔面に黒い横向きの裂け目があり、その奥に鋭い赤い光が2つ並んでいる。
白装甲は骸岩を軽々と肩に担ぐ。
そして最後に1度チラリと刻久の方を見て走り去った。
「強い……! あれも、妖怪なのか……!」
2匹が走り去った先を見て刻久が掠れた声で呻いた。
────────────────────────
峡谷を抜け森の中を疾走する白い装甲戦士。
その背には瀕死の骸岩がいる。
「オイ……ヒマ人、なァにやってんだお前は……こんな事オレは頼んだ覚えはねぇぞ……?」
ぜいぜいと荒い息の中で骸岩が言葉を搾り出す。
「うるせえな、仲間なんじゃないのか? 死に掛けのクセにべらべらとよく回る舌だな、骸岩」
答えた装甲戦士の頭部の装甲がガシャッと音を立てて展開する。
その下には
「ギギッ、仲間か……お前の口からそんな言葉を聞く日が来るとはよゥ。凶覚……降ろしてくれ」
「骸岩……」
骸岩を担いだままの凶覚が足を止めた。
「仲間なんだろ? だったらオレの言う事も聞いてくれよな。男に抱えられて死ぬのなんざゴメンだぜ」
「……………………………」
無言で凶覚は骸岩を降ろすと木の根を枕にするように横たえた。
「オレがあんだけ開き直れっつってやったのによ……。結局お前はこういう事をやりやがる。だからお前は弱虫だつってんだ、凶覚。おい、酒取ってくれるか」
いつも骸岩が腰にぶら下げている瓢箪を取る凶覚。
だがそれはもう割れてしまっており、中身は全て零れてしまっていた。
「あぁ、クソッ! なんてこった。今日は本当に厄日だぜ……」
毒づいてから骸岩はフッと苦笑した。
「まぁいいか……それじゃオレはそろそろ逝くからよ。あばよ、弱虫……お前は……死ぬ……な……よ…………」
それきり、骸岩は動かなくなった。
壮絶な死に様だがその顔は笑っているようにも見える。
「じゃあな、骸岩」
そう言って凶覚は目を伏せてそのまま少しの間黙ったまま動かなかった。
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