第13話 総大将の取捨選択

 1人の鎧武者が海を見詰めている。

 岸壁に立ち腕を組んで、不動の姿勢でただそこに立っている。

 鎧武者の姿とはいえ男は人ではない。

 ゼクウ四天王の1匹、凶覚きょうかくである。


「ギギギ、ここにいたのか」


 そこに現れたのは異様に背の高い痩せた鎧武者だ。

 ギョロリと大きな目をした腰に瓢箪を下げた男。四天王、骸岩がいがん


「何のようだ、骸岩」

「ギギッ、そうそっけなくするんじゃねえよ。オレたちは仲間だろ? 凶覚よ」


 口の端を吊り上げて凶悪な笑い顔を見せる骸岩を冷めた目で見る凶覚。


「仲間? オレたちがか」

「違うか? お前にとっちゃ仲間ってのは、あのお前が連れてきた妖怪ガキどもだけだったか?」


 そう言うと腰の瓢箪を取り骸岩がぐいっと傾ける。


「プハァ……始めからおかしなヤツだったよ、お前は。手下じゃねえ妖怪を連れて百鬼夜行に参加した四天王はお前だけだったなあ。どいつもお前の事を『あんちゃん』『兄貴』って呼んで懐いててよぅ」

「……………………………………」


 海を見たまま凶覚は骸岩の言葉を黙って聞いている。


「けどよ、そいつらどうなった? もう1匹も残ってねえだろ? 連れ歩いてる内にいくさでみぃーんな死なせちまった」

「何が言いたい」


 凶覚の声に僅かな苛立ちが滲んだ。


「ギギギ、誰かが言ってたぜ。『強さ』ってのは『孤独』なんだとよ。お前もいい加減認めろよ。お前はそんだけ強いんだからそんだけ孤独なんだよ。お前の連れてたガキどもが誰一人お前にゃ付いてこれなかったみてえによ」


 再び酒を煽って骸岩が笑った。


「お前は戦えば滅法強えのに心根が弱虫すぎらァ。弱虫だから仲間だ家族だってそんなモンに夢を見ちまうんだよ。開き直れ、凶覚よ。そうすりゃ毎日気分がいいぜ」

「お前は毎日気分がいいのか? 骸岩」


 凶覚の問いにニヤリと笑うと骸岩は持っていた瓢箪をグイッと押し付けてくる。


「ああ、最高だぜ。お前も早いとこ『こっち側』に来な」


 骸岩は去っていく。

 その背を無言で見送った凶覚が瓢箪に残っていた酒を一息に飲み干した。


 そうして岸壁から空になった瓢箪を投げ、再び男は無言で海を見続けるのだった。


 ────────────────────────


 夕暮れの街の空を1羽のスズメの妖怪が飛んでいる。

 何度と無く妖怪の襲撃を受けてすっかり寂れてしまった人間たちの街だ。


「『百鬼夜行』がポルンの国を襲うよ! 討伐軍と決戦だよ! チチッ!!」


 鳴きながら飛ぶ大きな鳥妖怪を人々が不安そうに見上げていた。

 ここ以外でも大陸中で妖怪たちが同じ事を吹聴して回っている。


 嘉神征崇かがみまさたか率いる討伐軍を引きずり出す為の四天王、斬因ざいんの策であった。


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「我らは動かぬ」


 言下にそう切って捨てる征崇。

 ここは東州のとある山中にある廃寺だ。

 百鬼夜行討伐軍の中継拠点の1つであるこの廃寺に今征崇らは潜んでいた。


「ポルンは我らに協力を約束した国の1つである。わしはもう彼らのような協力者の国々にはこのような事もあるだろうが、そうなったとしても援軍には向かわぬと予め言ってある」


 征崇の言葉を討伐軍の幹部たちが神妙な顔で聞いている。

 その中には刻久の姿もある。


「現時点で百鬼夜行に狙われたのなら取るべき道は1つだけじゃ。逃げる事だ。今の我らが援軍に駆けつけたとて合わせて撃破されて終わりよ」


 自分たちに課せられた至上の命題はであると征崇は言う。

 その為には最適最善を選び続け現時点で限りなく低い勝利の確率を少しずつ上げていかなくてはならないのだと。

 最後に勝利を掴み取る為には途中で心で泣いて切り捨てていかなくてはいけないものもある、そう彼は態度に示したのである。


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 幹部の会合を終えて戻ってきた刻久……優陽は難しい顔をしていた。


「納得がいかねーって?」

「いいえ、そうは言いません。それは……助けに行けるのなら行きたいですが、行けば一緒に全滅するだけだという兄上の言う事も正しいと思いますし」


 エトワールの問いに対し腕を組んで渋い顔をした刻久は俯いている。


「ただ、総大将とは大変なものだな、と……」

「まあオメーの兄ちゃんは信用できますよ。上に立つヤツがやっちゃいけないのはその時その時で自分の気持ちやら場の空気で判断変える事だ。上がブレブレだと付いてくる奴らも疲れるしどこでハラ括ればいいんだかわかんねーですからね」


 言いながらエトワールは一瞬上目で斜め上を見る。


(……つっても、このままでもジリ貧な状況だとは思うけどな)


 今のままでも討伐軍は百鬼夜行にとっての目の上のたんこぶ……かなりイヤな存在にはなれるだろう、そうエトワールは考える。

 でもそこ止まりだ。

 チクチクと嫌がらせを続け向こうを弱らせる事はできるだろうが、結局倒せる所までは至れず戦況は泥沼になり双方消耗するだけして最後は押し潰される……このままではそうなるのではないかと彼女は見ているのだ。

 優陽の手前口にはできないが……。


(あの兄貴に何かとんでもねー切り札でもあるなら話は別だけどな……。ま、ウチにとってはどーでもいい事です。ウチはセンセがいるっていうから付き合ってるだけだしな。いざとなれば無理やりにでもセンセを連れて大陸ここを脱出するだけだ)


 そう思いながらエトワールは刻久を見る。


「……なんです? エトさん」

「いや、オメーも頑張りなさいよ」


 目が合って小首を傾げる刻久に答えるエトワール。


(ま、それでもできるならウチはセンセの悲しむ顔は見たくねー。その為にはお前らにはもうちょい頑張ってもらわないとな)


 がんばります、と力強く肯く刻久にエトワールがうむ、と相槌を打つのだった。


 ────────────────────────


 大陸中央部に残った数少ない中規模国家のポルンの都が燃えている。

 歴史ある大都は紅蓮の炎に包まれそこを妖怪たちの大軍団が練り歩いている。

 ……しかし、周囲の惨状にしては犠牲者の数は少ない。

 この国を百鬼夜行が襲うという話が出てすぐに国民たちは周辺の国々や各所に脱出を開始したのだ。

 国へ残ったのはわずかな者だけ。

 討伐軍が駆け付ける事を期待して迷ったような者はほぼいない。


「……クソが。10年掛けてここまで来たのによ。まだ長引きそうだな」


 炎に赤く照らし出された馬上の斬因がそう毒づいて表情を歪めた。

 討伐軍は釣り出されてこなかった。

 それどころかこの脱出の迅速さ、迷いの無さは討伐軍が援軍には来ない事を予め知っていた証左に他ならない。

 この事態を想定し、そうなっても援軍は来ないのだという事を打ち合わせてあったのだ。


 斬因は改めて百鬼夜行討伐軍を、嘉神征崇という男を油断ならない難敵である事を認識する。


「まぁいいさ。暗い海の底から始めてここまで来るのに280年だ。まだまだてめぇらに付き合ってやるぜ。じわじわとすり潰してやるから覚悟しな……人間ども」


 憎悪を込めて低く呟く斬因。

 その彼の耳に、暴れる妖怪王に引き裂かれた同胞の断末魔の絶叫が聞こえてきた。


 ───この後、百鬼夜行を実質的に率いる四天王はそれまでとは大きく戦略を変える事となる。

 これまでまったく重視してこなかった諜報や情報伝達の重要性を認識し、そこに多くの配下を割いた。

 神出鬼没の姿無き討伐軍の影を捉えようと手を尽くすようになったのである。


 また四天王の内の誰かが単独で部隊を率いて動く事も増えた。

 これまではゼクウの下に4匹が揃っている事がほとんどだったのだが、それを2匹とし残りの2匹はそれぞれ部隊を率いて大陸各地を遊撃に回ったのだ。


 百鬼夜行討伐軍側としては、自由に動く四天王はイレギュラーであるし、単独で動いている間が討ち取る絶好のチャンスでもある。

 しかしいくら単独部隊とはいえ各地に分散させている討伐軍の部隊が個別に挑んで倒せる相手ではない。

 これを討たんと全軍を結集すればそれだけ動きが読まれやすく発見されやすくなる。

 それを狙っての単独行なのだ。四天王自体がエサの役割を務めているわけである。

 安易に手出しはできず四天王が近くにいる間は討伐軍の動きも硬直する。


 こうして討伐軍は末端で戦果を挙げつつも大きく状況が動く事はなく2年が経過しようとしていた。


 ───聖皇歴706年、夏。

 

嘉神刻久16歳のこの年……百鬼夜行討伐軍による戦況を大きく動かす大作戦が決行されようとしていた。

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