炎の時代の軍神勇者(ウォーロード) ~異文化交流に来たら大戦乱が始まってしまったので1人の少女を英雄に育てる話~

八葉

第1話 紅蓮の北方大陸

 ──カラスが鳴いている。


 地上には何もない。

 何一つ残されてはいない。


 ここは村であった。

 ほんの1日前まではそこに暮らす者たちがいた。

 人の営みがあった。


 ──それがもう、今はない。


 焼け落ちた家の残骸が。

 踏み荒された田畑が。


 打ち捨てられた半日前までは人であったものが……。


 唯今は朽ちて土に還るのを待つ荒涼たる光景が広がるのみであった。


 足音が聞こえてくる。

 数名の足音が。

 この滅びた村の跡地に聞こえてくる。


「こっちでごぜえますよ。もう連中はおりやしません。暴れるだけ暴れて奪うだけ奪って、とうにどこかへ行っちまってまさぁね」


 先頭を歩くのは栗色の髪の小柄な少女である。

 紺色の作務衣に胴鎧を装備し、手には手甲、足元には脚絆に脛当を着用して杖を手にしている。

 瞳の大きな愛嬌のある可愛らしい顔立ちで何より特徴的なのは頭の上の2つの耳。

 狸に似たそれは彼女が人ではなく、妖怪……もののけであるという証である。

 妖怪、化け狸族の少女。

 名を……まほろという。


「悲しいかな、この火倶楽かぐらでもこんな光景は全く珍しくもなくなっちまいやして、世も末でござんすねえ」


 やるせない、と言った感じでふるふると先導のマホロが首を横に振る。

 彼女の後ろを歩くのは2人の異国人であった。


 1人は灰色の髪の男。

 整った顔立ちの背の高いこの男は武者鎧を着て、腰には洋剣を下げている。

 名をウィリアム・バーンズ。

 本業は戦士ではなく作家にして冒険家である。


「酷いなこれは……全滅か」


 ウィリアムは周囲の惨状に眉を顰める。

 明らかに年端もいかぬ者の亡骸もある。

 そのウィリアムの隣に立つのは小柄なブロンドの少女。

 ややツリ目気味の大きな瞳が特徴の美少女である。

 紺色の着物を着て脚絆を身に着けている。

 名はエトワール・ロードリアス。

 作家ウィリアムの担当編集者だ。


「奪うのはついでって感じで、襲って殺す方が目的っぽいですね。焼いたのは大体終わった後でしょ」


 エトワールの表情からは特に何も感じられない。

 淡々と現実を受け止めている感じがする。


「連中はもう血に狂ってやがるんで……理屈はもう通じやしやせん。さ、急ぎやしょう先生方。ここを襲った連中はもういねえとはいえ他の奴と出っくわさねえとも限らねえんで」


 そこにガサガサと藪を揺らして姿を現す者がいた。


「……おおっと、言った側からお出ましかい?」


 マホロがスッと目を細める。

 出てきたのは2匹の妖怪……両者ともにぼろぼろの着物に足軽鎧を着ている。

 1匹は禿頭で額に角がある青緑色の妖怪だ。

 ギョロリと大きな黄色い目でねめつける。

 鼻はそぎ落としたように低く口が裂けている。

 もう1匹は山犬の頭部を持つ獣人型の妖怪だ。

 2匹とも刃こぼれだらけの刀を手にしている。


「グググ、エモノガイルゾ」

「くけけ……女の肉は柔くて美味い」


 耳障りな声で悍ましい事を言う2匹の妖怪。


「……マホロ!」


 腰の剣の柄に手を掛け前に出ようとするウィリアムをマホロがスッと片手を上げて制した。


「こんなはぐれモン、御二方のお手を煩わせるまでもござんせん。ちいっと待ってておくんなさいよ!」


 言うや否や杖を手にマホロが走り出した。

 迎え撃つ妖怪たちも刀を構える。


「ほいさァッ!」


 マホロが手にした杖は仕込み杖だ。

 白刃を抜き放ちそのまま角の妖怪の首を斬り飛ばす。

 青黒い血を撒き散らしながら回転する妖怪の首が宙を舞った。


「グギャアッッ!!!」


 山犬が甲高い声を上げて顔を掻き毟るように暴れる。

 その片目にクナイが突き刺さっている。

 斬撃の直後にマホロが放っていたものだった。


「……へい、二丁上がりっとね」


 その山犬の首に当てた白刃をすっと横に引いてからマホロはヒュッと刃を振って血を飛ばした。


「お~……てーしたもんですよ」


 ぱちぱちとエトワールが拍手をしている。


「あのマホロがこんなたくましくなっちゃってまあ。ちっちゃい時は『おっきくなったらしぇんしぇ~のおよめさんになゆ~』とか言ってたのになー」

「まぁたエトさんはその話を蒸し返しなさる……」


 照れくさそうにマホロは後ろ頭を掻く。


「あっしにも可愛らしい頃がありやしたねえ。さぁて参りましょうや。里じゃ皆が御二方を心配してお待ちしてやすよ」


 静かに歩きだすマホロ。

 その後ろを2人が付いていく。


 烏が鳴いている。


 ──誰もいなくなったその場にはただ滅びた村が残される。


 ………………………………………………。


 …………………………………。


 ………………………。


 聖皇歴703年。

 ここはこの世界で唯一、人と妖怪の暮らす大地……北方大陸。

 突如として現れた妖怪王が魔軍を率いて人の国々に戦いを挑んで10年。

 戦火は広大な大陸全土に広がっており、滅びた国の数は既に数十に及ぼうとしている。

 魔軍は日に日に規模を拡大させ続けている。

 また、各地で魔軍には属していない妖怪たちも虐殺や略奪を繰り返している。


 緩やかに……だが確実に。


 北の大地の人類は滅亡に向かっていた。



 残された人々がようやくまとまり魔軍への対抗組織ができるまでにはまだ1年。

 そして、真に闇を打ち払い絶望の時代を終わらせる「救世主」が歴史の表舞台に姿を現すまでにはまだ5年の時を人々は待たねばいけなかった。


 ───これは、一人の少女が『英雄』になる物語。

 そして、彼女を教え導いた一人の師の物語である。


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