【1-5】親子とは

 それから少し経って、ノルドとシルヴィアがそれぞれ材料を持ってくるとついに調理が始まった。

 まずは焼きそばからと言われ、次々と鉄板の上に落とされる肉や刻まれたキャベツなどを炒めていくのだが……


「ほらもっと手を動かせー麺入れたら鉄板にひっつくぞー」

「なんでお前もやらねえんだよ⁉︎」


 あれだけさっき教えてきた割には、ただ見つめるあいつに俺は声を荒らげる。それに対しキリヤは腕を組んではっきりと言った。


「そりゃあ、お前はここの長男なんだから当たり前だろ」


 長男と言われ手を止める。そしてキリヤを見れば、キリヤは首を傾げた。

 焼ける音が部屋に響く中、キリヤは手が止まった俺に再び動かすように催促すると、俺はそれに従いながらも思った事を口にする。


「お前は……俺の事、家族みたいに扱うよな」

「あ? そうか?けど、コハクあいつと血は繋がっているんだし、間違いじゃねえだろ」

「それはそう、だけど」


 けど、魔鏡守神まきょうのまもりがみの血もひいている俺達の事を嫌っているんじゃないのか。

 そう考えつつも言葉にできず、もどかしい気持ちのまま黙って手を動かせば、ここでノルドが調味料らしき粉をかけていく。

 美味そうな香りが鼻腔の中に入ってきて、空腹をより刺激する中、キリヤはまた昨晩のように穏やかな笑みを浮かべ言った。


「何だろうな。あいつの子だからってのもあるんだろうが、何かしてやりたいって思うんだよな。本当だったら……まあ、それはもう叶わねえ話なんだが」

「……何だよそれ」

「……いや? ま、それよりも次はお好み焼きだ。さっさと皿に分けて、鉄板空けるぞ」


 最後、一瞬目を逸らしたキリヤは作った焼きそばを皿によそっていく。

 何故キリヤは目を逸らしたのかと、自分の中で引っかかっていると、ノルドが手を叩いた事でそちらに意識が向く。


「さて、フェンリルが頑張ってくれたし、お好み焼きは僕がやろうかな」

「おー、頑張れ。俺は食べながら待つからよ」

「キリヤも手伝ってほしいんだけどな」


 さっきから指示しかしてないじゃんと、引き攣った笑みをしながらノルドが呟けば、キリヤはそっぽを向いて焼きそばを食べ始める。

 そんな態度のキリヤに俺も呆れるが、よそった山盛りの焼きそばを口にすると、すごく好みの味だった。


「うまっ……⁉︎」


 感想を言うと、キリヤがこちらを向き得意げな表情をする。いかにも自分が作ったような様子だが、キリヤは鉄板以外関わっていない。

 それでも、焼きそばの味に感動し食べ進めていると、傍ではシルヴィアが朱雀すざく様から何かを貰っていた。


「目玉焼き乗せるとさらに美味しいよ」

「そうなんですか?」

「四神とはいえ鳥なのに卵料理大丈夫なんですか」

「それよく言われるけど、鳥も鳥食べるから」


 ノルドの問いに対し、朱雀様は無表情で返す。そう言う朱雀様の皿には二つの目玉焼きが乗っていた。

 シルヴィアは俺の視線に気がついたのか、貰った目玉焼きを皿ごと前に出し、「食べますか?」と訊ねてくる。


「いや、これはシルヴィアが貰ったものだから」

「……じゃあ」


 やんわりと断るが、シルヴィアは少し考えた後新しい箸で半分に分け、片割れをこちらの皿に乗せてくる。

 優しいなと思いつつ、「いいのか」と訊けば、彼女はにこりとして頷く。


「ありがとな」

「いえ」


 礼を言って、半分に割れた目玉焼きと共に口にする。卵のおかげで少しマイルドになり、これはこれで好みの味だった。

 最後まで食べてしまい皿を空にさせれば、今度はそこにノルドが作っていたお好み焼きが乗せられる。鰹節が揺れ、焼きそばとはまた違うソースの香りが食欲をさそった。

 いただきますと言って箸で切り分け、口にすれば熱々ながらも様々な甘味と旨味がやってくる。材料は焼きそばと似ている気はするが、これはこれで美味かった。

 変わりがわりに作りながら、大小様々なお好み焼きを味わい、楽しい夕飯の時間を過ごした後、沢山の洗い物をノルドとしながら話をした。


「美味しかった?」

「ああ、美味しかったよ。ありがとな。俺達の為に」

「ふふ、楽しんでいただけたみたいで良かったよ」


 礼を言えば、ノルドは笑む。

 背後では何かを見ているのか、キリヤと朱雀様の楽しげな声が聞こえてきた。

 その声を聞きながら、泡だらけの皿を水で流すと、俺はふと先程のキリヤの言葉を思い出しノルドに聞いた。


「そういや、キリヤと母さんってどういう関係なんだ? 親子……ではあるんだろ?」

「そう、だねぇ。俺から見ても親子だと思うんだけど……でも本人は違うって言うんだよね」

「それは、血が繋がっていないからか?」

「と、言うよりは、主従だからっていうのもあるかも」

「主従関係……」


 確かに昨晩、キリヤは母さんの両親に仕えていたとは言っていたが。

 でも、俺に対する態度はそう主従の息子だからとか、そんな感じではなくて。なんか母さんと話している時みたいに、暖かく感じた。

 流した食器をカゴに入れると、気配を感じて振り向く。


「どうした?」

「タバコを吸いにきた」

「ああ……」


 キリヤの手で揺らされる箱を見て理解すると、コンロの傍を空ける。そこにキリヤが入り、キッチンが狭くなると、隣から煙が流れてきて無意識に身体を避ける。

 キリヤはそれを見つつも、煙を吐いて短くなったタバコを灰皿に押し付けると、二本目を取り出す。


(まだ吸うのか)


 そう思っていると、キリヤは火をつけそれを口にしながら言った。


「お前はルーポ・ルーナを手に入れたら戻るのか?」

「そう、だな。目的はそれだし」

「目的か。誰かに命じられたって感じではなさそうだが……あの神器で何をするつもりだ?」


 聞かれ俺は少し考えた後、隠さずに答える。


「魔鏡守神を倒す」


 その答えにキリヤは目を開き、隣で洗っていたノルドも驚く。キリヤはともかく、ノルドも驚いているという事は、朱雀様達は全てを彼らに話したわけではないらしい。

 じりじりとタバコが燃えていく中、キリヤはから笑いしながら「マジか」と言う。それに俺は頷くと、キリヤは頭を抱え息を吐いた。

 先程とは一変し、ピリピリとした空気になっていく中、キリヤは低い声で言った。


「んな理由だったら渡さねえ」

「⁉︎ な、何で」

「決まっているだろ。実の親を手に掛けようってんだ。いくらあいつがどうであれ、そんな大罪させる訳にはいかないんだよ」


 ましてやあいつの武器で。

 そう言われ、俺はぐっと喉元まできたものを堪える。だが、一つだけどうしても許せないものがあった。ずっと否定したいもの。それを俺はキリヤに言い放った。


「魔鏡守神は俺の親父じゃねえ……! あいつを親なんて認めたくない‼︎ ……あいつは、母さんを……」


 俯き言いかけた所で、目の前にタバコが落ちる。そのタバコは俺達の足元に落ち、床の上で燻る。

 だが、キリヤはそんなタバコよりも俺を凝視したまま訊ねた。


「コハクに何か……あったのか?」

「っ⁉︎」


 知らなかったと言わんばかりのキリヤの様子に、俺はハッとなると咄嗟に目を逸らした。


※※※


 それからというもの、再び空気は悪くなってしまった。俺とキリヤは終始無言のまま、挨拶も交わさずにそれぞれの部屋に移る。

 けれど寝床についた所で一向に眠れず、夜風に当たろうかと家の外に出れば、そこには朱雀様がいた。


「……ここで何をしてるんですか?」

「ん? 月見かな。と言ってもここは小さいけど」


 そう言って指を指す方向には、階段の踊り場に切り抜かれた大きな窓の外だった。高い建物が夜空の殆どを隠す中、僅かにだが月の光が見えた。

 膝を抱える朱雀様の横に俺も座れば、眠れないのかと聞かれる。


「はい……まあ、多分昼間まで寝ていたっていうのもあるんですけど」

「だなあ。それは俺も同じだけど。でも、それだけじゃないんだろ?」

「……恥ずかしながら」


 苦笑混じりに頷けば、朱雀様は表情を変えず「やっぱり」と返す。そして続けてこう言った。


「多分だけど、スターチス的にはルーポ・ルーナを手に入れてくるっつーよりは、お前の為に行かせたんだと思う」

「俺の為?」

「うん。って言っても、俺もいまいちスターチスあいつの考えている事が分かんねえ時もあるんだけどな」


 あくまでも俺の勘。そう朱雀様は笑って言うと、立ち上がり踊り場の窓に向かう。

 その窓枠に朱雀様が飛び乗り、どこに行くのかと聞けば、朱雀様は背後を親指で指しながら言った。


「ちょっと報告しに一旦魔鏡に帰るよ。明後日には戻るからそれまでに頑張りなよ」

「あ……はい」

「んじゃ」


 手を振り、朱雀様はそのまま飛び降りる。立ち窓に近づけば、下から赤い炎に包まれた鳥が上がってくる。

 目と鼻の先を炎が掠めれば、その火の鳥は空高く上がりやがて小さくなって消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る