【1-4】見知らぬ食べ物

「獣人や半獣人が敵と見做される領域か……」

「ああ」


 俺の言葉にキリヤは頷くと、俺はスターチスの話を思い出しながら納得する。


「通りで獣人や半獣人が身を隠して生きているわけだ……けど」


 なんでそんな事をここの領域の神は考えたのだろう。分かるのと同時にそんな疑問が思い浮かぶ中、キリヤは何本目かのタバコを吸いながら言った。


「所でお前さん、その姿は本物か?」

「ん?あ、いや違う」

「じゃあこの際だ。実際の姿になって語り合おうや」


 そうニヤリと無邪気な表情を浮かべながら、キリヤは右腕に嵌めていた腕輪に手をやる。

 まだ語り合うのかと時計を見ながら呆れていれば、キリヤから催促され、渋々手首の青いリストバンドを掴む。


「せーのでいくぞせーので」

「子どもかよ」

「せーの‼︎」


 被せるようにしてキリヤは声を上げると、二人して腕輪やリストバンドを外す。

 すると聴力が上がり、一方で腰あたりがデニムによって窮屈に感じ始める中、目の前に黒毛の大きな狼の獣人が現れた。


「……」


 思わずあんぐりと口を開けていると、俺を他所にキリヤは目を細め「やっぱり似ている」と言った。

 見た目とは違って優しげなその声色に、俺はまた驚いてしまうと、キリヤは口にしていたタバコを灰皿に押し付けた後、身を乗り出し俺を見つめる。そして大きなその手で両肩をトントンと叩いた。


「逞しく、育ったんだな……」

「……」


 まるで我が子の成長を喜ぶような声に、俺は目を逸らす。今の歳になってそう言われた事はあまり無かった。

 嬉しくもあり恥ずかしくもある中、俺はされるがままになっていると、肩に置かれた手が突然胸元に降りてきて鷲掴みになる。


(は?)


 さっきとは一変し、胸を掴まれた事に固まっていると、キリヤはとんでもないことを口にした。


「んーここは母さん似か」

「ッ……お前‼︎‼︎‼︎」


 自分でも驚くくらいに声を上げる。キリヤの傍にいたノルドは頭を抱え、やれやれといった表情で眺めていた。


※※※


 窓から日が差し込む中、重い頭を上げると、見慣れない無機質な天井が視界に入る。

 一瞬ここがどこか分からないでいると、すぐ傍で腕を広げて眠る朱雀すざく様を見て思い出し、身体を起こした。


(ああ、そうだ。ここはノルドの家か)


 普段は徹夜してもそう身体に響かないのだが、やはり慣れない場所なだけに疲れもあったのだろう。

 未だに眠気が取れないまま欠伸しながら部屋を出ると、左頬に湿布を貼ったキリヤの姿が目に入る。姿は出会った時の様に人の姿に戻っていた。


「おそよう。もう昼飯だぞ」

「ああ……昨晩寝るのが遅かったからな……ふあぁ」

「お前半神だろ。んな徹夜ぐらいで」


 そう馬鹿にするキリヤに、キッチンからやってきたノルドが呆れながら言った。


「あのね。フェンリルは昨日来たばかりなんだよ。昨日今日くらい休ませてあげないと」

「んな弱っちい奴じゃないだろ。なあ、シルヴィアちゃん」


 話を振られ、ノルドの隣にいたシルヴィアが困ったように笑う。俺が寝ている間に随分とシルヴィアはキリヤ達と馴染んでいるようだった。

 俺は頭を掻きながらも、ジト目でキリヤを見つめれば、キリヤは寝そべっていたソファから身を起こし、テーブルの上から足を退かす。


(行儀悪いな……)


 と、口にはせずとも思っていると、ノルドはそのテーブルを拭いて食事を持ってくる。


「簡単なものだけど」


 そうノルドが言いながら俺の前に置いたのは、湯変わった容器の何かであった。

 紙っぽいペラペラした蓋がくっ付いていたが、そっと容器に触れてみればかなりの熱を感じる。

 ふと隣に座ったシルヴィアのを見れば、俺とはまた違う縦長の小さい何かである。


「これは一体……」


 疑問を口にすれば、キリヤが「知らないのか」と返す。少なくとも俺達の領域ではこんなものは見た事がない。


(それに何だこの袋みたいなものは)


 これも食べ物なのかと、蓋の上に置かれている袋を見つめていると、ノルドの方から音が聞こえる。


「あ、三分経ったね。シルヴィアちゃんのは食べていいよ。キリヤとフェンリルは後二分ね」

「時間が経てば食べられるのか」

「うん。あ、食べる前に蓋の上に置いてる粉入れてよ。キリヤは自分で湯切りしてね」

「へいへい」

「湯切り?」


 ますます分からないでいると、先に出来たと言われていたシルヴィアが蓋を開ける。覗き込めば麺的な何かがあった。


「いただきます」


 そうシルヴィアは手を合わせた後、フォークを持って口にする。容器からしてノルドと似た様なものらしい。

 美味いかと恐る恐るシルヴィアに訊ねれば、不思議そうな表情を浮かべながらも彼女は頷いた。


「初めて食べる味……なんですけど、美味しいです」

「そうなのか……」


 美味しいのならば良い……いや、まあ折角用意されたものだから文句は言えないのだが。

 そうしている内に俺のも出来ると、言われた様に蓋を開け粉を入れるとスパイシーな香りが鼻につく。


(これ、カレーってやつか)


 前にエメラルで口にした事のあるあの料理と似た匂いがする中、木の箸で上手くかき混ぜ口にする。


(ん、やっぱりカレーだな。けど、なんだこの味)


 食べた事のないものだが、美味かった。

 箸で食べるものだから聖園みその領域の料理的な何かだと思うが、なるべくスープが跳ねない様に気をつけて口にしていると、キリヤは茶色い麺をすごい勢いで啜っていた。


「キリヤのそれ……何だ?」

「ん、焼きそばだが」

「焼きそば」

「……もしや、それも知らないのか」


 言われ素直に頷けば、ノルドも驚き食べる手を止める。


「焼きそばないの⁉︎」

「ないな。初めて知った。蕎麦って料理はあるけど……」

「うーん。それとはちょっと違うんだよな」

「これはちゃんとした焼きそばを食べさせないとな」

 

 深刻そうにキリヤが言えば、珍しくノルドも頷く。焼きそばというのはこの領域にとって、そんなにメジャーなものなのだろうか。


「ちょっと待って。もしやお好み焼きも知らない?」

「それも知らないな」

「「⁉︎」」


 ノルドの更なる問いに答えれば、二人はかなりのショックを受ける。そして俺達に背を向け、話し合いを始めた。

 そんなに当たり前なものなのだろうかと思いきや、キリヤが勢いよく振り向き言い放った。


「今日はお好み焼きパーティだ‼︎ いいな‼︎」

「あ、ハイ」

「焼きそばも作るからね‼︎」

「え、えと……あ、分かり、ました」


 二人に気圧されて、俺達は頷く事しか出来なかった。

 昼食をかき込んだ二人は、麺が何だ粉が何だと綿密な計画を立てた後、ノルドは飛び出す様にして買い物に出かけていった。

 ノルドが出ていった後を、俺とシルヴィアは廊下で唖然として見つめていると、キリヤもまたどこかに出かけようとする。

 どこに行くんだとキリヤに尋ねれば、近所から道具を借りてくるという。


「そんなに大掛かりなものなのか」

「まあ、フライパンでも出来なくはないが今回は鉄板の方が良いだろ。取りに向かうから、お前達は部屋を片付けていろ」

「わ、分かった」


 いってらっしゃいと言ってキリヤを見送れば、俺達は顔を見合わせる。


「と、とりあえず……部屋片付けましょうか」

「そうだな」


 互いに頷きあうとリビングに向かう。

 キリヤが飲み捨てていた空き瓶などは、既にノルドによって片付けられていたが、テーブルを拭いたりしていると、キリヤが戻ってくる。

 中々な大きさの鉄板を抱え、リビングに戻ってくれば、今まで寝ていた朱雀様が欠伸しながら部屋から出てきた。


「何、何するの」

「なんか、お好み焼きパーティ……って」

「あー……なるほど」


 俺の説明で大体状況を察した朱雀様は、テーブルに鉄板を設置するキリヤを見つめる。

 あっという間に準備が出来た頃になると、ノルドも沢山の袋を抱えて帰ってきた。


「お腹空いたよねー! すぐ準備するから!」


 そう言ってキッチンに向かうノルドに、俺達も手伝おうとついていく。が、俺だけキリヤに止められるとヘラを持たされ、焼く練習をさせられた。

 果たして焼く練習は必要なのだろうか。そんな事を考えながら、二人して鉄板の上でヘラを動かしていると、それを見ていた朱雀様が一言呟いた。


「なんかたこ焼き食べたくなってきた」

「たこ焼き?」

「たこ焼きなら真昼ヌーン領域行ってこい」

(真昼領域ってどこ)


 いきなり現れる見知らぬ領域名にキリヤを二度見すれば、キリヤは応じる事なくずっと手を動かしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る