夜明けの氷狼

チカガミ

【プロローグ】廃ビルの男(キリヤside)

「ったく、遅えなぁ」


 港近くの廃ビルで一服。煙を吐きながら何本目かの紙タバコの灰を落とすと、真っ暗な水面の向こうから微かに光が見えてくる。

 もしかしてこれか?

 そう思いながらその光を注目していると、タイミングを見計らった様に、ジャケットのポケットから着信音が流れてくる。取り出して出れば、ノルドの明るい声が聞こえてきた。


『もうすぐで港に着くけど、来られる?』

「ああ……もう近くにいる」

『それは良かった。じゃあ、後少し待っててね』

「ああ」


 軽く返事をし、携帯をポケットに戻すと、短くなったタバコをその場に落とし革靴で踏みつける。

 背後のビルの隙間からは、車の走行音に混じり、時折クラクションやサイレンの音が聞こえてくる。

 慣れた様に包みからまた紙タバコを取り出そうとするが、既に空になっている事に気付き舌打ちすると、くしゃりとその包みを握りつぶしその場から離れた。

 船が見えてきたとはいえ、ノルド達が降りてくるまでにはだいぶ時間も掛かるだろう。それまでにタバコを買いに行っても良いが、カードにはあまり金が入っていなかった。


「ったく、高過ぎるのもあれだな」


 そう文句を漏らしながら、店へ向かおうとすると、どこからともなく足音が聞こえてくる。自分も来といて何だが、こんな廃ビルに集まってくるのはロクな人間ではないだろう。良くてチンピラ、最悪は……。

 と、そんな事を考えていると、外付けの非常階段からも足音が聞こえてきた。


(あーあ、こりゃ厄介な奴らが来たな)


 ため息を漏らし、腰に下げていたホルスターの銃に手をやる。するとやはりというか、現れたのは笑みを浮かべた真っ白な仮面の集団であった。

 さも聖徒だと示すかのように、白いローブに身を包んでいるが、その仮面と手にしているチェンソーなどの凶器のせいで、ただのやばい奴らにしか見えない。まあ実際の所やばい奴らで間違いではないのだが。


「悪神キリヤ! 今ここで成敗す!」

「おー、やってみろ。やれるならな」


 セリフだけは物語に出てくる勇者そのものである。

 正義感溢れる信者達に、俺は笑って挑発はしてみるものの、内心面倒の二文字でいっぱいだった。


(攻撃すりゃ、余計面倒になるだけだからな……)


 彼らにとって自分が絶対悪である以上、無闇に傷付ければ益々生きづらくなる。せめて本当に自分を成敗出来るだけの力があれば良いのだが。

 さて、どうするかと周囲を見渡すと、先程信者達が上がってきた非常階段が目に入り、隙を見計らって信者の囲いから抜ける。


「⁉︎」

「ま、待て! 卑怯だぞ‼︎」


 信者達が声を上げ追いかけるが、時既に遅く。階段の手摺りを掴んだ俺は簡単に乗り越えて飛び降りる。

 そこまで階は上っていないが、通常の者だと無事では済まない高さである。上から何か叫んでるのが聞こえたが、無視して地面に一回転がり着地すると、そのまま逃げていく。

 生暖かい潮風と共に廃ビルの隙間を通り抜け、信者達を振り切った後、何事も無かったかのようにその足で店へと向かった。

 

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