第72話 地下施設の番人

「なにか見えたか!?」


 そう問いかけると、モニカは緊張した面持ちで首を縦に振る。


「ガトーはだいぶ前から、この壁の向こうに出入りしてたよ!」


「この壁がガトーの計画の入口か……」


 モニカの指摘した壁に触れてみる。

 それはこの闘技場が建設された当時があるように古ぼけていて、細工や工事を施された形跡はない。


 となると、ガトーは物質を組み替える"錬金術"の力を使って、ここに入り口を作っていたようだ。


 ならこの先に何かがあるのは間違いない。


「モニカさん、この先で間違い無いんですね?」


「はい! 間違いありません!」


「ここでしたら構造的に問題ありませんね……トーガ様、少し離れていただけませんか?」


 背後からのパルの不穏な空気を感じ取り、思わず身を引く。


「てぇぇいっ!」


 可愛らしいが、しかし気合いのこもった声と共に、パルは拳を突き出す。

 彼女の細腕から全く想像できないほどの強力な腕力が、壁を一瞬で突き崩す。


「おねえちゃんのパンチは相変わらずすごいねぇ〜。モニモニ、ちゃんとしといてくれた?」


「うん! ちゃんと遮音の術はかけておいたから、今の音は聞こえてないはずだよ!」


 ピルとモニカはのほほんとこの惨状の話をしているが……ここは国立というか、王の個人的な持ち物なので、みられたらやばいぞ……とはいえ、この先の闇の中に正解があれば、むしろこの行為は称賛に値するわけで、不安と期待は五分五分といったところだ。


「私が先導します! 2人とも何があってもしっかりトーガ様をお守りしてね!」


 パルが率先して突き崩した壁の向こうに現れた闇の中へと飛び込んでゆく。


 俺たちもパルに続いて闇の中へ飛び込んでゆく。


 闇の中には下へと続く人工的な階段があった。


「トーガ様、ここで間違いなさそうです。こちらの施設の建設図にこのような地下施設の記載はありませんでしたし」


「そもそもここの入口は壁で塞がれていたんだ。間違いないだろう」


「そうですね!」


 そんな会話をパルと交えつつ、階段を降りてゆく。


 突然視界が開け、俺たちが広いところへ出たのだと感じる。


 しかし暗闇に閉ざされ何も見えなかったので、掌に光源魔術を発生させ暗さを払拭する。


 そしてその先に見えたのはーー


「ひぃっ!?」


「モニモニ、しーっ!」


「ご、ごめんなさい……」


 しかしモニカが悲鳴を上げるのは無理もない。


 だってこの空間の天井には、まるで首吊りのように多数の人の形をした影がぶら下がっていたのだから。


「このお人形って……」


「間違いない、ホムンクルスだ」


 パルへそう言葉を重ねる。


 今、目の前の天井へ無数にぶら下がっているのは錬金術師のもう一つの哨兵の"ホムンクルス"とみて間違いなかった。

しかも、これを製造したのがガトーならば、これの一体一体が奴のコピーのようなもの。

国家を転覆させるには、十分すぎる戦力である。


「このホムンクルスはまだ起動前のようですね。でしたら……ピル、モニカさん!」


 パルの言葉に応じ、ピルは肩に乗せたイービルアイのマスタングくんの目に赤い輝きを宿らせた。


 モニカも錫杖に魔力を輝きを宿している。


「ちょっと待ってくれ、みんな。こいつらを倒すのは、後回しにしよう」


「でも、今だったら動いてないし楽勝じゃない?」


 たしかにモニカのいうことも一理あるし、ガトーの企みをぶっ潰すだけならば、それでもいいのだろう。


「今回はガトーを倒すのと同時に、奴が錬金術師だったと知らしめる必要がある。相手が何をしかけているのかはこれでわかったんだから、こちらは後手に回った方がいいだろうと思ってな」


「たしかに……相変わらず考え足らずでごめんなさい……」


「いや、良い。それに、それどころではなさそうなのでな!」


 ここに来てからずっと感じていた、薄い気配の方へ視線を向ける。


「あらあら、もしかしてずっとお気づきでしたかぁ?」


「ええ、気づいてましたよ。ずっとあなたの気配には……チル・ナ・ルル!」


 闇の向こうから現れたのは、パルやピルと同じく銀の髪に、雪のように白い肌をもつシフォン人の女性。


「違いますぅ! 私はガトー様の妻なので、チル・ナ・ガナッシュですぅ! 訂正してくださぁーいっ!」


 以前、屋敷であった時と同様のリアクションを返してくるチル。

そんな風にひょうげてはいるが、彼女からうっすらと放たれている禍々しい雰囲気は見逃さない。


「旦那様、誰も来やしないって安心してましたが、やっぱりこうして警備していていで大正解だったですぅ!」


 そんなふざけた態度を見せるチルの背後の闇に、無数の怪しい輝きが灯る。


 チルはすでに、何体かのホムンクルスを目覚めさせていたようだ。


「それではゴキブリ退治の時間ですぅ! 旦那様の邪魔をするゴミムシは排除しちゃいますぅ!」


 チルの指示を受けて、複数のホムンクルスが床を滑るように、こちらへ接近してくる。


 ガトー製造ということは、このホムンクルスも魔術を扱う。


 下手に暴れれば、この地下施設が崩壊しかねない。


 この施設はガトーの要であるのは明らかで、奴の真実を明るみに出すためには、ここを無傷で手に入れる必要がある。

 この条件を満たしつつ、目の間の敵をまとめて駆逐するためにはーー


「パル」


「わかっております。ピル、モニカさん、我々は行きますよ!」


「おー!」


「は、はいぃっ!」


 パルに促され、ピルとモニカは彼女に続いた。


「ひさびさなんだからトーガさまに良いところみせないと! マスタングくん、新技みせちゃぇー!」


「ーー!!」


 ピルの指示を受けた大目玉に翼をつけた魔物イービルアイのマスタングくんが、まぶたを大きく開いた。

途端、こちらへ進んできていたホムンクルスの足がぴたりと止まる。

 光沢のあった足が光を失い、石に変化している。

どうやらピルはマスタングくんへ"石化睨み"の術を覚えさせたらしい。


「モニモニ!」


「あたしもトーガくんにかっこいとこみせないと! 神聖大爆ホーリーノヴァァァァ!」


 モニカが甲高く、そして荘厳に鍵たる言葉を叫び、リンと錫杖を鳴らす。


 足が石化したホムンクルスを白色の大爆発で包み込む。


 その威力は凄まじく、ほとんど全てのホムンクルスを吹っ飛ばし、四肢を捥ぎ、戦闘不能へ追い込んだ。


 しかし、ホムンクルスたちは破壊された部分を液体のように伸ばして、吹っ飛ばされた四肢を繋ぎ始めた。

更にそのまま虫のように床を這って、ピルとモニカへ進んでくる。


「うわぁ……」


「気持ち悪いっ! もっとやっちゃおうピルちゃん!」


「だねぇ! じゃないとどうにもならなさそうだもんね!」


 2人は再びホムンクルスを吹っ飛ばそうと、構える。


 そんな2人へ笑顔で進んでゆくのは、およそ人とは思えない脚力を発揮するチル・ナ・ルル。

彼女の五指の爪が、まるで武器のように伸び、闇の中へ鋭利な輝きを放つ。


「あらぁー!?」


 突然、チルの爪が砕かれ宙を舞い、彼女はのんびりとした声を上げた。


「あなたのお相手は私が勤めます!」


 パルはチルの前に立ち、美しいファイティングポーズを取る。


 そんなパルをみて、チルは少々残念そうな表情を浮かべた。


「あらあら、パルさん……あなたとは、同じ素敵な旦那様を持つシフォン人として、殴り合いなどではなく、ゆっくりお茶でもしたかったんですけどぉ?」


「そうですね、私も同じ気持ちです! ですが!」


 パルの素早い回し蹴りを、チルは再生した爪で受け止めた。


「トーガ様はあなた方を"討つ"と決めたのです! ならば、私はそのご意志に従うのみ!」


「ふふ、奇遇ですねぇ! 私もガトー様を邪魔する者は何人たりとも許さないんですぅ!」


 パルとチルは、地下施設の闇の中へ、幾重もの銀の軌跡を描きながら激しくぶつかり合う。


ーーそして俺は3人が頑張ってくれている間に、準備を進めているのだった。

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