第40話 お前は俺の夢の礎となってもらう!

「お久しぶりですね、クーべ・チュールさん。やはり貴方でしたか。それで、俺が"成功例"とはやはり?」


「んふふ……トーガ・ヒューズくん! 貴方はローレンスや他の方々と違い、我が錬金術の唯一の大成功例なんですよ!」


 クーべは興奮気味に懐から、ガラスの円筒に入った、赤く煌めく液体とも固体ともとれる物質を取り出す。


 エマ教授の研究室で見た遺留物である赤い粉末、そしてこの男から貰ったアゾットという短剣にはめられていた赤い宝玉と同じ輝きを放つソレ。


「それは?」


「これこそ私の長年の研究の成果の結晶ーー賢者の石になります」


 賢者の石ーー聞いたのことのない、魔道具名だった。

しかしそもそも、この赤い何からは魔術的な要素が一切感じられず、そもそも魔道具かどうかも怪しい。

そんな怪しいものを平気で使ってくる。


 やはりコイツは正真正銘の、我が国ケイキでも異端視されている"錬金術"を扱うものであるとははっきりとわかった。


ーー錬金術はここ数十年で、精霊の力に頼らず、人の力によって奇跡を起こそうということを目標に生まれた術の一派だ。


 しかし、精霊を愚弄した態度、魔力経路手術といった悪名高い術方を編み出したことで、我が国では異端者、異常な連中だと位置付けされている。


「この賢者の石こそ、我が錬金術の要。これはですね! 魔力経路手術といったものに頼らず! 魔力経路の再構築が可能な代物なんですよぉ! ちなみに……ほら、私の魔力を感じてごらんなさい」


 有無を言わさず、クーべから魔力の気配が放たれる。


 もしも俺が並の人間や魔術師であったのならば、この男の魔力に魅了され、正気を失っていたことだろう。

それほど、クーべの魔力経路は最適化をされていると感じる。


「私は元々、こっぱな魔術師でした……魔力経路があるにも関わらず、ロクな魔術も行使できず、皆に馬鹿にされてばかり……! とはいえ、魔力経路手術を受ける勇気も、金もない……でも、その時、出会ったのが錬金術なのですっ! そのおかげで!」


 クーべの付近に雷の精霊サンダルガの気配が湧き、奴の手から雷弾が放たれた。

しかしすぐさまハーディアスが現れ、黒衣でその雷弾を霧散してくれる。


「お前、錬金術師の癖に、魔術を扱うんだな?」


「んふふ……使えるものはなんでも使う。私の主義でして! だから、ほうらぁ!」


 ついでクーべは手先から魔術ではない、別の力を発する。

その力は道に敷き詰められたレンガを不思議な力でより集め、変容させる。

レンガブロックは、まるで壁のように変容し、俺をぐるりと取り囲んだ。


「錬金術は物質の構成を理解し、組み替える人の奇跡。精霊などという不確かな力に頼らず、こんな芸当もできるのですよぉ!」


 レンガブロックの壁の上に立つをクーべはそう自慢げに声を放った。


「なるほど。となると俺はお前から貰った、アゾットとかいう短剣に施された錬金術のおかげで若がり、魔力経路が最適化されたと」


「その通りっ! 錬金術の結晶、この賢者の石によって、貴方の肉体と魔力経路は再形成され、今の姿となったのです!」


「……」


「貴方は唯一にして無二の最高の結果なのです! しかも貴方はその力を使って、新規の冒険者として、あっという間にSランクにまで上り詰めた! これもまた素晴らしい結果ですっ!」


「まさか、お前がかつての俺の死亡届を?」


「いつまでも、過去のトーガ・ヒューズが残っていては色々と生まれ変わった貴方が自由に行動できないと思いましてね。ささやかな、私からのプレゼントでしたよ、ふふ……」


 公的機関に簡単に手入れができる……コイツは一体何者なんだ?


「さっき貴方が殺したローレンスくんも、良いところまでは行ったんですけどねぇ……内服ではあまりうまく行かなかったので、血管への注入にしましたが、やはりそれでも……後学のために、貴方はどのように賢者の石を練り込んだアゾットをどう接種したのかお教えいただけませんか?」


 そんな俺の疑問などさておき、クーべは1人語りを続けている。

 どうやらローレンスは、他の被害と同じく、コイツの錬金術の実験材料にされていたらしい。

ローレンスが妙にクーべのことを慕っていたのは、こいつが最適化させた魔力経路の魅力に惹かれたためだろう。


「それで、あんたは俺に何を望んでいるんだ?」


「トーガ・ヒューズくん、私と一緒に世界を変えませんか!?」


「世界を変えるだと?」


「私も、貴方も元々はクソ野郎! 路傍の石よりも酷い人生でした! でも我々は錬金術という人の編み出したこの力で、人生を変えることができました! 錬金術は素晴らしい! 錬金術こそ最高! この素晴らしさを広めつつ、私たちを馬鹿にし続けた、この世界へ復讐をしましょーーーーっ!?」


 不愉快な演説を、風の魔力を打ち込んで中断させる。

 クーべは舌打ちをしつつ、それを回避し、再び俺の背後の壁の上に降り立った、


「なんのつもりですか? 少なくとも私は、貴方の人生を救った恩人ですよ?」


「ああ、そうだな。あんたがくれたアゾットのおかげで、俺は生まれ変わることができた。その事には大変感謝をしている」


「でしたら!」


「だがーーお前は、今、俺の獲物なんだ」


 俺は頭上のクーべを睨みつける。

すると奴の顔から、これまでの余裕がなくなり、息を呑んだ。


『恐れてイルナァ……クーべ・チュールは……ワタシとオマエのことを! クカカカカ!』


 ぬぅっと現れたハーディアスは、実に楽しそうな声をあげる。


「え、獲物とはどういう……?」


「クーべ・チュール……もしもあんたと別の出会い方をしていたならば、俺はあんたの甘言に誘われて手を組んでいた可能性もある。だけどな!」


 今度はファイヤーボールを放って、正面を塞ぐ煉瓦の壁を砕く。

その先にいたクーべは苦々しい表情を浮かべている。


「な、なんですか!? こんな事件を引き起こした、私を許せないとでも? だからやっつけると?」


「はははっ! 確かに本当に若かった頃の俺なら、そんな青臭い意志の下で、あんたと戦う決意を固めていただろうな!」


 無造作に風の刃をクーべへ向けて放つ。

奴も錬金術と魔術で壁を作り、俺の魔術を防ぐが、こちらの放つ刃の数の方が圧倒的。

奴は致命傷こそ避けられたものの、風の刃にさまざまなところを切り付けられている。


「世界への復讐……そんなのどうでもいい! お前を捕らえ、王国騎士団へ突き出すことで、俺は俺の夢へ、家族の夢へまた一歩近づくことができる! 俺はそのためだけに行動をしている!」


「夢って、貴方はそんなくだらないことのために……?」


「俺は王国魔術師となって、魔空を潰し、パルとピルの国を取り戻し、モニカを一人前のSランク冒険者に育て上げる……この夢の礎となってもらうぞ、クーべ・チュール!」

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