第27話 余裕のトーガ

「お、おい、まじでやんのかよ……?」


 ローレンス一行の盾役・エディは目の前の塔のように高く、巨大な"蟻塚"を見上げてそう言った。


「当たり前じゃん! ウチらあのトーガってガキに大恥かかされたんだよ! このまま黙ってなんてられないわ!」


 異様に高飛車でプライドの高いリナは、過日の出来事にいたくご立腹な様子であった。


「ローくん、エディ! さっさとやって!」


ーーここで躊躇ってはリナにもっとどやされるに違いない。

それにもし、ここでエディが蟻塚へ先に手を出したら、それこそ"本物の恋人"である自分の立場危うくなってしまう。

後先のことなど考えず、ここは自分が剣を振り落とす時!


「リナ! エディ、下がってろ!」


 ローレンスは剣を抜き、研ぎ澄まされた刃へ魔力をこめてゆく。

やがて、集中的な魔力の注入によって攻撃範囲と切断力が増した剣が、巨大な"蟻塚"を真っ二つに切り裂く。

するとすぐさま"キチチチ!"といった怪音が、森中を席巻する。


「こっちもやられる前に、逃げるぞぉーーーー!!」


ローレンスの一声で、一行は走り出す。


 蟻塚から飛び出してきたのは、獣にしては小さく、しかし虫にしては巨大な魔物。

正面にあるものは、たとえ鋼の鎧だろうと、巨大な魔物だろうと飲み込み、食い荒らす黒い絨毯。


 ローレンスたちは、トーガの昇段要件であるキークエストを邪魔をするべく、獰猛な魔物・ソルジャーアントの大群を目覚めさせたのである。


 この時の、ローレンス一行は、逃げるのに夢中で、自分たちの行いを見つめている視線に気づかずにいた。


⚫︎⚫︎⚫︎


「うっ、うう……ううううっ……!」


「大丈夫か?」


 街を出てからというもの、ずっと震えていたモニカが心配となり声をかけた。

すると彼女は「はひぃ!」と素っ頓狂な悲鳴をあげる。


「本当に大丈夫か……?」


「すみません! まだお日様が上がってない時間なので寒いだけです! ほ、本当ですっ!」


ーーこれから挑むのは一角竜と言われる、地龍種の巨大モンスターであった。

こいつを討伐することで、次の冒険者ランクへ進むことができる。

ちなみに昨日、冒険者ライセンスを取得したばかりのものがいきなり挑む相手ではない。

だから、モニカが恐怖におびえているのは無理からぬことである。


「昨晩も話した通り、君は俺の指示で防御陣を張ってくれれれば良い。君の身の安全は俺が保証する。必ず!」


 意図せず、昔守り切ることができなかった"エマ"を彷彿とさせる彼女なのだ。

俺の中には、何がなんでも彼女を守りたいという不屈の思いが芽生えている。


「ありがとうございます、トーガさんっ! でも、あたしも今日から冒険者の端くれ! できる範囲で一生懸命がんばりますね!」


 そしてこうして、最終的には元気を取り戻し、前向きな発言をするのも"エマ"によく似ていた。

だからこそ、少々、お願いしたいことがあり、口を開く。


「お、お願いがあるんだが……」


「なんですか? なんでも言ってください!」


「えっと、その……お、俺のことは……トーガくん、で良いから……たぶん、歳も近いだろうし……」


「え? い、良いんですか……? だって……」


と、エマはためらいがちに、後ろを付いてきているパルとピルへ視線を写す。

どうやら2人が俺のことを"様"付けで呼んでいることを気にしているようだ。


すると、パルはニコッと笑顔を浮かべ、


「トーガ様がそうして頂きたいとお思いになり、モニカさんも受け入れるのでしたら、私は問題ありませんよ?」


「わたしもとーがさまが、モニモニにそうしてほしいって、お思いになるならいいです!」


いきなりパルにモニモニと呼ばれ、モニカは苦笑いを浮かべるも、表情は幾分か和らいでいる。


「ぜひ、お願いできないか、モニカ?」


 かつて"エマ"には"トーガくん"そう呼ばれていたので……というお願いだった。

きっとかつての俺なら、恥ずかしがって、こんな提案はできなかっただろう。

だけど若がえり"何事にも後悔がないよう、全力で向かってゆく"と決めたのだ。

こういう欲望だって、堂々と曝け出したい。


「じゃ、じゃあ…………トーガくん……?」


 顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうながらそう呼んでくれたモニカだった。


「あ、ありがとう! 俺も、じゃあ、モニカで、いいか……?」


「は、はいっ! ぜひ!」


 またこんな甘酸っぱい想いができるだなんて、若がえり万々歳である!


 しかしやはり、パルとピルの視線がやや気になるのは確かだった。

今夜は何かしらのフォローが必要なのかもしれない。


(個別にフォローするか、また3人で……迷うな……)


 と、くだらないことを考えつつ、歩いているとそろそろ森を抜け、一角竜が生息する岩場に到達しそうだった時のこと。


「む? この音は……」


「とーがさま、これひめいです! たくさんのひとが、とてもこまってるみたいです! あと、へんな鳴き声も混ざってます!」


 パーティーの中で1番耳の良いピルが叫んだ。

彼女が跨っているレオパルドくんも、野生の勘が働かせているのか、グルルと唸りをあげている。


 俺たちは急いで森を抜け、その先にある集落へ到達した。


 そこには俺たちと同じく"一角竜の討伐"でランクを上げようとしていた、多数の冒険者は詰めかけ、慌てて戦闘準備を行っている。


「いますぐ村の救援だ!」

「でもよ、あんな数のソルジャーアント……」

「び、ビビんな! 早くしないとあの村が!」


 目下の村がが黒い絨毯に覆われていたからだ。


「な、なんですか、これ!?」


「きもちわるいぃ……」


「ソルジャーアントの大群に、村が襲われているようですね……」


 パルとピルのリアクションに対して、モニカは冷静に状況をみていた。

こういういざという時に冷静な点も、エマによく似てて、胸が一瞬熱くなる。


 そして襲われている村の中に、一際巨大な何かの塊があり、呻きのようなものをあげている。


「一角竜もソルジャーアントに襲われてるみたいですね」


「それ余計に一大事じゃないですか! トーガ様、僭越ながらいますぐ村の救援へ向かった方が良いと申し上げます!」


 パルは他の冒険者同様、ソルジャーアントに襲われている村の救援を叫ぶ。

そんな今にも飛び出しだしそうな彼女を俺は手で制した。


「まぁ、そう慌てるな。あれだけのソルジャーアントを素手で相手するつもりか?」


 俺は右手へ炎の精霊を呼び出し、火炎を宿す。


「ちょ、ちょっとトーガくん! いくらなんでもそれは!」


 モニカが慌てるのも無理はない。


 大量発生したソルジャーアントの対象方法は、火炎で焼き尽くすか、大量の水で押し流すかのどちからと言われている。

そしてそのいずれかの方法を村や街中で使えば、そこが崩壊してしまうもちろんのこと。


「モニカ、落ち着け。俺が野暮なことをする男に見えるか? この炎はこう使うんだ!」


 俺は手に宿した炎を黒い絨毯に覆われている村の上へ放り投げた。


 炎は村の真ん中あたりでぴたりと止まり、熱を発しながら、まるで夜明けのように村を隅々まで照らし出す。


 とたん、ソルジャーアントの黒が激しく蠢き、村からどんどん出て行く。


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