第14話 背後で微笑む闇の精霊ハーディアス
「ハ、ハーディアス……?」
気がつくと俺の脇には、瘴気を放ち、黒いローブを羽織り、大鎌を持った不気味な精霊ーー【闇の精霊ハーディアス】が浮かんでいた。
しかもサンドワームや、パルやピル、周りにいるみなさんもまた、まるで"時が止まっているかのように"微動だにしない。
「時間が止まってる……?」
『トーガ・ヒューズ……イトシイオマエに会いにきた……ホカは去るっ!』
ハーディアスは怪しい目を、その他の精霊たちへ向ける。
すると精霊たちは、一様に"やれやれ"といった雰囲気を放って、消えていった。
どうやらハーディアスは俺と言葉を交わすためにわざわざ現れ、そして時さえも止めてしまったらしい。
「まさか、貴方が力を貸してくださるので……?」
ハーディアスは大鎌が上下に振れるほど、体を大きく揺らしつつ頷いてくれる。
申し訳ないが……そんな動きをするハーディアスが可愛く見えてしまう俺だった。
『ボン・ボン、虐める、タノシイ……くくく! アイツをワタシにくれたオマエ、イトシイ……!』
どうやらハーディアスは、俺が
ーー闇の精霊ハーディアスは死や闇を担当する人の負の感情の化身であるため、扱うのは容易ではないというのが、魔術師界隈では常識となっている。しかし、その力は精霊の中でも群を抜いて強大だ。そんな難儀だが、偉大な精霊が進んで俺に力を貸してくれているということならば!
「では、どうぞお力をお貸しくださいハーディアス!」
『ウケタマワル……くくく……!』
ハーディアスの姿が消え、時の流れが動き出す。
俺は迫り来るサンドワームの大口を見上げ、そしてーー
「
詠唱を短縮し、発現の願いのみを口にする。
すると。俺のことを大層気に入ってくれたハーディアスが"にぃ"と笑みを浮かべたような気がした。
そして冥府の神は、俺以外には見えない形で現出し、手にした大鎌をサンドワームへ振り落とす。
「シャァァァァ……!」
俺以外には紫の軌跡に見えるそれは、迫り来る3匹の巨大なサンドワームの頭部をあっさり刈り取る。
風の精霊の力を借りた切断力であっても、こうは行くまい。
まさにハーディアスの力、恐るべし、である。
こうしてサンドワームは倒した。
しかし事態は、そう易々とは終わらない。
切断すれば当然、血が溢れてくるわけで。目の前にいる俺にもそれは滝のように降り注ぐのであって。
(さすがにこれは回避できんか……嫌だな、返り血を浴びるのは……)
『ワタシに任セロぉー!』
と考えていたその時、颯爽と姿を現したのはまたもやハーディアス。
ハーディアスは黒のローブを翻し、その圧力で返り血を跳ね除ける。
俗にいう、これが状態異常攻撃さえ跳ねのける、闇の障壁魔法――
「ついでの他の皆さんのも……?」
一応そうお願いしてみると、
『イトシイオマエの頼み……ウケタマワル!』
ハーディアスは律儀に、みなさんの分の返り血も跳ね除けてくれるのだった。
そうしてほとんど全てを障壁に阻まれたサンドワームの返り血は、当然反射して、こいつらを召喚した盗賊へ降り注ぐのだった。
「な、なんだよ、今の斬撃とか……防御魔法とか……?」
盗賊は汚泥のような血に塗れ、目を白黒させながら、その場で尻餅をつく。
驚くのも無理はない。なにせハーディアスの姿をみえるのは俺だけで、他の人は何が起こっているのか全くわからないのだから。
(さて"ジェシカさんたちへ、俺の力を見せつける"のはここまで。そろそろ、この演出の終了の頃合いか!)
俺は風の精霊の力を借り、盗賊との距離を一気に詰めた。
「お、お願いだ! い、命だけは! 命だけはぁ!」
接触するなり、必死に命乞いをする盗賊。
そんな不快な輩を、俺は冷たい目線で見下ろす。
「ふざけるな! お前たちが身勝手に城門を吹き飛ばしたおかげで、何人の人間が死んだと思っているんだ!」
城門を守っていた兵士、そしてただ真面目に審査を受けていただけの民に何人もの犠牲者が出ていた。さすがの俺でも、失った命を引き上げることはできない。
『コイツ、欲しい……悪い奴、虐めたい……くくく……!』
ぬぅっと、ハーディアスが現れ、目の前の盗賊を所望している。
どうやら目の前の盗賊は、ハーディアスのお眼鏡にかかったらしい。
「わかった、ハーディアス。こいつは今日協力してくれた、貴方への供物とする!」
「供物ってーーぎゃああぁぁぁぁ!」
盗賊を風の刃で切り裂く。
するとすかさずハーディアスが躍り出て、盗賊から抜けた光の塊のようなものを、鎌で捉えた。
『アリガトウ、トーガ・ヒューズ……アタラシイ玩具嬉しい……くくく! また、一緒にアソボウネェ……!』
そう言ってハーディアスは地面に闇を呼び起こし、消えてゆく。
ボン・ボンの時とは違い、ハーディアスは魂だけを持ち去り、遺体は残してくれた。なかなかにあの闇の精霊と俺との相性は良いのかもしれない。
(さて、最後にお掃除をと!)
周囲はサンドワームの返り血でドロドロになってしまっていたので、とりあえず周囲を適当な水の魔術で洗浄。
十分に洗い流したところで、絶妙な熱量に調節したファイヤーボールを空へ向けて放つ。
その熱と陽光はいい具合で、洗浄の水を蒸発させ、周囲を元の状態に戻す。
これで本当に一件落着となったのである。
「あ、相変わらず、すごいわねトーガくん……?」
ことの次第を見守っていたジェシカさんは開口一番そう言ってくる。
上々の反応だった。狙い通りだった。
こうして改めて、俺の力を"あえて見せつけた"ことでジェシカさんの中には、俺のことがより強く刻まれた。
そしてきっと、今ジェシカさんの頭には【王国魔術師】という呼称が浮かんでいるに違いない。
「お久しぶりです、フランソワーズさん。任務お疲れ様です!」
「この、氷漬けの盗賊も、貴方がやったのよね……?」
ジェシカさんは俺たちが引いてきた氷塊を見上げながら、唖然とそういった。
「ええ、もちろん」
「無茶苦茶ねあなた……」
「ただご覧の通り、氷塊が二つに増えちゃいました。さすが俺たちだけじゃ運べないんで、お力をお借りしてもよろしいでしょうか?
「わ、わかったわ! 隊、前へ! すぐに輸送中びに取り掛かれ! 残りの者は傷病者の救援を! 急げ!」
ジェシカさんの指示を受け、王国騎士団は迅速に任務に取り掛かる。
いずれの氷塊も所有者はこの俺だ。
だから、一緒に騎士団の詰所へ出向く必要がある。
これで入国審査の長い列はパスでき、さらに賞金も手にできる。
一石二鳥という寸法だ。
と、そんな中、俺の脇腹をパルがちょんちょんと突いてくる。
「どうした?」
「あのタルトン人女性はその……トーガ様のなんなのですか?」
「フランソワーズさんのことか? あの人は以前俺が助けた人なんだ」
「ふ、ふぅーん……そうなんですか……」
なんだかパルから、ハーディアスっぽい薄寒い気配を感じるのは気のせいか……?
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