第8話 君たちを保護したい
「お姉ちゃん、これ美味しい! 美味しいよぉ!」
「こ、こらピル! 食べながらのお話はだめですよ! あーんもう、こんなにこぼしてぇ……!」
「構わんさ。食が楽しめるというのは、良いことだ」
今俺たちが食べているのは、主に冒険者界隈で非常食として珍重されている干し芋だ。
正直、そこまで美味しいものではない。
「お姉ちゃん、これ甘くて美味しいね!」
「そうだね。久々だね……」
こんなありふれたものまで美味しそうに食べるだなんて。
これまでかなりひどい生活を強いられて来たのだろう。
まぁ、俺も年中金がなく、日に食うものさえ困っていたことが多々あったので、二人の気持ちがよくわかる。
だからこうして、手を差し伸べずにはいられなかった。
俺は魔術学によって開発された、見た目の容積以上にアイテムが収納できる雑嚢へ手を入れた。
そこから俺が若い頃に着ていた服を取り出し、パルとピルの前へ置く。
「よかったら、この近くに温泉があるので、体を綺麗にし、そいつに着替えてくれ」
着ているのがいつまでもボロ布では可哀想だと思った。
それにいくら雪国出身のシフォン人であろうとも、このあたりの深夜の冷え込みには、今の格好では耐え難いのが明らかだからだ。
「わー! お姉ちゃん、温泉だって!」
「ああ、えっと、そのぉ……」
無邪気に喜ぶピルに対して、パルは相変わらず戸惑ってばかりいる。
彼女が今、何を思っているのか容易に想像がつく。
「迷惑でなければ、なのだが……俺は君たちのことを保護したいと考えている」
「保護、ですか?」
「奴隷としての保護ではなく、一人ひとりの人間としてだ」
「でも、どうしてそんなことまで……?」
「命を救ったのだったら、それを繋ぐまでが自分の役目だと考えているからだ。もちろん、君たちが俺の傍を離れたくなったら、いつでも遠慮なく言ってくれ」
「……素晴らしいお考えですね。まだお若いのに、とてもご立派な……」
パルに言われ、今の俺の見た目はパルやピルとそう変わらない、ガキであると思い出した。
ひょっとすると、見た目の年齢はパルの方がやや上なのかもしれない。
もしも俺が本来の、おじさんの姿だったら、先ほど口にした言葉はより説得力を増したであろう。
しかし、今の俺はどこからどう見ても、10代半ばあたりのただのガキ。
どんなに偉そうなことを語っても、信じられないのは当たり前だ。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。この人、たぶん大丈夫だと思うよ?」
突然、ピルはそう言い出し、俺を指差す。
「だってこの人の周りで精霊さんたちが嬉しそうにしているんだもん。こんなに嬉しそうな精霊さんたちは見たことないよ?」
「ピルは精霊がみえるのか?」
「うん、見えるよぉ! 精霊さんたちは、きっと貴方のあったかい雰囲気が大好きで、そばにいると思うんだよぉ!」
ピルは天真爛漫な笑みを浮かべた。
そして突然、ピョンと跳ねたかと思うと、
「うわっ!?」
「わぁ! やっぱりあったかぁあい! すりすり〜」
俺の膝の上へ乗ってきたパルは、こちらの胸へ頬擦りをし始める。
ピルは顔立ちも、言動もやや幼い。
しかし、女性としての部分はしっかりと発達しているわけで……心を開いてくれるのは嬉しいが、いきなりこれでは……。
「こ、こらピル! 止めなさい! 私たちは今とても不潔なんですから!」
パルが慌てて駆け寄ってくるが、ピルががしっと俺にしがみついて、離れまいとする。
「やっ! お姉ちゃんにはあげない!」
「あ、あげないって……もうこの子は……すみません、トーガ様」
パルは今、俺のことを……?
「ピルは一族の中でも魔力への感受性が生まれつき強くて、反応してしまうといっつもこんな感じに……」
「ああ、いや、それは良いが……今、俺のことを……?」
言い淀む俺を見て、ようやくパルはピルのような無邪気な笑顔を浮かべた。
「私も、ピルほどではありませんが、精霊やその方の持つ魔力の波動が見えます。トーガ様はまだお若いですが、とても落ち着いた良い気配を持っていらっしゃると思いまして……」
「では……?」
「ご迷惑でなければ、暫くの間、ピルと私をお側へお置きください。よろしくお願いいたします」
「やったぁー! とーが様といっしょー! きゃっほー!」
深々と頭をさげる姉のパル。
俺の膝の上で、無邪気に喜ぶピル。
なんとなく、これからの生活が楽しくなりそうだと思う俺だった。
●●●
「くぅーかぁーすぅ……お芋おいしいぃ……ふへへ……」
温泉に入り、綺麗な服に着替えたピルはテントの中で、ご機嫌な様子で寝息を立てている。
俺はそっとテントを閉じ、再び焚き火のところへ戻る。
このあたりは精霊の加護が強い、安全地帯なので魔物が襲いかかってくることはない。
しかし、野党の類は別だ。
寝込みを襲われる危険性がある。
よって、俺は明け方近くまで、眠らず警戒をすることにしていた。
「まだ寝ないのですか?」
いつの間にか、傍にはパルが居て、やや不安そうな面持ちでこちらの顔を覗き込んでいる。
思わず、俺の胸が大きく高鳴った瞬間であった。
「どうかしましたか?」
「あ、いやなんでも!」
慌ててパルからおき火へ視線を移す。
そんな俺がおかしいのか、パルはクスクスと笑い出した。
「な、なぜ笑う!?」
「不思議な方だなと思いまして。先ほどまではまだお若いのにすごいな、なんて思っていたのに、今はとても可愛らしい反応をされたのですもの」
そりゃ、こんなに綺麗なシフォン人に見つめられたら、どんな男だってイチコロだ。
特に俺はおじさん時代も素人童貞であった訳で……
「あの、トーガ様……」
少し不安げなパルの声が聞こえ、再び彼女へ視線を戻す。
俯き加減でいた彼女はゆっくりと、決意に満ちた表情をこちらへ向けてくる。
「お礼を……させていただけませんか?」
「お礼って救出のか?」
パルは強く頷いて見せた。
そして、そっと俺の膝へ手を添えてくる。
「どうぞ……私の身体をお使い、ください……」
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