第5話 これからは本気で生きてゆく!


「ありがと! 命を救ってくれて!」


「んふぅ!?」


 ジェシカさんは俺のことを突然、ぎゅっと抱きしめて来た。

もしも白銀の胸甲がなければ、俺の顔は彼女の立派な胸へすっかり埋まっていたことだろう。惜しいっ!!


「ジェ、ジェシカさん! いきなりなにをぉ……!」


「あら? 私の名前を覚えてくれたのね! 嬉しいわ! 是非、貴方のお名前も教えてくれる?」


 ジェシカさんは熱い吐息と共に、甘い声でそう囁いてきた。

胸甲越しにも、彼女の興奮による鼓動が伝わってきている。


「ト、トーガ。トーガ・ヒューズって言います……」


 若返っても俺は俺のままなので、そう名乗った。

するとジェシカさんは、とても嬉しそうな笑顔を浮かべてくれる。


「トーガ君……素敵な名前ね。改めて……私はジェシカ・フランソワーズ! これでも一応この隊の副隊長で、いつもはフルツっていう街の騎士団の詰所に勤務しているわ」


 フルツは俺の住まいもある、大都市だ。

しかしいきなり、自分の所在などを明かしてくるとは。

やはり、この現象は……


「もしまた会えたら、その時はデートしましょ?」


「あ、あ、いや……でもジェシカさんにはフォードさんが……!」


 思わず俺はそう叫んだ。

なにせ、近くにはあれだけジェシカさんの怪我を嘆いていたフォードさんの姿があるのだ。

そう易々と提案を易々受けるわけには行かないと思う……?


「安心して! フォードさんは私の叔父さんで、保護者みたいなものだから! 今の私はフリーだし! だから全然問題なしよ! ちゅっ!」


「ーーっ!!」


 そういって、ジェシカさんは俺の頬へキスをしてくれる。

娼婦以外から初めて受けたキスに、俺の心臓は激しく跳ねあがり、膝から力が抜けてしまう。


「あ、あわ……!」


「うふ、かわいい反応ね。もしかしてこういうの初めてだった?」


「あ、えっと、まぁ……」


「次もし会えたら、これよりいいことしましょ? それじゃあ気をつけてね、可愛い英雄さん!」


 ようやく抱擁から解放され、ヘナヘナと地面へ蹲った。


 フォードさんからジェシカさんは「また若者を揶揄って!」などと叱られながら、闇の奥へと消えてゆく。


 そんな中であっても、ジェシカさんは何度もこちらを振り向いては、名残惜しそうに手を振り続けてくれる。たぶん、これは揶揄われているわけではなそうだ。


 どうやらジェシカさんは、一瞬で俺に"堕ちて"しまったらしい……?


(上等な魔力経路は才能の継承のために、異性を問答無用で引き寄せることがある……という魔術学の論文を読んだことがあるが……あの論文は事実だったんだな……)


……それにしても、ジェシカさんの感触は、たとえ鎧ごしだろうともすごく柔らかかった。

そして若い女性独特のとてもいい匂いがした。


 素人童貞の俺にはものすごく刺激的な瞬間だった。

そういう刺激に由来する、"肉体的な興奮"を抱くのも、本当に久々のことだった。

おそらくこれは体が若返ったのが原因と思われる。まさに若さ万歳だ。


「行ける……行けるぞ……!」


 若い肉体、圧倒的な魔術の力、そして大金。

一瞬で、何もかもが手に入った気がした。


 何故このような状況になったのか、原因は未だに不明。

しかし原因はどうであれ、俺は様々な、そして有力なカードを多数手にしている。


 原因はおいおい考察するということで、今は……!


(せっかくやり直す機会を得たんだ。手段も持っている。なら……やりたいようにやってゆくんだ……!)


 自己肯定感や、怪我、様々な要因が重なり、クソになりかけていた俺の人生。

もう俺の人生はおしまいで、好転などしないと思っていた。

しかし……!


(二度目の人生を本気で、好きに生きてゆく! 絶対に! もう二度と後悔なんてするものか!!)


ーーならば、こんな薄暗いダンジョンからはさっさとおさらばすべきだ。

そう判断した俺は、ダンジョン専門の脱出魔法を発動させた。

 圧倒的な魔術の才能は100層にも及ぶ、このダンジョンから一気に入り口まで跳躍させるといった、恐ろしい力を発揮する。


 時は夜。

ダンジョンの入り口がある森は静けさの包まれて……はいなかった。


 聞こえてきたのは夜の静けさに相応しくない阿鼻叫喚。

うっすらと漂ってくる血の匂い。

そのせいで、せっかく余韻に浸っていた、ジェシカさんの匂いがあっという間にかき消されてしまう。


「おら〜死ねぇ〜!」


「ぎやぁー!!」


 木々の間ででっぷりとした男が、蛮刀で男を切りつけた。

首を刎ねられた男は血飛沫をあげながら、地面へ倒れ込む。


月明かりが蛮刀を煌めかせ、でっぷりした男の陰影を明確にする。


 そいつの顔を見た瞬間、俺の若返った心臓は、あの日のことを思い出しぎゅっと締め付けられる。


 オークのような見た目の醜悪な巨漢。

その癖力は強く、今では我が国ケイキでも悪漢と恐れられるタルトン人。

そして俺の右足の腱を切り、目の前でエマを犯し、壊した憎き相手が今目の前に!


「おらぁ〜うばぇ〜! 泣く子も黙るボン・ボン盗賊団の恐ろしさをみせてやれぇ〜! でゅふふふふ!」


 悪漢は明らかに悪そうな手下へ指示を出し、次々と虐殺を行なっている。


「ボン・ボン……まさか、こんなところで会えるとはな……!」


 俺は冷や汗を浮かべながらも、笑みを浮かべる。

まさに僥倖だった。

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