二年後の流れ星

kou

二年後の流れ星

 夕暮れ時の駅のホームは、混雑した光景だった。

 そんな雑踏の中、渡瀬わたせ春香はるかがいた。

 高校生になった彼女は制服姿で佇んでいる。見上げる電光掲示板には電車の遅延が表示されていた。

「少し時間を潰さないと……」

 小さく呟く声は人混みに消える。その声を聞き止める者はいないだろう。

 しかし、彼女の呟きに応える声があった。

「渡瀬さん?」

 名前を呼ばれて振り返る。

 そこに立っていたのは制服を着た男子学生だ。

佐京さきょうさん……」

 春香が言葉に詰まっていると、少年――佐京さきょう光希こうきは柔らかな笑みを浮かべていた。

 二人は異なる中学校出身ではあったが、ふとした切っ掛けで交流が始まった相手であった。

「久しぶり。元気にしてた?」

 光希に対して春香も笑みを浮かべる。

 友人だが、お互い異なる学校ということもあって、顔を合わせる機会はなかった。久しぶりに会ったというのに、以前と変わらない態度で接してくれることが嬉しかった。

 電車の遅延によって思わぬ再会となったが、それでも嬉しいことに変わりはない。

 立ち話も何なので近くのベンチに腰を下ろして話すことになった。

 話題は主に学校でのことが中心だったが、会話の中でお互いの近況についても触れていく。

「渡瀬さん進学校にしたんだ」

 そこで光希は春香が私立高校に進学したのを知った。それもエスカレーター式の名門校だ。そのことを聞いた時、彼は驚きを隠せなかった。

「大したことないです。親の勧めに従って選んだだけですよ」

 謙遜するように言うものの、その表情は決して暗くない。むしろ誇らしげですらあった。彼女にとって自分の両親の勧めに従うのは当然であり、それが当たり前の結果であると思っているからだ。

「僕は無難な公立だよ。学費が安いし、通学時間が短いからね」

 そう言って笑う彼に、つられて春香も微笑む。

 春香は内向的な性格で自分から発言するタイプではないため、聞き役に回ることが多い。

 だが、そんな彼女の性格にも関わらず今日の彼女は饒舌じょうぜつだった。

 それはひとえに彼が話を聞いてくれるからだ。だから、ついつい口が軽くなってしまう。親しげに話をする二人の姿は、傍から見れば恋人同士に見えたかもしれない。

 やがて話が一区切りつくと、二人の間に沈黙が訪れる。

 しかし、それは気まずいものではなく穏やかなものだ。

 光希の視線が電光掲示板に向いていた。

「電車が来たみたいだ。じゃあ」

 光希は慌てて立ち上がる。

 春香は名残惜しさを感じつつも、このまま別れてしまうのは嫌だった。

 もっと話したいことがある。

 そう思うのだが、現実は残酷だった。

 ホームに到着した電車を見た途端、気持ちが沈んでいくのを感じた。

 春香が光希の背中を見送っていると、衝撃的なものを見てしまう。

 まるで磁石のS極とN極が引き合うように、見知らぬ少女が光希の傍らに飛びついていたのだ。

 その光景を見て、思わず言葉を失う。

 呆然と立ち尽くす春香の前で、二人は何かを言い合うがケンカをしている様には見えなかった。


 ◆


 夜の住宅街を春香は歩いていた。

 足取りは重く、表情も暗いものだった。

 その原因はもちろん、あの出来事にある。

 あの光景を思い出すたびに胸が締め付けられる思いだった。

 思い出すだけで息苦しさを覚えるほどだ。それほどまでにショックが大きい出来事だった。

 星空は何かが違って見えた。それはまるで虹が砕け散ったかのような悲しさを持っていた。

 春香は涙が溜まっていることに気づいた。

「どうして泣いているの?」

 自分に問いかける春香。

 本当は分かっている。

 ただ、それを認めたくないだけなのだ。

 そこに流れ星が空を駆け抜ける。

 その軌跡は、まるで一瞬の美しい詩のように、神秘的だった。

 春香は思わず願い事をする。

 手を合わせたまま、春香は日々を振り返った。進学校での学びや友人たちとの思い出、そして光希との再会。選択肢の中で迷いながらも、彼女は新たな道を歩み始めていた。

 流れ星が消えるまで、春香は静かに願い事を思う。

 その時、星空は一層美しく輝き、春香の心も穏やかな光に包まれていた。


【流れ星に願い】

 ウラル・アルタイ系民族の伝承では、天国の神は地上の様子を確認するために、時々天国の扉を開ける。

 流れ星は、その際に零れ落ちた天国の光の欠片という。

 流れ星が光っている間は開いた扉から神様に声が届くとされ、願い事を唱えるようになったといわれている。


 春香が気づくと、自宅の台所に居た。

 カレンダーの西暦、自分の制服は二年前の中学時代の自分に他ならなかった。手には進路希望調査用紙がある。

「進学校にしたら。将来のために、少しの挑戦は必要よ」

 母親は食事の支度をしながら言った。

 だが、春香は言われるがままではなく自分の意志で選ぶことにした。

「私、地元の公立高校も受けたい」

 その言葉に母は驚いた様子だったが、すぐに微笑んでくれた。応援してくれているのだと分かったからだ。

 そんな母に対して感謝の気持ちを抱きながら、春香は進路希望調書に記入するのだった。

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