第2話『変身』
『
「……いや、色々な意味で想像を超えた名前だったから、何か嫌な予感がしてな」
「何故ですか。良い名前でしょう。可愛いではありませんか」
無表情ながら、どこか不満げにライラが言う。
「鎧の名前だぞ?『モフモフくまさん』って……。神とやらのセンスはイカれているな……」
「名前を付けたのは私です。貴方用の鎧を作ったのはこの私なのですから」
俺とライラはしばらく黙ってお互いに見合った。
「……なんでそんな名前に?」
「可愛くて素敵だからです。そうは思いませんか?」
真剣な表情で答えるライラに、俺は頭を抱えるしか無かった。
「……あんた、感情無いんじゃなかったか?」
「ええ。私には感情がありません。生前の罪の償いのため神の使いとなった際、神により感情を没収されたのです」
ライラはひたすら真顔で言う。どうも埒が明かなくなりそうなので、俺はさっさとこの話題を切り上げた。
「……それで?これから俺は、よく分からない異界に一人放っぽり出されるわけか?いくら強力な鎧があるって言ったって、無茶な話だと思うんだけど……」
「一人ではありません。この私も同行しますし、使い魔の彼も一緒です」
どこからか、車の走るような音が聞こえてきた。やがて見えてきた影に俺は思わずは「あっ⁉」と声を上げる。
ガタガタと、線路の上を無理やりに走行してこちらに近づいてきたのは、元居た世界で俺とライラに向かい突っ込んできた巨大なトラックであった。
トラックは俺達の目の前に停車し、運転席からは二メートルほどはある長身の細い青年が下りてきた。目の焦点は定まらず、口は貼り付けたように笑っている。まばゆい光が彼を包み、それが弾けると、青年の姿はカカシになっていた。
一本の棒で地面に立ち、腕も関節のように節のついた木の枝で出来ている。手は軍手のような素材の手袋で、目は服のボタン。口はペンか何かで書かれた笑顔で、麦わら帽子を被っている。ライラがそのカカシを指して言う。
「彼は、使い魔の『アクロ助』です」
紹介されたアクロ助は、無言で麦わら帽子を取ってこちらへお辞儀をした。俺も釣られて頭を下げる。
「それでは、行きましょう」
ライラがさらっと言った。
「え?いや、ちょっと待て、もう少し心の準備と言うか……」
制止する俺の声に耳を貸さず、ライラは指をパチンと鳴らした。まばゆい光に包まれて、思わず目を瞑る。俺とライラ、アクロ助と大型トラックはその場から姿を消し、異界の地へと転送されていった。
転送された先で眠るように目を閉じ横たわっていた俺は、辺りに漂う熱く焦げ臭い空気を思いっきり吸い込んでしまい、大きく咳き込んだ。
涙を浮かべつつ目を開けると、眼前に広がっていたのは一面の森林に燃え盛る赤々とした炎。空気が熱を帯び、肌を焼く。
「アッチ!な、なんだ火事か⁉」
慌てて立ち上がった。どこからか、何か猛獣が唸るような音がする。とりあえず、身の安全を確かめるべく自分の体を見る。服装は先程まで着ていたリクルートスーツではなく、動きやすい軽装となっていた。軽い材質の長ズボンとシャツ。その上に何かの皮で出来ていると思われる黒のベストを着ている。皮とは言ったが柔らかく軽い不思議な生地だ。
「お目覚めですか。」
背後からライラが声をかけた。彼女は金の糸で刺繍の施された黒いポンチョを上半身に羽織り、下半身にはショートパンツのような物を履いている。左脚の太ももには黒いベルトのようなものを巻いていた。その傍らには先程と変わらない風貌のアクロ助とトラックが控えていた。
「お前ら、いたのか!」
言いながらチラッと、デコトラのサイドミラーを覗き見て自分の姿を改めて確認する。いわゆる『木こりファッション』といった服装である。また髪は就活用に染めた黒が落ちていて、生まれつきの栗色に戻っていた。
風によって炎からの熱が俺の方に吹きかかる。風を払うため手を動かしつつライラに聞いた。
「おい、なんだこの状況は?山火事……?」
「ここは山ではありません。森です。どうやら、近くに竜がいるようです。」
冷静に、無感情にライラは答える。それからトラックに乗るよう促した。アクロ助は既に運転席に座っている。
「早くこの場から離れましょう。竜と鉢合わせになる前に。」
そう言って、ライラは助手席に座る。俺も慌てて乗り込もうとしたが......席がない。
「おい。俺はどこに乗れば良いんだよ」
トラックは二人乗りであった。
「……荷台に乗って下さい。」
ライラが顔を反らして呟く。アクロ助がトラックを操作すると、荷台の後ろが開いた。荷台の中は何も乗っておらず広い空間があるのみだ。運転席側の壁に簡易的な席とシートベルトのようなものがついていた。
「荷台って!何か法に引っかかるんじゃないのか?」
「この世界では大丈夫です。早くしないと、竜が来るかもしれませんよ。」
言い合っていたその時、なにか黒く巨大なものが近くに降りてきた。その衝撃は地を震わし木々をなびかせ、トラックが一瞬傾いた。俺はその黒いものを見上げる。
それは、真黒に艶めく鱗に全身を覆われ、翼の生えた巨大なトカゲであった。つまり、竜だ。五階建てのビルくらいの大きさはあるだろうか。竜は俺……というよりその横のトラックに視線を向けると、煙臭い息を吐いて咆哮した。空気が熱く振動する。言葉を失い、腰が抜けてその場に座り込んだ俺に、トラックの助手席からライラが声をかける。
「こうなっては仕方がありません。戦うのです」
「戦うって⁉」
正気の沙汰じゃない。しかしライラは真っ直ぐに頷いた。
「『来訪者の鎧』を使うのです。変身してください。鎧の力があれば、竜に太刀打ちできます」
信じられない。俺は再度ライラを見る。その時、竜の咆哮が止んだ。
熱を帯びた空気に囲まれているにもかかわらず、俺は何か寒気を覚え肌には鳥肌が走った。恐る恐る竜の顔を見上げると、竜は口を開いてこちらに向けていた。何やら青白い球状のエネルギー体が竜の口元に集まり、どんどんと大きくなる。
「火球を放とうとしています。このままでは死んでしまいますよ。」
無感情な口調で、ライラが急かす。こうなってしまったら、俺に残された道は一つだけであった。焦りつつ、震える指でデバイスを操作し、『GEAR』をタップする。音声認識画面へと切り替わった。俺は小声で唱える。
「……へ、変身、『モフモフくまさん』」
何も起こらない。竜の火球はさらに大きくなり、今にも口元から溢れそうだ。
「おい‼︎鎧なんか出てこねえぞ‼︎」
「声が小さいのです。もっと、お腹から声を出して唱えて下さい」
冷静な口調で竜の火球を見上げながらライラは言う。
「ほら、竜も待ってくれていますよ。早く早く」
「待ってくれていねぇだろ‼︎」
その瞬間、竜の口から火球が放たれた。とてつも無い高温の熱風が周囲を包む。その瞬間、断末魔の様な大声で、俺は叫んだ。
「うわああああああああ!!!!変身!!!モフモフくまさぁぁぁぁぁぁん!!!!」
腕時計もどきから光が放射され、それが球体となり膨らみ、俺を包み込んだ。光はシールドの様に竜の放った火球を弾き返し、竜へと返した。自身の放った火球を逆に受けて怯む竜を横目に、俺は自分の体を見る。
体の周りに、真っ黒なパワードスーツの様なものが貼り付き包み込んでゆく。全身をそれに覆われた直後、どこからか現れた巨大でモフモフした着ぐるみの様なものが被さった。
光が弾け、俺を中心に、軽い衝撃波が辺り一面に放たれる。周囲の草木や炎がそれに当てられて揺れた。『変身』を終えた俺はぽつんとその場に突っ立っていた。
恐る恐る、自身の手を見てみる。それは、モフモフで毛むくじゃらの腕だった。手のひらには肉球がついている。首を動かして、トラックのサイドミラーを覗き見る。そこには、変わり果てた姿が写っていた。
簡単に言うと、テディベアだ。黄土色のふわふわとした毛で全身を覆われ、耳は丸く目は黒い点。ほぼ無いに等しい首には赤いリボンが巻かれている。そして、その背丈は二メートルを超えていた。巨大テディベアである。
「変身成功ですね。素晴らしいです。可愛いです」
無表情ながら、若干テンションの上がったライラが小さくガッツポーズをする。
可愛いかこれ?......俺はサイドミラーを見つめつつ思う。上機嫌なライラへ顔を向け、呟いた。
「……あんた、やっぱり感情あるだろ」
「私に感情はありません」
即答する。そんな俺達に向かい、竜が首を近づけて威嚇する様に咆哮した。
「うるせえ!」
思わず、俺はそのモフモフの腕で竜の顔を殴りつける。ポフッと柔らかい音がしたかと思ったその刹那、竜は顔面に衝撃を受けて吹き飛んだ。
俺は息を呑み、自らの肉球を見つめた。今まさに俺は、竜を殴り飛ばしたのだ。どうやら想像以上にヤバイ力を得てしまったようだ。
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