俺が異世界で無双するにはモフモフくまさんに変身するしかない

繭住懐古

第一章【モフモフくまさんと村外れの剣豪】

第1話『名前に呪われた男』

 幼い頃に好きだったものが大人になっても好きなままであるとは限らない。俺の場合、自分の名前がそれに該当した。


 就職活動真っ最中の今、特にその事実を実感する。事務的で時に冷徹にすら感じる面接官の表情に驚きと戸惑いの色が浮かぶのが、俺の名前を確認した時だ。


「木村新星ノヴァさん……ですか」


 集団面接だとさらに厄介だ。他の就活生も皆こちらに好奇の目を向ける。その度に俺は、この名前をつけた両親を恨むのであった。そもそもがヤンキー崩れの毒親だ。まともな育て方をされてこなかった。


 とはいえ、子供の頃は『新星ノヴァ』という名前が好きだった。中学生の時などは誇りにすら思っていた。幼い時には『人と違う』という事がアドバンテージとなり得る。けど大人になるにつれて『人と違う』はディスアドバンテージとなっていく。


 就活においてもそうだ。ただ名乗るだけで辱めを受けるという不利を抱えた俺は、その日の面接も上手く乗り切ることが出来なかった。ため息をついて、面接会場のあるビルを後にする。


 名前のせいで失敗をした時は、自分の名が好きだった時代に思いを馳せる。


 幼い頃、俺は変身ヒーローに憧れた。悪い敵と壮絶なバトルを繰り広げ、最後には勝つ。自分もそんなヒーローに変身したいと思っていた。今になってみると、戦うなんて怖いし、危険が伴う。悪い敵など関わりたくも無い。目の前で人が命の危機に瀕していたとしても、何もしない、いや何も出来ないだろうという、情けない自信が俺にはあった。それで良いとも思っていた。それが、世の一般の人間の『普通』なのだから。


 そんな俺を試すような事件が眼前に起こった。都会の大きな交差点にて、青信号の横断歩道を、手を上げて渡る幼稚園児と思しき少女がいる。そこへ、暴走した巨大なトラックが突っ込んで行った。


 その時、皮肉にもこの木村ノヴァは、世の一般とは違う異常な行動を取ってしまった。反射的に、その少女を助けるために道路に飛び出してしまったのだ。


 トラックと俺と少女、これらが互いにぶつかり合う寸前、この三つの物体はその場から消えて、どこか別の空間へと飛ばされていった。


「起きて下さい。目覚めるのです。木村ノヴァ」


 聞き慣れた、嫌な名前が耳に入り、俺は目を開けた。そして辺りを見渡して目を丸くした。そこは線路の上だったのだ。


 木々や畑に周りを囲まれた田舎のローカル線を思わせる線路だ。空は雲一つない青空で、俺は幼い日の夏休みを思い出した。


 そんな線路の上で寝ている俺を見下ろすように正面に立つのは、先ほど助けようとした少女だ。濡れ羽色のボブカットヘアーで、非常に整った顔立ちをしている。無表情のまま抑揚の無い声色で彼に語りかける。


「目覚めましたね。木村ノヴァ」


「め……目覚めたけど……。なんだここは?」


 辺りをキョロキョロと見回しながら聞いてみる。少女は何か言おうと口を開いたが、そこで、自身の小さな手のひらと全身を見て「偽りの姿のまま接するのは失礼というものですね」と小声で呟いて、パチンと指を鳴らした。


その途端、彼女の体は光に包まれ、影が長く伸びてゆく。光が弾けた時、その姿は高校生くらいまで成長していた。その顔は先ほどとは違い、どこか妖艶な雰囲気を持ちつつ、あどけなさもまた感じられる、独特だが美しい風貌であった。濡れ羽色の髪もミディアムくらいまで伸び、肩まで届いている。前髪は一部分が長く生え、左目にかかっていた。驚いてぽかんと口を開けた俺に、少女は告げる。


「おめでとうございます。木村ノヴァ。あなたは無事採用となりました」


その言葉は、就活生である俺にとっては喉から手が出るほど欲していたものだ。だが、まさかこのようなタイミングで聞くこととなるとは。無感情に小さく拍手をする少女に向かい、数々の疑問を投げかける。


「何なんだ?採用って何のことだ?っていうかここどこだ?あんたは誰だ?」


 少女は少し何も言わず動かず、どの質問に答えるか迷っているようにその行動を停止していたが、やがてまた口を開く。


「この私の名はライラ。神の使いです。あなたは、我々の世界へ召喚される者として採用されたのです」


「か、神の使い?召喚?」


 よく分からない。理解の追いつかない俺に、ライラは小さく言う。


「混乱しておいでの様ですね。心中お察しします……と、言いたいところですが、この私は感情を持たないため、察することはできません」


 俺は不安と混乱でしばらくオロオロと首を動かしていたが、いつまでもそうしているわけにはいかないと思い返して、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


 すーっと息を吸い、ふーっと深く息を吐いてから、俺は改めて疑問を投げかけた。


「まず、ここはどこだ?俺は渋谷の辺りにいたはずだが……」


「ここは、神の作った特別な空間です」


「神?」


「貴方にとっては異界の神です。分かりやすく言えば『剣と魔法のファンタジーな異世界』というやつを統べる神です」


 割と大雑把な説明をするライラ。呆れる俺をよそに、彼女はさらに説明を続けた。


「神はこの世界の新陳代謝を上げるべく、異界の者を召喚しているのです。そのうちの一人に貴方が選ばれたというわけです」


「……いや、困るわ。帰してくれ」


「今は出来ません」


 ノヴァは顔をしかめた。それから様々、葛藤する様に何かを小声で呟いていた。それから、問う。


「『今は』と言うことは、帰るチャンスが全く無いわけでは無いんだな?」


 ライラは小さく頷いた。俺は頭を掻いて頷く。正直納得はできないが、こうなってしまったらしょうがない。


「……分かった。それで、これからどうしたら良い?」


「話が早くて助かります」


 言いながらライラは、電子腕時計のようなものを差し出した。ゴムの様な材質で出来た金色のバンドに、黒く四角い液晶画面の様なものがついている。カオスはその見た目に既視感を覚えた。あのリンゴの会社のウォッチに似ている。ライラは解説を始めた。


「貴方が元いた世界は言わば『ペンと科学の世界』。すなわち、言論と科学技術により纏められた世界。それに対し、これから向かう世界は『剣と魔法の世界』です。簡単に言うと、あらゆる事柄を剣や魔法のしばき合いによって解決する世界なのです」


「……つまり、かなりの脳筋無法地帯と言うわけか」


 ゲンナリとしながらも俺は腕時計もどきを受け取る。


「で、これはなんだ?」


「はい。『剣と魔法の世界』と言いましたが貴方はそのどちらも使えない。そんな貴方を補助するデバイスです。様々な機能がありますが、主要機能は特殊な魔術の鎧を召喚し装着するというものです。その名も『来訪者の鎧サモンドギア』」


 ライラが、腕時計もどきの画面に触れてスワイプすると、『GEAR』と書かれたアプリの様なものが表示された。


「この鎧を装着していれば、ほとんどの剣や魔法の攻撃は防ぐことが出来るほか、身体能力、戦闘能力は常人を遥かに凌駕します。簡単に言えば無双状態です。なかなか気分の良いものだそうです。この私は感情が無いので分かりませんが」


「……へえ」


 少し興味が湧いてきた。腕時計もどきを観察しつつ聞いてみる。


「その、鎧とやらは、どうやって着るんだ?」


「今、この様に表示されている画面をタップすると、スタンバイ状態となります。そこへ音声入力で『変身』と唱え、直後に鎧の名前を叫ぶことで、自動的に魔術の鎧を身に纏うことが出来ます」


 鎧というからには、着るのも持ち運びも大変そうだと考えていたが、実際のところ便利なものだ。ただ唱えるだけで良いとは。


「一度やってみて良いか?」


「どうぞ」


 ライラが促す。俺は『GEAR』の画面をタップし、スタンバイ状態に変える。そこで、肝心な鎧の名前を聞いていないことに気がついた。


「なんて唱えれば良い?俺の鎧の名前は何という?」


「はい。『モフモフくまさん』です」


 言われた名を一度唱えようとして、俺は口をつぐんだ。少しの間思考停止した後、聞き間違いだと信じて、もう一度名を尋ねてみる。


「……俺の鎧の名前は何という?」


「だから、『モフモフくまさん』です」


 ライラは表情を変えずに言う。俺は思わず顔に手を当てて、雲ひとつない青空を仰いだ。


 ……つくづく俺は、『名前』に呪われているらしい。


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