魔法少女と歯車

繭住懐古

煌々とした冷たい夜の光の中、人々が行きかうビル街にて。


「お兄さん。ちょっといい?」


 一人の女子高校生が、くたびれたサラリーマンの男に声をかけた。男は周りをチラと見ると、小声で少女に言った。


「……なにか?」


「急にごめんなさい。少しお話を聞いてもらいたくって」


 笑みを浮かべた唇に、人差し指を当てて少女は男を見つめる。男は眉をひそめると、鬱陶しげな表情で歩き出した。


「変なことには関わりたく無いので。他あたってください」


「変なことって何?」


 少女はクスッと無邪気に笑いながら男の横についてくる。男は足を速めた。


「……勘弁してくれませんか?忙しいんです。何か困っていることがあるなら警察にでも行ってください」


 周りをきょろきょろ見ながら落ち着き無さげに男は言う。行き交う人々のうち何人かは、この奇妙な二人組に目を向けているようであった。


「あなたに用があるの」


 少女はちらりと男の瞳を見つめると。


「そう。周りの目が気になるのね」


 と呟き、懐からステッキ状の何かを取り出した。一瞬、強い光に包まれて男は目を瞑った。そして次の瞬間には人のいない真っ暗な公園に立っていた。


「なに……?」


 男は瞬きをして辺りを見回した。少女は男の前に立ち、上目遣いに見つめた。


「あたしの話を聞いてくれる?」


「な、なんだ?」


 狼狽える男を意に返さず、一呼吸おいて少女は話し始めた。


「あたし、魔法少女なの。人の悪い感情や辛い感情が高まると『ネガティブパルス』っていう特殊な波が溢れ出て、それが集まると、人や地球に害をなす魔物が産まれる。それを倒すのが私の役割」


 真剣に話す少女から顔を反らし、男は夜の天を仰いだ。それから溜息交じりの声を出した。


「……もう遅いし、家に帰ったらどうだい?」


「信じていないのね?」


 少女は男の顔を指さした。男は再び溜息をつくと、腕を組んで少女を見下ろした。


「……分かりました。それで、その魔法少女さんが僕に何の用で?」


「あなたから出るネガティブパルスの量が多すぎるの。だから、あなたの相談に乗ってあげようと思って」


「え、なぜ?」


「言ったでしょ。ネガティブパルスは悪い感情や辛い感情がもとになっているの。言い換えると悩み事やストレスね。それらを軽減してあげることで、ネガティブパルスを抑えられるかも」


 男は顔をしかめると、見つめる少女の瞳から眼を反らし、腕時計を見つめた。


「……また今度で良いですか?明日早いので」


 少女は無言で頷くと、再び辺りは強い光に包まれた。


 気が付くと男は、人々が行き交うビル街に立っていた。少女の姿はそこにはもう無かった。

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