神使猫背の人助け

黒田忽奈

1



 チカチカと、瞼の奥が眩しい。

「………………朝?」

 朝日が容赦なく、部屋の窓から流れ込んできているようだった。体感、まだあまり眠っていない気がするのだが、太陽が昇るのも早くなったものである。

 もう春なのだから。

「……くっそ~……昨日の夜、カーテンを閉め忘れたんだ」

 閉めていれば、こんな早朝に起床させられることもなかっただろうに。昨夜の己が恨めしい。何を忘れているのだ。

 ベッドの上で、ボーっと転がる。壁には推理の過程を記した紙が貼ってある。何とはなしに、それを眺めた。

 不意に鼻の奥に違和感を覚え、寝返りを打つように壁から部屋へと向き直る。

 まだ眠っていたかったが、起きたからにはやらなければならないことというのもある。

 薄い掛布団を除け、ベッドから這い出るように下りる。ボサボサの後頭部を掻く。襟足が肩くらいまで伸びていた。最後に散髪に行ったのはいつだったか。

 1Kアパートの洋室はめちゃくちゃに散らかっていた。あちこちに堆く積まれた書籍と参考書、紙束。潰されていない段ボール。服も脱ぎっぱなしであり、だらしなく床に広がっている。ただでさえ狭い部屋において生活スペースがほとんど残っていなかった。

 女は背中を丸めたまま、足の踏み場もない床をそろそろと渡る。

 朝のルーティンワーク。この女の場合、それは顔を洗うことでも、メールをチェックすることでも、コーヒーを淹れることでもない。

 女は部屋の隅にある空気清浄機のスイッチを押した。ピッと音がし、文字盤に黄色い光が灯る。

 表示された時刻は六時〇四分。外も明るいはずである。

 重ねて言うが、春である。

「……はぁっくしょ」

 すなわち、花粉の季節である。

 花粉症患者である彼女の一日は、夜の間に停滞した空気を清めることから始まるのだった。

 次にメールをチェックしようと、充電していた携帯を手に取る。

 不意に、けたたましい電子音が鳴り響いた。手に持った携帯が小刻みに震える。

「はい~もしもし」

 相手を確認する前に反射で電話に出た。

猫背ねこぜさん、おはようございます』

 電話をかけてきたのは、若々しい声をした女の子だった。

「おやおやかさねちゃん、おはよう」

『今通学中なんですけど、お母さんからいろいろ預かってるものがあるので渡したいです。十分後に伺いますね』

「えっ十分後ってちょっと待ってよまだ起きたばっかり。っていうか累ちゃん登校早すぎない?」

『別に早くないですよ。もう七時ですよ?』

 言われ、女は携帯に表示されている時刻を改めて確認した。

 七時十五分である。この時間なら冬だって明るいだろう。

「………………」

『要冷蔵のものもあるので、とにかく伺いますからね』

 電話は一方的に切られてしまった。

 携帯の液晶を落とすと、部屋の隅でコォコォと音を立てている空気清浄機を振り仰いだ。

「君は本当に嘘つきだねぇ」

 時計以外の電化製品についている時計機能って、どうしてこんなに信用ならないんだろう。

 女———猫背と呼ばれた女は曲がっていた背中を反らしてひとつ伸びをすると、下着のままカーテンを開け放っていることに今更気づき、シャッとカーテンを閉めた。

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