第27話
久しぶりに早く起きることが出来て、
――なんだか今日はいいことがある気がする……!
なんて思って衝動的に走りに出かけたら車にぶつかった。
首元以外にも、横っ腹や顎なんかも少しずつ怪我をしていた。
体育祭に出られるかは微妙なところだが、捻ったこの足では2、3日はまともに歩けないらしい。
「練習は出来そうにないかな……。」
運転していた人が病院まで来て謝りに来た。
よそ見だったらしい。
自分も骨伝導とは言ってもイヤホンをしていて車の存在に気づけなかったのが悪いとも思っている。
交通事故の場合は慰謝料ではなく示談金と言うらしい。
ネット情報だが後遺症が残る場合は数十万は下らないという。
蓮の場合、後遺症と言っても今後小さな傷跡が残ってしまうという程度で目立つ場所でもなかった為、治療費と少しのお小遣い程度で3万円ほどしか頂くことはしなかった。
翌日には痛みながらも学校へ向かうことが出来、蓮は小岩井に会えることに喜びを感じる。
ただその反面、また虐められるかもと思うとどうも心が乗らない。
心を置き去りにするように体だけで学校へ向かう蓮。
相変わらずの遠回りをして、ようやくたどり着いた教室。
小岩井がいる。
それだけで置いてきていたはずの心が自分の体に戻ってきて、追い越していくような感覚だった。
前にあった時も驚いたが、以前の長さに比べて30センチほど切っていて、今は首元しかないその髪の長さ。
イメチェンのせいか、蓮の鼓動は激しさを増す一方だった。
立てば芍薬座れば牡丹とはまさに彼女のことだろう。
「ん、おはよ。」
「お、おはよ……。」
近付くと艶やかな髪質に見とれてしまう。
変に意識しすぎて、いつもの接し方がわからなくなる。
無性に走り出したい気分になるが、怪我をしているのが残念だ。
朝礼が始まる少し前に蓮は大空に呼び出された。
「お前体育祭には出れそうなのか?」
「出ます。せっかく貰えたチャンスですし、もしかしたら僕がここで良い結果を残せればクラスでの立場も少しだけマシになるかもしれない……。」
「病院にはなんて言われてんだ?」
「一応五日程は運動を控えろと……。」
大空は安堵して「ギリギリだが頑張れよ。」と一言言って、手をヒラヒラとさせて解散を促した。
小岩井だけでなく大空先生にも心配をかけていたのだと、若干の嬉しさ交じりに礼を伝えてその場を離れた。
体育祭まであと四日となった日。植田はまだ少し痛む足のリハビリを兼ねて、小岩井と二人でいつもの川沿いを歩いていた。
体育祭で活躍出来ればクラスメイトの視線も変わると信じていた蓮。そのため今回の体育祭に対する思いも人一倍強かった。
今も練習の出来ない現状が、焦れったくて仕方が無い。
その焦りを誤魔化すように小岩井との他愛のない会話に花を咲かせてはたくさん笑う。
小岩井はうかがうような視線を蓮に向ける。
「植田、大丈夫……?」
「え?だ、大丈夫だけど?僕なんか変……?」
「いつも変やけど、今日はなんか不機嫌……みたいな?」
「そんなことは……。」
不機嫌。言い得て妙なのかもしれない。
焦燥感。緊張感。無力感。心配。
蓮は自分が気づかない間に色んな気持ちによって押し潰されそうになっていた。
小岩井は流れるような動作で、当たり前のように蓮と手を繋ぎ柔らかく笑う。
まるで、「大丈夫」と言ってくれているようで、蓮もただ小岩井に笑いかけたのだった。
――僕はいつも小岩井に助けられてばかりだな……。
そんなことを考えて蓮は自宅に帰ると、自分の机の上には返すタイミングを見失った弁当箱が置いてあった。
水色の巾着袋と、昔小岩井が使っていた黒い弁当箱。
それを横目に蓮は1人で着替えを始める。
――何か小岩井にお返しって出来ないかな……?
小岩井との思い出の多くは夏休み中、長距離の練習に付き合ってくれていたくらいで、彼女に何かしてあげれたことなど無かったことに気が付いた。
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