第77話

《sideクルシュ》


 祭りが終わりを迎え、仲間たちと数々の困難を共に乗り越え。


 ソルトさんのおかげで大きな事件を解決することができた。


 彼との絆は一層深まったと思う。


 だが、私はどうしても人の心に対して疎いところがある。

 ソルト殿は誰に対しても献身的で優しさに溢れている。


 それは男性が苦手なラーナ様や、フレンドリーながらも特定の男性と交際しないフレイナ様。


 そして、現実的で男性に対して距離をとっていたメイまで、ソルト殿の側にいたいと申し出ている。


 明日には、ソルト殿が旅立つことがわかっている


 ソルト殿を失うと思ったとき、初めて彼に対する気持ちが明確になってきた。


 こんな気持ちになることが初めてでどうすればいいのかわからず、頭の中を整理しようとしていた。


 屋敷の中庭に置かれたベンチに座り、夜空を見上げる。


 祭りの熱気が過ぎれば、冬がやってくる。

 冷たい風が頬を撫で、私の頭を冷やしてくれる。


 だが、ソルト殿のことを考えると心は揺れ動いていた。


 彼に伝えたいことが山ほどある。

 命を救われ、メイやラーナ様を助けてくれて、そして、無属性である私を対等に扱ってくれただけでなく、頼りにしてくれた。


 このまま見送って良いのか? 何も恩を返せていないのに、友人たちを救われて恩が増えていく一方だ。彼と共に旅に出て恩返しをして、この気持ちを伝えてしまいたい。


 だが、騎士団の副団長としての責任も重くのしかかっていた。


(私は騎士としての使命を全うしなければならない。騎士は自分が主君と決めた相手をお守りするのが仕事だ。そして、私が主君として決めたのはラーナ様だ。彼を失うことは私の心に深い傷を残すだろう。だが、それもまた運命なのだ)


「何か悩んでいるようね。クルシュ」

「ラーナ様!」

「今宵は、フレイナがいないから、少し風に当たりに来たのよ」


 チラリと物陰を見ると、護衛の者たちがこちらを見ていた。


 気配に気づかないとは、情けない話だ。


 私が顔を上げると、ラーナ様が優しい目で見つめておられた。


 スラムから拾い上げ、今の地位まで下さったラーナ様。

 そんなラーナ様を私は信頼して、胸の内を打ち明けた。


「ラーナ様、私はソルト殿のことが…気になっています」

「まぁ、そう。クルシュ、あなたもなのですね」

「あなたも?」

「いいえ、あなたはこういうことに疎いと思っていたので」

「はい。自分でも戸惑っています。このような気持ちは初めてなので」


 隣に座ってラーナ様、私は下を向いて自分の中にある葛藤をポツポツと語り始めた。


「ですが、ソルト殿は旅に出られる。私は騎士団の副団長としての責任を捨てられません」

「そう、どうしたらいいのかわからなくなってしまったのね」


 ラーナ様は静かに頷いた。


「あなたの気持ちはよく分かるわ、クルシュ。でも、人としての感情も無視できないわ」


 私はラーナ様の言葉に耳を傾ける


「でも、私は副団長としての責務を果たさなければいけません。ソルト殿と共に旅立つことは、逃げることになってしまう」


 ラーナ様の冷たく綺麗な手が、私のゴツゴツとした手に重ねられる。


「クルシュ、あなたは誰よりも責任感が強い人です。でも、それがあなたを苦しめているなら、少し自分を許してもいいのよ。ソルトとの旅があなたにとって新たな道になるのなら、私たちはその決断を支持するわ」


 ラーナ様の優しさに涙が浮かんでしまう。


「良いのでしょうか?」

「良いのよ。あなたが進みたい道を、私は応援します。ただ、そうね。一つあなたに私の気持ちも伝えていいかしら?」

「ラーナ様の気持ち?」

「ええ、私はソルトを愛しています」

「なっ!」

「ソルトが、コーリアスに地に戻ってきた時には、夫として出迎えたいと思っています」


 そこまでの気持ちをラーナ様が持っていたなどと思いもしなくて、私の気持ちを封印した方が良いのではないかと考えてしまう。


「勘違いしないでね」

「えっ?」

「だけど、私はソルトと共に旅には出られない。だから、私の夫となるかもしれないソルトを守り、そして、妻として彼を支えてあげてはくれないかしら? 私にできないことをクルシュにして欲しいの」


 自分の気持ちに素直になりたかった。

 騎士としての誇りも捨てられなかった。


 そんな私にラーナ様は、ソルトへの気持ちを教えてくれて、そして言葉は彼女の心を軽くした。


「ありがとうございます、ラーナ様。使命と気持ち、二つが重なったような気がします」

「あなたがどんな決断をしても、私はいつでもあなたを応援しています。自分の気持ちに正直に、そして後悔しない道を選んでください」


 私は残された時間を使って、長い間考え続けた。


 自分の気持ちと責任の間で揺れ動いていたが、最終的に一つの決断に達した。


 翌朝、私はソルト殿が旅立つ荷馬車に乗り込んだ。


「クルシュ様!」


 驚くメイの顔はおかしかったが、私は自分の気持ちとラーナ様から許しを得たことを話した。


 そして、荷馬車に私が乗っていることに気づいたソルト殿に告げる。


「ソルト殿、私はあなたと共に旅がしたい。まだ、あなたへの恩を返せていないから役に立ちたいのだ」


 ソルト殿は驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑んでくれた。


「どうしてクルシュさんが?」

「わっ、私はまだ恩を返せてはいない」

「えっ?」

「ソルト殿には、二度も私の命と、メイの命を救ってもらった。だが、その恩を私は返せていない。これは騎士として名折れだ! だから、貴殿に同行させてもらって、貴殿の役に立ちたいのだ!」

「俺は旅の仲間が増えるのは歓迎です。でも、大丈夫なんですか?」

「ああ、ラーナ様には、ソルト殿の護衛を申し出た際に、行ってきなさいと許しをいただいた」

「そうか、ならよろしく頼む」

「こちらこそだ」


 私は、ラーナ様の夫となられるソルトの護衛として、そして、愛する者の側室になるために、新たな希望と決意を胸に、騎士団の副団長としての責務を一旦休むことを決意した。


 いつか再びソルト殿とコーリアスの地に戻った時には、皆で家族になりたい。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 昨日はたくさんの応援ありがとうございます。

 とりあえず、一日休みをいただいて、プロット組んでみますので、月曜日はお休みします!


 火曜日から新章開幕でやっていくので、どうぞよろしくお願いします!


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