第13話 穴底にいた理由
「私とあなたは「幼なじみ」ですから、子どもの頃からの知り合いなのですよ」
その言葉でこれまでの疑問が解決した。井戸の底から躊躇せず救い出してくれた理由。パレードで気楽に私に話しかけて来た理由。それに、ご飯を食べに誘ってくれたのもだ。幼なじみで、すごく心配してくれたんだ。
「大きな声を出してしまいました。ごめんなさい」
「大丈夫。ここは私が信頼しているお店ですから」
「次に、井戸の話をしますが、憶測(おくそく)ですから黙っていてくださいね。もしかすると、あなたは、同じ貴族派の聖女に狙われたのかもしれません」
「え! うぐ! ごめんなさい。それはどういうことでしょう」
またも話される衝撃の事実に、私は飲んでいたお茶をぐっと飲み込んだ。
「貴族派の中での派閥争いがあるようです。ヒールできないあなたをおとしめて、成り上がろうとする聖女はたくさんいるようなのです。そもそも、あなたがなぜ酔っぱらっていたのかもおかしいですし」
なるほど、確かに酔っぱらっていたのはおかしいよね。酔わせて井戸に落とされたって事か。でも、聖女の権力闘争にまきこまれたのかな。この世界の聖女は聖職者じゃないみたいだ。これからはどうしよう。
「命を狙われているのですね。これから私はどうすればいいと思いますか」
「記憶を無くしたという噂が広がっていますから、狙われる可能性は減ると思いますが、十分注意が必要です。私も定期的に連絡を取りましょう。それから聖女学院には戻らない方がいいと思います。『街角聖女』でいいじゃありませんか」
定期的に連絡をとってくれるという話を聞いて、私は安堵の息を吐いた。味方が増えて、本当によかったと思った。聞けば聞くほど、聖女学院にはもどらない方がよさそうだ。でも街角聖女ってなんだろう。聞いたことが無いぞ。
「街角聖女ですか?」
「そうです。聖女はみんな貴族出身ですからプライドが高くて、あなたのような方はいません。今回の活躍は冒険者のあいだでも、騎士団でも有名になっています。あなたは、貴族と平民の区別なく治療してくださいました。だから街角聖女、つまりみんなの聖女なのです」
「そう言われると、とても誇らしい気がします」
私の顔はたぶん真っ赤だ。
「それはよかったです。あなたの事を騎士団や冒険者がみんなで応援すると思いますよ」
とても嬉しい話に、涙が出そう。
「今日は本当に、いろいろ教えていただき、ありがとうございました。生きる道が見えたように思いました」
「幼なじみですから当然です」
それを聞いて、気になっていた事をひとつお願いしてみた。
「あの、今度孤児院へ一緒に行っていただけませんか。これまでの記憶が無くて不安なのです」
「サリーさんと私は、一緒に孤児院へ行っていたんですよ。だから明日一緒に行きませんか?」
「明日ですか。ありがとうございます。これまでの事もぜひ教えてください」
「はい、何でも相談してください。おさななじみですから、遠慮なくどうぞ」
「ご迷惑をおかけします。本当にありがとう」
「いえいえ。実は私からも提案がありまして、第三騎士団から護衛任務に数名あたらせますからよろしくお願いします」
「それは、問題ありませんか?」
「いえいえ大丈夫です。第三騎士団は、何でも屋です。それに希望者が殺到してたいへんだったんです」
笑顔でそう言った彼はとてもいい笑顔をしていた。
最後の言葉に、私も笑ってしまった。
「ははは」
「ふふふ」
笑顔で食事会を終わった私は、家に送ってもらった。
伯爵家に帰ると、門の前に、騎士団員らしい人影が見えた。
「こんにちは。もしかすると、第三騎士団の方ですか?」
「こんにちは。第三騎士団の者です。本日から護衛任務に当たらせていただきます。私はブラントです」
「アルマです」
「ビョルンです」
ブラントさんは金髪の理知的な人だった。アルマさんは女性で濃い緑色の髪で普通の体形で一見すると武人とは思えない人だった。ビョルンさんは赤髪の身体が大きくて力強い感じがした。
「みなさんよろしくお願いしますね」
「「はい」」
「ここにずっと立っていらっしゃるのですか?」
「いえ、自分たちは、基本的に目立たない護衛をします。普段通りの生活をしてください。少し離れて護衛する感じです」
と、隊長さんらしいブラントさんが言った。
「すぐそばにいた方がいい場合や、女性でなければ行けない場所もありますが、そんな時は私が護衛します」
と言ったのはアルマさん。
「よく考えてくださってありがとうございます。心強いです」
「いやあ、自分たちは、希望しましたから、何でも言ってください。ハハハ」
と大声で言ったのは、ビョルンさん。豪快な人らしい。
「騎士団はお忙しいでしょうから無理の無いようによろしくお願いします」
そう言って、護衛の皆さんと別れた。
「お嬢様、とてもいい方たちですね。私も一緒にお嬢様を守れるのが心強いです」
「ありがとうセリーナ。これからもよろしくね」
今日は、驚くことがたくさんあったけれど、街角聖女と言う言葉に救われた気がした。身分は貴族だけれどやっぱり、うららとして日本で生きて来た自分には、貴族の特権意識はやっぱり合わない。平民と協力して街を守るのが自分の生きる道なのだと感じた。
そう思って振り返ると、西日に照らされた街がやさしく感じられ、私の方が守られているように思えた。
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