第2話 聖女落第
「気が付かれましたかな。ご気分はいかがでしょうか?」
おじいさんが微笑を浮かべながら声を掛けてくる。優しそうだが観察するような眼をしている。やっぱりお医者様のようだ……。
「はい。なぜか『不思議なくらい』痛くなくて、全く大丈夫そうです。ありがとうございました……」
手当てをしてくれたのだから、とにかく、お礼の言葉を述べる。
「回復薬を使いましたので、傷はふさがっておりますが、血が流れ出てしまいましたから、血を作らねばなりません。しばらくゆっくりお休みください」
ん?!……いま回復薬と聞こえた気がする……。もう傷がふさがっているとも言った。それってラノベに出て来る魔法の薬しか聞いたことが無いよ……。
頭を触ってみたら、パックリ割れた傷が確かに治っている。私の持ってる知識に、こんな傷薬はないわ。やっぱり、ちょっとまって!
意を決して質問をすることにする。
「はい。ゆっくり休ませていただきます。あの。1つだけ聞いていいですか」
「答える事が出来る事なら、なんなりとどうぞ」
「ここはどこですか?」
「……と言いますと、何も覚えていらっしゃらない?」
「はい……」
「記憶が一時的に消えているのでしょうな。ご安心ください。安全な場所です」
「もう少し詳しく教えてくださいますか……」
「ここは、フローレンス王国、デライト侯爵家の客室でございます。サリー・グレアム様、安心してもう少しお休みください」
「あ、……ありがとうございます……」
やっぱりと思いながらも、動揺してしまった私は、震える声で何とかお礼を言った。
「落ち着け」と自分に、言い聞かせて、これまでの事を組み立ててみる。
青い瞳で銀色の男性に助けられた事。聖女様と私が言われた事。名前はサリー・グレアムという事。大けがを回復薬という魔法の薬ですぐに完治してもらった事。フローレンス王国のデライト侯爵家にいるという事。
全部集めて分析すれば、どう考えてもここは異世界じゃん。アニメやラノベでしか見聞きしたことがない、剣と魔法の世界だわ……。私は口をあんぐりあけて呆然としてしまう。
「後は、じっくり休めば治りますからね。それではお大事に」
お医者様は、黙ってしまった私を気遣うように微笑んだ後、そう言って出て行った。
結局、私はお医者さまの姿をぼうっと見送っている事しかできなかった……。
「何かありましたら、お申し付けくださいませ」
不意にメイドさんから声がかかり、ハッとした。優しい声に大丈夫と答えたが、心の中には戸惑いが渦巻いている。これからどうしたらいいんだろう……。
――コンコン――
「神官長のデルドーロである。開けてくれたまえ」
不安でいっぱいの私の耳に、偉そうな男性の大声が響く。
だれだろう。メイドさんにお願いしてドアを開けてもらう。
「聖女サリー・グレアム。ケガは治ったようだな。パーティに参加して、好き勝手に飲み食いして、あげくの果てに井戸へ落ちるとは!」
突然話し出した神官長様の声が、頭にビンビンくる。また頭が痛くなっちゃうよ……。
「聖女学院としても、侯爵様に申し訳ないではないか。しかも、聖女が回復薬で治療してもらうなどとは、聞いてあきれるわ」
聖女学院ってなに……?
「聖女サリー……。いや、まだ聖女認定前であったな。今、我が国に、たくさんの聖女が必要であるのは確かだ。そのために聖女学院が作られたしな」
この国って聖女がたくさん必要なのか……。でも私、まだ聖女じゃないのね……?
「だが、お前はひどすぎる。『ヒール』さえ使えず、数々の暴力事件を起こし、教師への暴言もひどい。数え上げればきりがない。聖女学院の審議会にかけた結論はこれだ。お前を退学処分とする」
そう言って、私に退学通知を渡してさっさと神官長は出て行ってしまった……。
私は……何も言えなかったな……。
どうやら私は聖女学院へ通っていたらしい。でも、たった今退学させられたらしい……。何それ……。
窓を見ると差し込む日差しが、影をどんどん伸ばしている。ふうとため息だけが出る……。どうしよう……。
――コンコン――
「お父さんとお母さんよ。サリー開けてちょうだい」
両親……? がやってきてくれたようだ……。
「サリー。ケガをしたそうだけどもう大丈夫なの? 寄宿舎にいると思っていたら、聖女学院から連絡が来たので分かったわ。退学ですってどうしましょう。とにかく侯爵様にお礼を言って家に帰りましょう」
「サリー。あれだけ苦労して入学させたのに、退学などとは聞いてあきれるぞ。我が伯爵家に泥を塗ってくれるような真似をして。お前と言う奴は……。さっさと帰るぞ」
どうやらこの人が母と父らしい……。正直にサリーが死んで私が入れ替わったなんて、今言う事はできないよ。迎えに来てくれただけでも感謝しなければいけない……。
「お父さんとお母さんですね。ご迷惑をかけていたようでごめんなさい。ただ、私には記憶が全く無いのです。お医者様は記憶喪失だと言っていました。そしてこれからもよろしくお願いいたします」
そうか……。今はこの運命にしがみつくしかないんだ……。
そして、父と母に連れられて、侯爵様にお詫びを言ってから、伯爵家へ帰る事になった。
馬車の中で話すうちに、母は私を気遣ってくれるようになった。父も、記憶喪失と分かってからは、私への対応が少し和らいだ。
ぼやっと外を見ながら馬車に揺られていると、中世ヨーロッパのような街並みが見える。見るもの全てがめずらしいはずなのに、全然ワクワクしない。夕日に照らされる景色が、色あせた白黒写真のように見える。
私が誰かは分かった。どこかも分かった。でも、聖女落第だよ。私はこれからどうすればいいのだろう……。
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