第117話 初戦
俺とシャルは演習場内に入ると、演習場の真ん中にいる初日の審判を務めるジェニー先生のもとに向かう。
観客席にはこの前の決闘とは比べ物にならないほどの人がおり、わいわいと騒いでいた。
「盛り上がってんな」
「良い見世物ね。自分達も同じ目に遭うといいわ」
「まあな」
とはいえ、演習に参加するのは40組で80人だから観客席にいる半数以上はお気楽に見られるだろうな。
俺達がそのままジェニー先生のもとに向かうと、対面の出入り口からアーサーとヘンリーも入場してきた。
2人共、帯剣をしているものの防具はなく、制服姿だ。
「意外だな。鎧かと思った」
「向こうはあなたとマチアスの決闘を見てるからね。意味ないと踏んだんでしょう」
防御を固めるよりスピード重視か。
相当、自信がないとできない選択だ。
俺とシャルがジェニー先生の前で待っていると、アーサーとヘンリーも先生の前に来て、俺達というか俺と睨み合う形で立ち止まった。
「これから演習を始めます。先ほど、校長先生がおっしゃっていましたが、あくまでも演習です。形式上、勝敗はつけますが、それに意味はありません。いいですね?」
ジェニー先生がそう言うと、俺達4人は同時に頷く。
「ルールは特にありません。勝敗の付き方は3つです。2名が退場した場合、1名が退場し、残り1名になった時点で降参した場合、最後に私がもう無理だと判断した場合です。これもいいですね?」
先生の言葉にも俺達は頷いた。
「よろしい。では、両チーム、定位置についてください」
先生がそう言うと、シャルが10メートル後方に下がっていく。
「よろしいですね? では、アーサー、ヘンリーチームとシャルリーヌ、ツカサチームの演習を始めます!」
先生がそう宣言した瞬間、アーサーとヘンリーがバックステップで数メートル後方に下がり、ゆっくりと腰の剣を抜いた。
まずは様子見か?
悠長な……
「行ってもいいか?」
「来いっ!」
2人が剣を構えたので突っ込み、アーサーの方に殴りかかる。
すると、アーサーが半歩下がり、ヘンリーの方が横から斬りかかってきた。
俺はそれを躱すと、ヘンリーを蹴ろうと思い、片足を上げる。
しかし、直後に正面にいるアーサーが斬りかかってきた。
「チッ」
俺は蹴るのをやめ、バックステップで距離を取る。
アーサーとヘンリーはそんな俺を追うことはせずに剣を構えて、その場にとどまった。
「連携がすごいなー」
フランクが言うように強いわ。
冷静だし、こちらの動きをよく見ている。
防御も攻撃も最低限に留め、隙がない。
「ヘンリー、乗るなよ」
「わかっている」
下がった際にわざと隙を見せていたのだが、それも通じないらしい。
「なるほど。やるな」
「マチアスと違って油断はしないと言っただろう」
確かに違うな。
この2人はマチアスよりもずっと強い。
でも……
「あれを見て、油断という言葉を使うのは情けないな。マチアスは油断なんかしてなかったぞ」
「戯言を。お前は魔力も高いし、武術も見事だ。だが、冷静に動きを見れば対処できないほどではない。接近戦だけに注視すればいいんだからな」
冷静だ。
ものすごく冷静だ。
表情や殺気から見ても飛びかかりたいって感じがひしひしと伝わってくるが、絶対に自分から動かない。
技術に差があることをわかっている者の戦い方だ。
「これまでに相当、修練を積んできたようだな……」
「当たり前だ。物心がついた時から剣を振ってきた」
事実だろうな。
アーサーもヘンリーも剣の振りは鋭く、無駄が極端にない。
「お前らは絶対にラ・フォルジュさんやユイカには勝てないな」
「言葉で油断を誘っているのか? くだらん。まずは目の前のことに集中するだけだ」
この言葉でもわかる。
「お前らの課題は一つだな。教科書通りすぎ」
「何?」
「行くぞ」
そう言って足に魔力を込め、突っ込んだ。
「くっ!」
「さっきよりも速いっ!」
アーサーは先程よりもさらに後ろに下がる。
そして、そんなアーサーを狙う俺にヘンリーが剣を振り下ろしてきた。
俺は左足に魔力を込め、体勢を落とすと、アーサーの足に目掛けてスライディングをする。
すると、ヘンリーが振った剣が空を切り、アーサーは足を刈り取られ、上体を崩した。
「ぐっ!」
「アーサー!」
アーサーは倒れ、剣を落としたので慌てて拾う。
俺はそんなアーサーを狙わず、横にステップしてヘンリーに接近した。
「なっ!?」
「倒れたアーサーを狙うと思ったな? 隙だらけだぞ」
左手で剣を持っているヘンリーの右手を掴むと、引っ張りながら掌底を腹にぶち込んだ。
「ぐぉっ!」
ヘンリーが腹を抑え、くの字に腰を曲げたので足を上げて、かかとを振り下ろした。
後頭部にかかと落としが当たったヘンリーはそのまま地面に叩きつけられ、消える。
「ヘンリー! くっ!」
戦闘不能になったヘンリーが演習場の外にはじき出されると、剣を拾ったアーサーが立ち上がり、構えた。
「あとはお前だな」
もう終わったも同然だがな。
「っ! ヘンリーめ! 油断するなってあれほど言ったのに!」
「それはあなたもでしょう?」
シャルがアーサーの後頭部に杖を突きつけた。
「なっ!? い、いつの間に!?」
驚いたアーサーが背後に回っていたシャルを横目で見る。
「転移しただけ。2対2なことを忘れたの?」
「くっ……!」
アーサーは悔しそうにシャルと俺を交互に見比べた。
しかし、ゆっくりと剣を降ろす。
「……ま、負けました」
さすがにこの状況ではどうしようもないと判断したようだ。
「そこまでです! 勝者はシャルリーヌ、ツカサチーム!」
ジェニー先生が手を挙げて、宣言すると観客席がわっと沸いた。
「くそっ!」
アーサーは腰を下ろすと、悪態をついた。
俺達はそんなアーサーを尻目に戻っていく。
「声をかけなくてもいいの? クラスメイトだろ」
歩きながらシャルに聞く。
「勝者が敗者にかける言葉なんてないわ」
「それもそっか」
チラッと後ろを見ると、アーサーは立ち上がって首を横に振り、向こうの出入り口に歩いていった。
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