第067話 普通の魔法使い


 シャルと市場みたいな魔法屋を一通り覗き終えると、時刻は6時を回ったので帰ることにする。

 俺達は商業区の表通りに戻り、転移の魔法陣がある建物に向かった。

 そして、魔法陣で学園まで戻ると、寮に向かって歩いていく。


「あの、なんかごめんね。後半、完全に趣味に走っちゃって」


 どうやらシャルも気付いたらしい。


「いや、見るものすべてが初めてだから新鮮だったよ」


 カエルの干物が売ってた時はマジかってなったけど。


「そ、そう? 私、あまり人と出かけることがないからついつい自分本位になっちゃったかなって思って」

「皆、そんなもんじゃないの? 楽しかったからいいよ。それに俺が案内してって言ったんだし」

「う、うん。私も楽しかった」


 でしょうね。

 さっき謎の塊を見ながら目をキラキラさせてた。


「来週もよろしくね」

「そうね。土曜が訓練と勉強会、日曜が町の外……なんか最近、週末はあなたと会ってばかりな気がするわ」


 まあねー。

 テスト対策の時も勉強を見てくれたし、そんな気はする。

 そもそも金曜の午後と土曜は確定で会っている。


「別にいいじゃん。楽しいし、勉強になる」

「まあ、私も楽しいし、訓練ができてるわね。なんか最近、強くなった気がするし」


 それはどうかな?


 俺達が話しながら歩いていくと、校舎を通り過ぎ、丘を登っていく。

 すると、女子寮の方から人が降りてくるのが見えた。

 そして、俺達とその女子はちょうど分岐点で蜂合わせる。


「あら? ツカサ君じゃない?」


 その女子はジョアン先輩だった。


「こんにちは。お出かけですか?」

「まあ、そんなところ。あ、シャルリーヌさんもこんにちは」

「ええ。じゃあ、ツカサ、私はこれで」


 シャルは軽く会釈をすると、女子寮の方に登っていく。

 残された俺とジョアン先輩はそんなシャルの後ろ姿を見送った。


「ごめん。お邪魔だったかな?」


 ジョアン先輩が両手を合わせて謝ってくる。


「あ、いや、どうせここで別れますしね」

「そう? でも、なんか明らかに不機嫌じゃなかった?」


 笑顔が消えていたのは確かだ。


「うーん、ほら、DクラスとCクラスのあれじゃないです?」


 自由派と血統派の対立がある。


「なるほど……」


 まあ、実際はイヴェールの次期当主っていう仮面を被っただけだろうけど。


「先輩は自由派なんです?」


 Dクラスなら自由派かな?


「そうね。私もだし、アンディもだけど、あなた達みたいな良いところの家じゃないし、代々魔法使いってわけでもないからね」


 別に俺も普通の家庭で育ったんだけどな。

 爺ちゃんや婆ちゃんの家が名門で金持ちってだけ。


「代々魔法使いじゃないんですか? 昔の魔女狩りがどうちゃらこうちゃらって聞いてますけど」


 それから逃れた末裔が俺達のはずだ。


「優秀な家やそういう繋がりで子を成してきた名門は色濃く受け継がれるでしょうけど、ウチみたいな微妙な魔法使いの家はあっちの世界で普通に生きてるわ。だから魔法使いとしての素質がない者も多い。たまーに出てくる程度ね。だから実は私の母親は魔法なんてものを一切、知らなかったりするわ」


 そうなんだ……


「それで自由派なんですね……」

「そうそう。というかね、そんな風に生きてきた私達に血統がどうのこうの言われても困るわけ。必然的に自由派になるのよ」


 まあ、そんな気がする。


「アンディ先輩もです?」

「多分、そうでしょうね」


 ジョアン先輩が深く頷いた。


「ですか……」

「あ、別に血統派が嫌いとか名門が好きじゃないっていうわけじゃないのよ? 君が決闘で戦ったあの子みたいに見下してくる奴は腹立つけど、普通の子も多いし、皆、楽しくやってるわ。だから気にしないで」


 ジョアン先輩がフォローしてきた。

 俺が血統派の筆頭であるシャルと仲が良いからだろう。


「実際、派閥ってどんな感じなんです? 俺、シャル以外にCクラスの生徒を知らないんですけど……」

「人による。本当に人による。ひどいのもいるし、めちゃくちゃ良い子もいる。まあ、こればっかりは仕方がないわ。でも、やっぱり皆、楽しくしたいのは事実なのよ。だって、華の高校生だよ?」


 まあ……


「俺は魔法使いとして浅いんでわかりますが……」

「一緒、一緒。友達と遊びたいし、恋もしたい。当然のことよ。だから気にしないでシャルリーヌさんと付き合いなさい」


 ……すごい勘違いをしていないか、この人?


「あの、シャルとはそういうのでは……」

「え? 付き合ってんじゃないの? 今日もデートの帰りでしょ?」

「いや、町を案内してもらっただけです」


 デートと言えばデートだがね。

 少なくとも、俺はそのつもり。


「ふーん……ツカサ君、魔法使いとして浅いって言ってたけど、どれくらいなの?」


 ジョアン先輩が目を細める。


「魔法使いになろうと思ったのは5月からですね。あんまり魔法が得意じゃないんで」

「そうなの? 魔力はかなりあるでしょ。それにマチアス君やあのグリズリーを簡単に倒してた」

「逆にそれしかできないんですよ。頭も良くないし、強化魔法と空間魔法以外の魔法も使えません」

「そうなんだ……」


 ジョアン先輩がじーっと見てくる。


「何ですか?」

「あ、いえ、ごめんなさい……ねえ、ツカサ君、欲しいものはないの?」

「はい?」

「欲しいもの。お金でもいいし、男子だったら彼女かしら? シャルリーヌさんでもいい」


 うーん……


「人並みには?」

「そう……まあ、いいんじゃない?」


 ジョアン先輩がにっこりと笑う。


「え? 何っすか?」

「何でもありません。シャルリーヌさんと仲良くね。とはいえ、名門同士は色々あると思うけど、頑張って。じゃあね」


 ジョアン先輩は笑顔でそう言いながら手を上げると、丘を降りていった。

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