第040話 勝ったのは? ★


 くっ! 強い!

 想像以上に強い!


 私の最大火力の魔法をいとも簡単に破られた。

 そのうえ、今の攻撃は……


 私は飛ぶのをやめ、地面に降りる。

 それは接近戦ができない私には死地に降り立ったと同義だが、あれほど速い魔法を使われたら空中にはいられない。

 ただでさえ鈍い私では絶対に躱せないからだ。


「余裕ね……」


 さっきのは絶対にわざと外した。


「余裕? 自分のフィールドで戦うだけです」


 先ほどのツカサとマチアスの戦いが脳裏に浮かぶ。

 あれが接近戦に慣れた人間とそうじゃない人間が接近戦をした場合の末路だ。

 私もそうなる未来が見えている。

 それを避けるためには近づけさせてはいけない。


「セイントフレイム!」


 トウコさんに杖を向けると、中級の火魔法を放った。


「ブリザード!」


 トウコさんも中級の氷魔法を撃ってくる。

 私の魔法とトウコさんの魔法がぶつかった。


「くっ!」


 すぐに転移魔法を使い、10メートル右に転移する。

 すると、さっきまで私がいた場所が凍っていた。

 そこに私の炎はない。


「転移魔法……厄介ね」


 どの口が言う!?

 同じ中級魔法がぶつかったのに私の炎は完全に消えてしまっている。

 これが魔法の腕の差だ。

 そして……もう魔力が……


 私は魔力を回復するポーションを取り出すと、一気飲みした。

 気休めでしかないが、ないよりかはマシだ。


「お金持ちですねぇ」


 自分で作ったのよ!


「フレイムエッジ!」


 トウコさんに向かって火の刃を放つ。

 トウコさんはそれをじーっと見ると、ひょいっと躱した。


「長瀬君とマチアス君の戦いを見てなかったんですか?」


 見てたわよ!

 でも、今のでよくわかった。

 この女、ツカサと同じ動きをする。


「あなた、ツカサとはどういう関係?」

「は? 珍しく口を開いたと思ったらそれ? あっ……うわー……だからかー」


 トウコさんが何を思ったのかものすごく嫌そうな顔をした。


「何かしら?」

「うぜー……あいつ、何考えてるのよ」

「あなた、それが素なの?」

「どうでもいいでしょ。それにもういい。さっさと負けろ……コキュートス!」


 トウコさんが氷魔法を放ってきたので外套で身体を覆う。

 すると、外套が凍り始めた。


「くっ……!」

「――また高そうな外套だねぇ……」


 下を見ると、トウコさんが私の外套の中で腰を下ろし、頬づえをつきながら見上げていた。


「いつの間に!?」


 なんでそこにいる!?

 転移!? いや、ツカサと同じ強化魔法を使った超スピードか!


「外套はすごいけど、勝負の最中に敵から目を背けちゃダメでしょ」

「くっ!」


 転移を使い、逃げようとする。

 しかし、その前にトウコさんが私の杖を手ごと掴んだ。


「ダメー」


 トウコさんは楽しそうに笑うと、掌底を腹部に叩き込んできた。

 一瞬、時が止まったのかと思ったが、何とか踏みとどまると、すぐに数歩後ろに下がる。


「あれ?」


 トウコさんが自分の手を見る。


「くっ……っ」


 お腹が痛い……

 だが、助かった。

 私はあの一瞬で強化魔法を使い、腹部を強化したのだ。

 ツカサがトウコさんは絶対にみぞおちを狙ってくると言っていたから。


「強化魔法……なんで?」


 トウコさんが目を細めて見てくる。


「武家の者なんで」

「ふーん……」


 トウコさんの雰囲気が変わった。


「セイントフレイム!」


 トウコさんに杖を向けると、またもや中級の火魔法を放つ。

 しかし、トウコさんは魔法を使わずに横に飛んで躱し、さらにはそのまま突っ込んできた。

 一瞬にして、距離が潰される。


「くっ……」


 杖を向けようとしたが、それよりも速くトウコさんが目の前に来て、手を掲げた。

 魔法かと思い、とっさにトウコさんの腕を払う。

 しかし、払った先には誰もいなかった。


「え?」


 慌てて下を見ると、トウコさんが地面に手をつき、水面蹴りを放っているのが見えた。

 そして、そのまま蹴りが足に当たり、あっさり体勢を崩される。


「ッ!」


 こけかけたが、何とか受け身を取り、体勢を戻すと、トウコさんに杖を向ける。

 しかし、目の前にはトウコさんの足があった。


「――痛っ!」


 トウコさんはそのまま足を振り抜き、杖を持っている手を蹴った。

 すると、杖が遠くに飛んでいく。


「あっ……」


 マズい。

 もう杖がないと魔法が……


「お疲れ」


 はっと気づき、トウコさんを見る。

 トウコさんはいつの間にか距離を取っており、私に向けて手を掲げていた。

 しかも、かなり高魔力だ。


 これは……上級魔法が来る!


「くっ! インフェルノ!」


 トウコさんの手から氷魔法が放たれると同時に私も魔法を使う。

 すると、炎と氷がぶつかり、四散した。


「おー! すごい! ちゃんと切り札は持っていたんだね!」


 トウコさんが感心している。


「ハァハァ……」


 頼みの綱が切れた……

 私の唯一の勝つプランは隙をついて、もう一つの上級魔法であるこのインフェルノを当てることだった。

 それを破られた。

 そして、杖も使わずに魔法を使ったのでかなりの魔力を失ってしまった。

 この状況で逆転は……


「まだやります?」


 トウコさんがジェニー先生を見る。

 すると、ジェニー先生が私を見てきた。


 負け、か……

 いや!


「くっ!」


 私は転移魔法を使い、移動する。

 そして、落ちている杖を拾うと、立ち上がった。


「まだやるのか……」


 トウコさんが目を細めると、腰を落とし、初めて構えた。

 だが、その構えは何度も見た構えだ。

 そして、トウコさんの足元がわずかに動く。


「フレイムエッジ!」


 トウコさんが動くと同時に火の刃を飛ばす。

 トウコさんは一瞬、驚いた表情を浮かべたが、簡単に火の刃を躱し、接近してきた。

 そして、手を伸ばし、私の腕を掴む。


「っ!」


 私は引いたらダメだと思い、踏み込んだ。


「へー」


 トウコさんが感心した声を出したが、すぐに足を払われた。

 受け身も取れずに背中を強打するも杖を向ける。


「フレイムエッジ!」


 見下ろすトウコさんに魔法を放つが、一瞬で姿が消えた。


「ゴホッ、ゴホッ」


 背中を打ったため、咳き込む。

 それでも何とか立ち上がったのだが、今度は右足に違和感があった。


 足を痛めたわね……

 痛みはそこまでだが、この状況はきつい。


 顔を上げて、距離を取ったトウコさんを見る。

 すると、トウコさんがすっと右に上体を落とした。

 私はそれを見て、反射的に左に動く。

 右足を引きずって……


 トウコさんはそんな私の右足をじーっと見ていた。


「ぐっ……」


 武術をやっている人を嫌いになりそうだわ。

 ツカサもだけど、こっちの状況を確実に見抜いてくる。


「ハァ……」


 もう無理ね……

 次の一撃で決めるしかない。


 私は杖を立てると、魔力を込める。

 すると、トウコさんが体勢を落とした。


「なるほど……」


 ツカサの言ってた通りだ。

 トウコさんは魔法を使ってこない。

 この状況なら遠くから魔法を撃っていれば、私はそのうち魔力が尽きて終わる。

 でも、トウコさんはそれをしない。

 それは情けではなく、追い詰めれば、追い詰めるほど自分の得意分野で攻めようとするから。


 トウコさんは私の右足をチラッと見ると、突っ込んでくる。

 そして、右の方に上体を傾けた。


 弱点である右から攻める。

 わかっている。

 トウコさんの動きはツカサと同じだ。

 だからわかる……


「フェイク!」


 私はトウコさんがいない左に杖を向けた。

 すると、吸い寄せられるようにトウコさんが杖の先に現れる。


「なっ!?」

「フレイムエッジ!」


 フレイムエッジを放つと、トウコさんに向かって火の刃が飛んでいく。


「舐めるなっ!」


 絶対に躱せないタイミングだったが、トウコさんは火の刃を拳で受け止め、払った。

 そして、私の目の前にやってくると、腕を掴み、もう一方の手で掌底を放ってくる。


「こっちのセリフだっ!」


 私は身を翻しながら掴んでいるトウコさんの腕を引っ張った。


「え?」


 そのまま腰を落とすと、腕を引っ張りながらトウコさんを背負い投げる。

 トウコさんをそのまま地面に叩きつけると、倒れているトウコさんに向かって杖を向けた。


「私の勝ちよ!」


 そう宣言して杖に魔力を込める……込め、る……


「そこまでです! シャルリーヌ・イヴェールさんの勝利です!」


 先生が私の腕を掴んで止めてきた。


「え?」


 思わず顔を上げて先生を見る。

 すると、先生が首を横に振った。

 トウコさんを見ると、呆然とした表情をしている。


「そう、ですか……」


 私は杖を降ろすと、トウコさんと同様に呆然としながらトウコさんを見下ろした。

 トウコさんとしばらく見つめ合っていたが、トウコさんは立ち上がり、そのまま演習場から出るために歩いていく。

 すると、観客席がわっと沸き、拍手が聞こえてきた。


 私はその音を聞きながらトウコさんとは反対方向に歩いていく。

 そして、演習場を出ると、壁を殴った。


「ぐっ……!」


 私の勝ち?

 そんなことあるか!


 私は最後に魔法を使った。

 確かに使った。

 だが、初級魔法であるフレイムエッジは出てこなかった。


 私の魔力は……尽きていたのだ……

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